第49話:機械仕掛けの種
俺はケースを開ける。
中に入っていたのは、小さな種だった。
丸い。
茶色い。
薄い殻に包まれている。
見た目だけなら、どこにでもありそうな植物の種だ。
けれど、それを見た瞬間、妙な違和感があった。
表面に、細い線が走っている。
自然の模様にも見える。
回路にも見える。
種の殻なのか。
金属の被膜なのか。
判断できない。
ネリュアがそっと息を呑む。
ネリュア「……これは」
愛斗「知ってるのか?」
ネリュア「知らぬ。じゃが、嫌なほど混ざっておる。土のものと、機械のものが」
瑠香「それ、持ってって大丈夫なの?」
愛斗「置いていく方が大丈夫かどうかも分からない」
瑠香「そういう選択肢ばっかりだね、ほんと」
俺は種をケースごと袋にしまった。
正直、気持ち悪い。
けれど、捨てるには気になる。
気になるものを拾うなと、ついさっきエルネストに言われた気もする。
ただ、彼が言っていたのは銀色の女であって、種ではない。
だからセーフ。
たぶん。
自分でも雑な理屈だと思った。
それでも、今は持っていく。
食料をまとめ、俺たちは食糧庫を後にした。
ガードロボの残骸は、外で沈黙したままだった。
青いセンサーは消えている。
その横を通る時、アズが少しだけ足を止めた。
愛斗「どうした?」
アズ「……もう、動かない?」
愛斗「たぶん」
アズ「……よかった」
その言葉が、倒した相手への安心なのか、もう戦わなくていいことへの安心なのかは分からなかった。
たぶん、両方だ。
俺たちは庁舎へ戻った。
帰り道、瑠香の足取りが妙に軽い。
瑠香「カップ麺、カップ麺……」
愛斗「歌うな」
瑠香「だってカップ麺だよ?」
愛斗「分かったから。カップ麺がすごいのは分かったから」
瑠香「愛斗だって楽しみにしてるくせに」
愛斗「否定はしない」
実際、楽しみだった。
温かいものを食べられる。
それだけで、今の俺たちには十分すぎる希望だった。
庁舎へ戻ると、エルネストは相変わらず椅子に座っていた。
目を閉じていたので一瞬焦ったが、俺たちが入るとすぐに瞼を開く。
愛斗「戻った」
エルネスト「……そうか。生きて戻ったか」
愛斗「ああ」
俺たちは食料を彼の前に並べた。
カップ麺。
缶詰。
固形食。
そして、密閉ケースに入った種。
エルネストは食料を見て、静かに頷いた。
エルネスト「よくやった。これなら、少しは長生きできそうじゃ」
その笑みには、どこか寂しさがあった。
長生き。
彼がそう言うと、それが本当に数日分の話に聞こえた。
瑠香がカップ麺を手に持つ。
瑠香「これ、お湯ってありますか?」
エルネストは少し懐かしそうに目を細めた。
エルネスト「ある。古いボイラーが、まだ生きておればの」
彼はゆっくり立ち上がり、部屋の奥へ向かった。
そこには、錆びた金属の箱みたいな装置があった。
側面から太い管が伸び、壁の中へ続いている。
エルネストが端末を操作すると、内部で低い音が鳴った。
しばらくして、管の先から湯気が上がる。
湯が出た。
少し赤みがかっている。
鉄分なのか、配管の錆なのか。
正直かなり不安だ。
エルネスト「飲める。少なくとも、わしはまだ死んでおらん」
瑠香「それ、安心していい説明なんですか?」
愛斗「この世界基準なら、かなり安心できる方だと思う」
瑠香「基準が低すぎる……」
俺たちはカップ麺に湯を注いだ。
蓋を閉じる。
待つ。
この時間が、妙に懐かしかった。
三分。
たった三分。
けれど、今はその三分すら特別だった。
湯気が立ち上る。
醤油と鶏ガラの匂いが広がる。
それは間違いなく、俺たちの知っている匂いだった。
瑠香の目が潤みかけている。
アズは不思議そうにカップを見つめている。
ネリュアは真剣な顔で蓋の上に手を置き、まるで封印された魔物でも見張っているみたいだった。
愛斗「ネリュア、そんなに警戒しなくていい」
ネリュア「この小さき器の中で、麺が蘇るのじゃろう?」
愛斗「言い方が壮大すぎる」
瑠香「でも、間違ってはないかも」
時間が来た。
俺は蓋を開ける。
湯気が一気に立ち上る。
乾いた麺が柔らかく戻り、スープの中で揺れている。
ネリュアが目を丸くした。
アズも、口を少し開けたまま固まっている。
アズ「……ほんとに、もどった」
愛斗「だろ?」
なぜか少し得意になってしまった。
俺が作ったわけでもないのに。
俺たちは、それぞれ少しずつ分け合って食べた。
一口。
熱い。
しょっぱい。
少し油っぽい。
なのに、うまい。
うますぎる。
味としては、よくあるカップ麺だ。
特別高級でもない。
感動的な料理でもない。
けれど今の俺には、ほとんど救いの味だった。
瑠香が笑う。
瑠香「……ああ、これだ」
その声は少し震えていた。
ネリュアは麺を慎重に口へ運ぶ。
ネリュア「……不思議じゃ。乾きしものが、湯により息を吹き返すとは」
愛斗「食べ物の感想というより、古代儀式の感想だな」
アズは小さく麺をすすろうとして、うまくできずに困っている。
瑠香が横から教える。
瑠香「こう、少しずつでいいよ」
アズ「……むずかしい」
愛斗「無理にすすらなくていい」
アズ「……でも、やってみる」
アズはもう一度挑戦し、少しだけ麺を吸い込んだ。
目が丸くなる。
アズ「……おいしい」
その一言だけで、十分だった。
エルネストも、カップ麺を一口食べた。
彼はしばらく黙っていた。
何も言わない。
ただ、スープの表面を見つめている。
やがて、皺だらけの目元がわずかに濡れた。
エルネスト「……久しぶりじゃ」
その言葉には、食べ物への懐かしさだけではないものが混じっていた。
人がいた頃の記憶。
街がまだ街だった頃の記憶。
誰かと食卓を囲んだ記憶。
そういうものが、たぶんこの湯気の中に立ち上っていた。
俺は何も言えなかった。
カップ麺ひとつで涙ぐむ老人。
その姿が、この世界の終わりをどんな説明よりも強く語っていた。




