第46話:非常備蓄庫への道
俺たちは、食糧庫へ向かった。
第三管理区の南端。
エルネストが示した地図では、そこに非常備蓄庫と書かれていた。
食料がある。
水があるかもしれない。
そう聞けば、少しは足取りが軽くなってもよさそうなものだが、現実はそんなに優しくない。
道中、何度も瓦礫の下を潜った。
崩れかけた壁を避けた。
半分埋まった道路を越えた。
折れた鉄骨の間をすり抜けた。
赤黒い空の下で、紫がかった光が廃墟の影を長く伸ばしている。
見渡す限り、壊れた建物ばかりだった。
それでも、第七管理区より人間の残り香がある気がした。
道端に転がった玩具のような部品。
文字の消えかけた看板。
窓辺に置きっぱなしになった、植木鉢らしき割れ物。
そこに植物はない。
土だけが乾いて、ひび割れていた。
ネリュアの足取りはまだ重い。
さっき食べた分で少しは顔色が戻ったが、それでも本調子には遠い。歩くたびに、彼女の肩がわずかに上下している。
アズも時折、息を切らしていた。
瑠香は一見元気そうにしているが、口数はいつもより少ない。
俺も、頭の奥が鈍かった。
腹に食べ物は入った。
けれど足りない。
全然足りない。
身体がまだ、足りないと訴えている。
もっと休みたい。
横になりたい。
できれば風呂に入りたい。
風呂。
こんな世界で風呂を思い浮かべるあたり、人間の欲望はなかなか図太い。世界が滅びかけていても、体は温かい湯を求めるらしい。
だが、今は風呂より食料だ。
食料がなければ、いつか行き止まる。
だから進むしかない。
地図に示された場所は、遠目には建物に見えなかった。
地下に埋め込まれた、堅牢な保管施設だった。
地上に出ているのは、厚い金属の扉と、その周囲を囲む低い壁だけ。建物というより、地面に沈んだ金庫に近い。
扉は黒ずんだ銀色をしている。
腐ってはいない。
だが、表面には赤茶色の錆が浮き、いくつもの傷が残っていた。
誰かがこじ開けようとした跡。
何かが爪を立てた跡。
それとも、長い時間がつけた傷か。
周囲の地面には、何かが這ったような跡があった。
砂が細く削られ、同じ幅の線が何本も扉の前へ向かっている。
アズがそれを見て、小さく呟いた。
アズ「……機械」
ネリュアが頷く。
ネリュア「そうじゃな。あやつらの痕跡じゃ」
俺は剣の柄に手をかける。
愛斗「ここが食糧庫か」
エルネストの地図では、ここは防衛機動体の配置区域と表示されていた。
防衛。
食糧庫を守る機械。
人を守るために作られたはずの機械。
それが、今は人が近づくことを許さない。
ずいぶん皮肉な話だ。
皮肉というのは、たいてい腹が減っている時に見ると腹立たしい。
そう思った瞬間だった。
扉の表面に、青白い光が走った。
縦に一本。
横に二本。
幾何学模様みたいな線が浮かび上がり、金属の壁が左右へ滑る。
奥から、影が現れた。
それは、二メートルを超える防衛用ガードロボだった。
人型に近い。
だが、人間ではない。
厚い装甲。
複雑な関節。
丸みを帯びた頭部。
胸部には青いセンサーが三つ並んでいる。
片腕には棒状の武器。
その先端には、薄い刃が展開されていた。
もう片方の腕には、盾のような装甲板。
まるで、騎士を機械で再現したような姿だった。
ガードロボは無言で進む。
重い足音はしない。
足の裏にある駆動装置が、地面を滑るように移動している。
音がないのに重い。
それが余計に気味悪かった。
愛斗「来るぞ」
俺は剣を抜く。
瑠香が右手を上げる。
アズが小剣を握り直す。
ネリュアは杖を構えたが、その手には力が入りきっていなかった。
ガードロボの頭部が、わずかに傾く。
青いセンサーが俺たちを順番に捉えた。
ガードロボ「未登録個体、確認。非常備蓄庫への接近を確認。防衛行動を開始します」
愛斗「交渉の余地は?」
ガードロボ「防衛行動を開始します」
瑠香「ないみたいだね」
愛斗「だろうな」
ガードロボが刃を振り上げた。
次の瞬間、滑るように距離を詰めてくる。
速い。
人間の踏み込みとは違う。
腰の沈みも、肩の揺れも、呼吸もない。
予備動作が薄すぎる。
俺は横へ飛んだ。
刃が地面を削る。
火花が散り、石片が弾けた。
その威力を見て、背筋が冷える。
まともに食らえば、骨どころか身体ごと持っていかれる。
俺は距離を取る。
愛斗「ネリュア、見えるか?」
ネリュアは目を細める。
精霊術の淡い緑光が、彼女の瞳に宿った。
ネリュア「構造は複雑じゃ……。命の流れではない。じゃが、理の流れはある」
愛斗「弱点は?」
ネリュア「関節の接合部。装甲の重なり。視覚センサーの隙間。それと背面に、熱を逃がす器官に似たものがある」
愛斗「冷却装置か」
ネリュア「おそらくの」
それだけ分かれば十分だった。
いや、十分ではない。
十分ではないが、手がかりはある。




