第39話:R-02、所在不明
俺は端末に尋ねた。
愛斗「この街に、人間は住んでいないのか?」
端末「第七管理区の登録住民は、全て機械知能体です」
愛斗「他の管理区は?」
端末「第三管理区、第四管理区には、人間種の登録履歴があります」
履歴。
登録がある、ではない。
登録履歴がある。
その言い方が引っかかった。
愛斗「今もいるのか?」
端末「現在の活動確認は取れていません」
瑠香が息を呑む。
瑠香「活動確認が取れてないって……」
愛斗「最後に確認できたのはいつだ?」
端末「最終活動確認から、約二百四十六年が経過しています」
約二百五十年。
その数字が、思ったより重く落ちた。
十年でも長い。
五十年なら歴史だ。
二百五十年なら、もう昔話ですらない。
アズが、小さく尋ねる。
アズ「……ずっと、いないの?」
端末「第七管理区における人間種の登録数は、現在ゼロです」
アズの肩が、びくりと震えた。
アズ「……街なのに、誰もいない」
瑠香も、肩を抱くようにして呟く。
瑠香「ねえ、それってどういうことなの? 人間は全員死んじゃったの?」
端末は、明確には答えなかった。
端末「該当記録は破損しています」
瑠香「破損って……」
端末「ただし、第三管理区に微弱な人間種反応が残存している可能性があります」
第三管理区。
さっきも出た場所だ。
俺は端末を見上げる。
愛斗「そこへ行く方法を教えてくれ」
端末は、少し沈黙した。
沈黙というより、処理時間なのだろう。
やがて、床に光が走った。
端末「ルートを表示します」
足元に、街の地図が浮かび上がる。
第七管理区。
現在地。
外壁。
瓦礫地帯。
そして、その東側に第三管理区。
距離はそこまで遠くない。
地図で見れば、歩けなくもない距離に思える。
けれど、その間に広がる表示が問題だった。
崩落区域。
通行不能。
高危険度。
瓦礫堆積。
機械残骸集中。
嫌な言葉の詰め合わせみたいな道だった。
地上を進むのは難しいらしい。
代わりに、地下の通路が光で示される。
入り口は第七管理区の外れ。
そこから崩落区域の下を抜け、第三管理区側へ続いている。
見た目は、下水道か保守用通路に近かった。
愛斗「この地下ルートは使えるのか?」
端末「使用は可能です。ただし、危険度は高く設定されています。推奨しません」
愛斗「推奨しない理由は?」
端末「保守機体の暴走記録。排水経路の一部崩落。未登録生体の消失事例。詳細記録は破損しています」
瑠香「今、消失って言わなかった?」
愛斗「言ったな」
瑠香「そこ、流しちゃ駄目なところじゃない?」
愛斗「流してない。ちゃんと嫌だと思ってる」
瑠香「思うだけじゃなくて、もうちょっと反応して」
できれば俺だって、もっと分かりやすく反応したい。
けれど、嫌な情報が多すぎると、人間は逆に淡々としてしまうらしい。
第三管理区には、人間種反応が残っている可能性がある。
食料も、水も、情報も、そこにあるかもしれない。
そして、そこへ行くには危険な地下通路を通る必要がある。
選択肢があるようで、ほとんどない。
俺は振り向く。
ネリュアはもう、限界に近い。
顔は青白く、息も細い。
瑠香も疲れている。
アズも、この街に馴染めずにいる。
それでも、ここに留まっていても食料は手に入らない。
なら、行くしかない。
そう決めかけた時だった。
端末の反対側から、小さな音が聞こえた。
振り向くと、子供くらいの背丈のロボットが立っていた。
丸い頭。
光る目。
細い二本の腕。
手には何も持っていない。
他のロボットよりもずっと簡素で、どこか頼りない形をしている。
そのロボットは、アズを見ていた。
そして、ゆっくり近づいてくる。
アズが小剣を握り締めた。
俺も身構える。
けれど、ロボットは攻撃してこなかった。
アズの前で止まり、短い電子音を発する。
それから、ぎこちない声で言った。
ロボット「……登録外個体、ですか?」
アズの顔が強張る。
アズ「……なに?」
ロボット「人間ではない、ですか?」
アズは黙った。
その問いかけは、妙に刺さるものだった。
人間ではないのか。
アズが何者なのかを、俺はまだ全部知っているわけじゃない。
けれど、彼女が自分の存在に不安を抱えていることくらいは分かる。
ロボットは、アズから目を離さないまま続けた。
ロボット「あなたは、何ですか?」
アズは小さく身を震わせる。
そして、短く答えた。
アズ「……アズ」
ロボットは、その言葉を繰り返す。
ロボット「アズ、ですか?」
アズは一瞬、何かを期待したようだった。
自分の名前を呼ばれたからかもしれない。
自分を個体ではなく、名前で見てもらえた気がしたのかもしれない。
けれど、次の瞬間、ロボットは同じ音程で繰り返した。
ロボット「あなたは、何ですか?」
アズの表情が曇る。
さっきの言葉は、会話ではなかった。
ただの反復。
ただの照合。
ただの学習途中の反応。
心があるように見えただけで、そこにアズを見ている誰かはいなかった。
アズは小さく後ずさりし、俺の方へ近づいてくる。
俺は空いた手で、彼女の頭にそっと触れた。
アズは驚いたように肩を揺らしたが、逃げなかった。
愛斗「行こう」
アズ「……うん」
ロボットは何も追ってこない。
ただ、光る目だけが、俺たちを見送っていた。
それが視線なのか、センサーなのか。
見分けがつかないことが、妙に気持ち悪かった。
俺たちは管理塔を出る。
塔の外には、相変わらずロボットだけの街が広がっていた。
光は冷たく。
道は静かで。
人の声は、どこにもない。
俺はさっき見た地図を頭に焼き付ける。
第三管理区。
地下ルート。
微弱な人間種反応。
保守機体の暴走。
消失事例。
嫌な単語ばかりだ。
それでも、行くしかない。
ロボットは心がない。
それがこの世界の当たり前なのかもしれない。
けれど、さっきの子供型ロボットは、まるで心があるみたいに見えた。
心があるようで、ないもの。
心がないはずなのに、ありそうなもの。
その違和感が、妙に頭に残った。
どうして気になるのか、自分でも分からない。
ただ、その答えを俺たちはいつか知ることになるのだろう。
そういう予感だけがあった。
俺たちは、次の場所へ向かう準備を始めた。
目指すのは第三管理区。
そこに人間がいる保証はない。
食料がある保証もない。
むしろ、ない可能性の方が高い。
それでも、この街で立ち尽くしているよりはましだ。
砂が舞う。
風が吹く。
赤い空は、変わらない。
二つの月が、壊れた街の上に浮かんでいる。
俺たちは第七管理区を後にしようとした。
誰にも見つからないように。
まるで、この世界には人間がいてはいけないみたいに。
街の外に出る直前だった。
背後の管理塔から、短い警告音のようなものが聞こえた。
振り返る。
塔の外壁に走る光が、不規則に明滅していた。
さっきまで冷たく整っていた光の流れが、一瞬だけ乱れる。
そして、管理塔の端末音声が、街全体に漏れるように響いた。
端末「R.I.A.……記録照合」
端末「R-02……所在不明」
意味は分からない。
けれど、その言葉だけは、妙に耳の奥に残った。
R.I.A.
R-02。
所在不明。
何かの名前なのか。
誰かの番号なのか。
それとも、この世界が失くしたものの記録なのか。
俺はその言葉を脳裏に刻み、二つの月を見上げた。
白い月と、欠けた青い月。
それらは俺たちを照らしながら、砂漠へ続く瓦礫地帯を静かに指し示しているようだった。
そこへ行けば、何かが分かる。
そんな保証はない。
けれど、そこへ行かなければ何も分からない。
俺は背中のネリュアを支え直し、前へ進んだ。
人間のいない街を抜けて。




