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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ
第2章 瑠香姫と書き換えられた王都

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第28話:家に帰るまでが脱出だ

 街は、やっぱり異様だった。


 夜の冷たさも、灯りの少なさも、人の気配の薄さも、全部が現代日本のそれじゃない。なのに足元はアスファルトで、曲がり角の位置も、道幅の感覚も、頭のどこかでは知っている。


 見慣れた場所のはずなのに、見慣れていない。


 俺たちは城壁の影へ滑り込んだまま、しばらく動けなかった。


 息が乱れている。結界を抜けて、屋上から飛び降りて、ようやく地面へ降りた直後だ。狭い牢に押し込められていたせいで、身体も思った以上に鈍っている。


 でも、それ以上にきつかったのは、目の前の景色だった。


 ここは俺たちの街のはずだ。


 それなのに、公園が広場へ変わっている。電柱の立っていた場所には石の標があり、見慣れたアパートの壁には王家の紋章が刻まれている。信号のあるべき交差点には、燭台みたいな光の柱が立っていた。


 逃げ出せたはずなのに、まだ全然、元の世界へ戻れた感じがしない。


 瑠香が先へ立った。


 瑠香「……こっち。表通りを行くより、裏から抜けた方が早い」


 声は小さいが、迷いはなかった。


 俺たちはそれに従う。


 横道を一つ、二つと抜け、住宅街の裏手へ回る。元なら見慣れたはずの細い道だ。けれど、そこにある家並みは少しずつ違う。塀が石壁へ変わり、門柱が鉄の格子へ変わり、窓の形までどこか古めかしい。


 それでも、瑠香の足取りは止まらない。


 何度か迷うみたいに視線が揺れても、すぐに向きを定める。頭の中で、元の街と今の街とを無理やり重ねているんだろう。


 ネリュアが、静かにその背中を見つめていた。


 ネリュア「この状態で道を探るのは、骨が折れよう」


 たしかに、と思う。


 目の前の景色は嘘なのに、頭の中の地図は本物だ。その二つを一緒に扱うなんて、やってみろと言われても、俺にはたぶん無理だ。


 俺は瑠香のすぐ後ろへ寄り、そっと袖を引いた。


 愛斗「……大丈夫か」


 瑠香が振り向く。


 顔色はよくない。逃げてきた疲れもあるし、さっき地下で見たものも重いはずだ。それでも、目だけはまだちゃんと前を向いていた。


 瑠香「うん。平気」


 短い返事だった。


 けれど、その声に躊躇いはなかった。


 自分の記憶を信じる、と決めている声だった。


 俺はそのまま、瑠香の手を取った。


 彼女は一瞬だけ目を見開いたが、振りほどかなかった。


 そのまま歩き出す。


 ネリュアは何も言わない。ただ、その様子を静かな瞳で見ていた。人の家が王城へ塗り替えられ、街ごと別の履歴へ飲み込まれていることに、彼女なりの怒りがあるのだろう。その怒りは外へは出さないが、黙っている分だけ深そうだった。


 アズは俺たちの少し後ろをついてくる。


 小さな身体へ小剣を抱え、怯えをそのまま引きずった歩き方なのに、足音だけは妙に静かだ。彼女は俺たちの背中を守るみたいに、何度も振り返っていた。


 しばらく進むと、道はさらに細くなった。


 住宅街の裏道だ。


 古い家が密集していて、夜はただでさえ人通りが少ない。今のこの街では、それが余計に濃い闇になっていた。


 その時、アズが足を止めた。


 小さく耳を澄まし、それから俺へ手招きする。


 俺は身を屈めて囁いた。


 愛斗「何かいるか」


 アズがこくりと頷く。


 アズ「……うしろ」


 俺は振り向いた。


 目に見える人影はない。


 でも、気配はあった。見られている、というより、探られている感じに近い。足音も呼吸も拾えないのに、何かが俺たちの通った線をなぞってきている。


 追手かもしれない。


 あるいは、それに似た別の何かか。


 どちらにしても、見つかるわけにはいかなかった。


 俺は角を一つ曲がったところで、瑠香へ声をかける。


 愛斗「隠せるもの、あるか」


 瑠香は小さな袋を取り出した。


 中から、深い色の外套と布が出てくる。いつの間に持ち出していたのか知らないが、さすがに準備がいい。


 瑠香は青いドレスの上からその外套を羽織り、頭へフードを被った。それだけで印象が大きく変わる。王女の青が消え、夜の色へ溶けた。


 俺はネリュアを見る。


 ネリュアは短く息を吐くと、指先へ水を集めた。髪を軽く濡らし、肩へ掛かる布の色味を暗く変える。術というほど大げさじゃないが、それだけでずいぶん目立たなくなった。


 一瞬、濡れた髪が月明かりを拾って、妙に綺麗に見えた。


……今はそんな場合じゃない。


 アズはもともと小柄で、外套の影へ隠れればそれだけで目立たない。俺は一番大きな布を肩へ掛け、前へ出た。


 こうして、俺たちは少しだけ別の顔になった。


 歩きながら、俺はちらりと全員の服を見る。


 瑠香のドレスは青。ネリュアの布も元は青緑に近い。地下で見た灯りも、牢で見た布も、城の中の装飾も、やたらと青や紫が多かった。


 この世界には、色の偏りがある。


 それが単なる王国の趣味じゃない気がして、背中が冷えた。


 やがて、大きな建物が見えてきた。


 元は学校だった場所だ。


 今は神殿か、学舎を兼ねた礼拝所みたいな姿へ変わっている。尖塔が伸び、入口には見たことのない紋章が掲げられている。


 でも、その裏手の細道だけは残っていた。


 俺たちはそこへ入り込む。


 中庭は草が伸び放題だった。石畳のあいだから雑草が顔を出し、校舎だったはずの建物の一部が、中途半端に古い姿を残している。


 ようやく、少しだけ息がつけた。


 アズはすぐ壁際へ寄り、膝を抱えるようにしゃがみ込んだ。狭い場所の方が落ち着くのかもしれない。ネリュアは建物の輪郭を見上げ、眉を寄せる。


 ネリュア「……ここも、上から別の記憶で覆われておるな」


 瑠香が小さく頷く。


 瑠香「うん。この場所の名前も、もう違う」


 その声には、痛みが混じっていた。


 俺は瑠香の隣へ腰を下ろす。


 愛斗「……無理すんな」


 瑠香がこっちを見る。


 その目はまっすぐだった。


 瑠香「無理はしてる。でも、無視はしたくない」


 言い切ってから、彼女は少しだけ笑った。


 その笑顔は嘘じゃない。


 でも、失われたものの重さが消えたわけでもない。その両方が一緒にある顔だった。


 俺は何も言わず、そっと彼女の手を握る。


 瑠香は、そのまま受け入れた。


 しばらく、誰も喋らなかった。


 夜の冷たさと、手の中の体温だけがはっきりしている。


 やがて、ネリュアが静かな声で言った。


 ネリュア「……次はどうする」


 その問いに、俺たちは自然と顔を上げた。


 まずは整理だ。


 俺は地下で見つけた地図を取り出し、月明かりの下で広げた。


 紙の上には、王都の輪郭と、城の地下へ集まる線が描かれている。しかも、その線は城だけで終わっていなかった。街全体を包むような輪があり、その輪の節目みたいな場所で、いくつもの細線が交わっている。


 俺は一つの交点を指さした。


 愛斗「ここ、何だと思う」


 ネリュアが身を寄せる。


 ネリュア「……転移点、あるいは継ぎ目じゃな」


 瑠香も地図を覗き込んだ。


 瑠香「城だけじゃないんだ……」


 愛斗「ああ。街全体が範囲に入ってる」


 つまり、地下で見た核は城の下にあるが、作用しているのはそこだけじゃない。王都全体へ力を流し込み、街そのものを書き換えている。


 じゃあ、なぜ。


 何のために。


 目的が見えない。


 ただ瑠香を“姫”にするためだけじゃ、あまりにも規模が大きすぎる。


 考えをまとめきれないまま、空から鐘の音が降ってきた。


 低く、長く、街の奥まで響く音。


 俺は顔を上げる。


 愛斗「……夜が明ける」


 夜明け前に、隠れ場所が要る。


 ここで座り込んでいるわけにはいかない。


 俺は立ち上がり、建物の中へ入った。崩れている箇所も多いが、まだ使えそうな部屋があるかもしれない。


 慎重に進む。


 廊下の床は半分ほど石へ変わっているが、壁の向こうにはまだ元の校舎の匂いが残っていた。黒板だったものの痕跡。ロッカーの名残。礼拝所へ作り替えられているのに、完全には消えていない。


 その奥で、一つだけ使えそうな部屋を見つけた。


 扉は壊れかけているが、閉めることはできる。


 中は薄暗く、埃っぽい。けれど、風雨はしのげるし、外からすぐには見つからなさそうだった。


 俺たちはそこへ入り、扉を閉じた。


 ようやく、少しだけ安心できた。


      ※


 その頃、城では異変が表へ噴き出していた。


 地下牢の監視が、最初に異常へ気づく。


 囚人の不在。


 格子の開錠。


 地下区画での術式の揺らぎ。


 報告は一つでは終わらなかった。


 衛兵「王女、不在!」


 その言葉が城内へ走った瞬間、空気が一変する。


 警報が鳴る。


 足音が増える。


 兵たちが持ち場を離れ、廊下と階段を埋め始める。


 その中心で、レオヴァルトは夜空を見上げていた。


 傍らへ、黒いローブの神官が現れる。フードの奥は見えない。声だけが、静かに落ちた。


 神官「予測の範囲です」


 レオヴァルトは短く頷く。


 レオヴァルト「だとしても、取り逃がした事実は変わらん」


 神官が、かすかに笑った気配がした。


 神官「ならば、探せばよろしい」


 その言葉に、レオヴァルトは何も返さない。


 ただ、腰の剣へ手を置く。


 レオヴァルト「……まだ街の中だ」


 低い声音だった。


 感情を乱さず、それでも確かな圧だけを残す声。


 レオヴァルト「どこまでも追う」


 王都の夜は、まだ終わっていなかった。

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