表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ
第2章 瑠香姫と書き換えられた王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/34

第29話:短い休息、長い違和感

 目を覚ました時、部屋の中には薄い光が揺れていた。


 外の陽射しじゃない。


 ネリュアが指先へ灯した、やわらかな光だ。狭い部屋の空気を壊さない程度の明るさで、壁や床へ淡く滲んでいる。


 俺はゆっくり身体を起こした。


 眠ったつもりはなかった。少しだけ目を閉じるつもりだったのに、意識がそのまま落ちていたらしい。身体のあちこちが重い。牢に押し込められていた疲れと、逃げてきた緊張が、まとめて今きたような感覚だった。


 ネリュアがこちらを見て、小さく息をつく。


 ネリュア「……戻ってきたか」


 愛斗「ああ。ちょっと、落ちてた」


 ネリュアはそれ以上何も言わなかった。


 ただ、傍らへ置いてあった布袋を差し出してくる。中には硬いパンと、瓶詰めの果実が入っていた。


 ネリュア「先に食べておけ。体力が続かぬ」


 素直に頷く。


 パンは固かったが、腹へ入るとそれだけで少し楽になった。果実は甘くて、水気が喉へ落ちるたび、乾ききっていた身体がようやく人心地つく。


 食べながら、自分の手首を見た。


 拘束されていた痕がまだ薄く赤い。擦りむけた部分もある。だが、大きな怪我はなかった。


 部屋の隅では、アズがまだ眠っていた。


 壁に寄りかかるようにして膝を抱え、小剣を足元へ寄せている。起きている時はあれほど警戒しているのに、眠っている姿だけを見ると、本当に年相応の小さな女の子に見えた。


 その向かいでは、瑠香が外套を被ったまま浅く眠っている。


 顔色は少し白い。けれど傷は見当たらない。逃げる時も、地下でも、きっとずっと気を張っていたのだろう。こんなふうに無防備に目を閉じているのが、逆に珍しく見えた。


 俺が服の汚れを払い、髪を軽くかき上げると、ネリュアがくすりと笑った。


 ネリュア「外見を気にする余裕があるのは、よいことじゃ」


 愛斗「気にしてるってほどじゃない」


 そう答えながらも、自分でも少し笑ってしまう。


 確かに、その程度の余裕は戻ってきたらしい。それだけで、まだやれると思えた。


 しばらくして、アズが目を覚ました。


 ぱちりと瞬きをして、最初に俺を見る。それからネリュア、瑠香と順に視線を動かし、ようやく小さく息をついた。


 アズ「……おはよ」


 愛斗「おはよう」


 俺が返すと、アズはほんの少しだけ口元を緩めた。


 その気配に引かれたみたいに、今度は瑠香が目を開く。


 瑠香「……ん」


 一瞬だけ、ここがどこか分かっていない顔をした。けれど次の瞬間には現実へ戻ってくる。


 瑠香「……起きてたんだ」


 愛斗「おはよう」


 瑠香はこくりと頷き、外套を肩からずらした。王女用の上着を緩めて、動きやすいように整える。その仕草はぎこちないのに、どこか慣れてもいて、胸の奥が少しざらついた。


 似合ってしまっている、というのは、きっとこういうことなんだろう。


 でも、瑠香自身はそれを受け入れているわけじゃない。


 瑠香「……ごめん。寝てた」


 愛斗「平気だ。今は寝といた方がいい」


 瑠香は短く息を吐いた。


 そのあと、ネリュアが俺の手首を取る。


 ネリュア「傷、見せるのじゃ」


 抵抗する理由もない。俺は手を差し出した。


 ネリュアの指先へ淡い光が集まる。ひんやりした感触が肌を撫で、痛みと熱が少しずつ引いていく。荒れていた皮膚も、光の下でゆっくり落ち着いていった。


 ネリュア「……無理をさせた」


 愛斗「俺が勝手に突っ込んだだけだろ」


 ネリュアは首を振る。


 ネリュア「それでもじゃ」


 その声は小さくて、少しだけ苦かった。


 俺は光の残る彼女の手を見て、それから顔を上げる。


 愛斗「お前がいてくれたから、ここまで来れた」


 ネリュアが目を細めた。


 何か言いかけて、結局言葉にはしない。その代わり、俺の手を軽く握り返してきた。


 ほんの一瞬だけ。


 それだけで十分だった。


 アズが、そのやり取りをじっと見ていた。


 アズ「……わたしも」


 愛斗「ん?」


 アズは自分の足首を見せた。細い肌に、薄く拘束の跡が残っている。見た目ほど酷くはないが、放っておくのも嫌だった。


 ネリュアがすぐに手を伸ばす。


 ネリュア「これも、消しておこう」


 アズはこくんと頷き、少しだけ身を寄せた。


 光が足首へ落ちる。


 アズが小さく息を呑む。


 アズ「……あたたかい」


 ネリュア「痛くはないか」


 アズ「……うん」


 跡が薄れていくのを見ながら、アズは不思議そうに自分の足を見つめていた。終わると、今度は俺の方を見る。


 アズ「……ありがと」


 愛斗「礼はネリュアにだろ」


 アズが少し考えて、それからネリュアへ向き直る。


 アズ「……ありがと」


 ネリュアはやわらかく笑った。


 その空気が少しだけ和んだところで、瑠香がぽつりと口を開く。


 瑠香「……やっぱり、気持ち悪かった」


 誰もすぐには返さない。


 瑠香は自分の膝の上へ視線を落としたまま続けた。


 瑠香「姫って呼ばれるの。似合うとか似合わないとかじゃなくて、私じゃない誰かにされる感じがして」


 部屋の空気が、少しだけ冷える。


 それは俺たち全員が、どこかで同じ気分を味わってきたからだと思う。


 望んだ姿になることが幸せだとは限らない。


 望まない姿へ変えられることは、もっと違う怖さがある。


 自分の名前も、居場所も、役割も、そのまま他人のものみたいに塗り替えられていく感覚。


 考えるだけで、胸の奥がざわつく。


 しばらく誰も喋らなかった。


 やがて、ネリュアが地図を取り出し、床へ広げる。


 ネリュア「……一つ、気になることがある」


 愛斗「何だ」


 ネリュア「この街はまだ、完全には名を変えておらぬ」


 瑠香が顔を上げる。


 俺も地図へ目を落とした。地下で見た記録や地図の表記を思い返す。王都という呼称はある。けれど、街全体の名そのものは、どこか曖昧なまま残っていた気がした。


 ネリュアが指で線をなぞる。


 ネリュア「名は、世界がものを縛る楔にもなる。街の名が完全に上書きされておらぬということは、固定が終わっておらぬのじゃ」


 愛斗「つまり」


 ネリュア「まだ、戻せる余地がある」


 その言葉に、胸の奥で何かがわずかに熱を持つ。


 俺は瑠香を見る。


 愛斗「じゃあ、瑠香を“姫”として認めさせること自体が、この世界を固定する一歩ってことか」


 瑠香は小さく息を吸った。


 瑠香「……たぶん、そう」


 声は静かだった。


 でも、そこには怯えだけじゃなく、確かな反発も混じっていた。


 瑠香は外套を着直し、ゆっくり立ち上がる。


 その姿は王女みたいで、でもそれ以上に、星乃 瑠香そのものだった。


 アズが地図へ顔を寄せ、小さな指である一点を押さえる。


 アズ「……にげるの、おそいとだめ」


 愛斗「分かってる」


 アズ「ここ……もう、せまい」


 それは部屋の広さのことじゃない。


 俺たちの猶予が狭まっている、という意味だ。


 俺は頷いた。


 愛斗「休めるのは、ここまでだな」


 準備を始める空気になった、その時だった。


 ふと、聞いておきたいことが浮かぶ。


 愛斗「……なんで、助けに来てくれたんだ」


 自分でも、少し遅い質問だと思った。


 でも、今だからこそ聞きたかった。


 瑠香は一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐに笑う。


 瑠香「……愛斗たちがいない世界なんて、嫌だったから」


 それだけだった。


 飾りも、言い訳も、変な照れもない。


 真っすぐすぎて、逆に何も返せなくなるくらいの答えだった。


 俺はその手を取る。


 愛斗「ありがとう」


 瑠香は、今度ははっきり握り返してきた。


 それだけで、さっきまで冷えていた胸の奥が少しあたたかくなる。


 でも、このまま止まってはいられない。


 俺たちは地図を畳み、部屋を出る支度を始めた。


 外はまだ明るい。


 差し込む光は昼を少し過ぎた色で、壊れた窓の縁へ白く積もっている。王都の街並みは変わっても、時間だけは律儀に流れているらしかった。


 夕方までに、次の隠れ場所か、次の手掛かりへ届きたい。


 地上は追手が動いているはずだ。なら、建物の影か、地下道か、あるいは元の街の名残を辿るしかない。


 俺がそう考えていた時、アズが不意にしゃがみ込み、床へ耳を当てた。


 アズ「……くる」


 その声は小さいのに、はっきりしていた。


 俺も息を止める。


 遠くで、何か重いものが動く音がする。


 人の足音じゃない。


 もっと鈍くて、もっと重い。地面の下から伝わるような響きだ。


 ネリュアが低く呟いた。


 ネリュア「……機巧か」


 愛斗「兵器か?」


 ネリュアは答えない。


 ただ眉を寄せたまま、部屋の外へ視線を向けている。


 その時、俺の頭の中で一つの嫌な考えが繋がった。


 この世界は、俺たちの世界を書き換えた。


 なら、元の世界にあった“もの”まで、向こう側の理で作り変えられていてもおかしくない。


 例えば、この学校の裏にあった遊具みたいなものが――


 次の瞬間、廊下の角から巨大な影が現れた。


 鉄の巨人だった。


 車輪のような脚。金属の胴体。内側から響く駆動音。頭部らしき場所には、赤い光が一つだけ灯っている。


 だが、その骨組みの形に、見覚えがあった。


 ジャングルジム。


 滑り台の支柱。


 校庭の隅にあった遊具の名残が、そのまま歪んだ兵器の輪郭へ組み込まれている。


 俺は息を呑んだ。


 あれは、俺たちの知っている学校の残骸だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ