第17話:王城地下の尋問
夜の城内は、妙に静かだった。
足元の絨毯も、壁にかけられた燭台も、高窓から差し込む月光さえ、重たい沈黙を吸い込んでいるみたいだった。
俺たち三人は、衛兵たちに囲まれたまま地下へ連れて行かれていた。
見た目の装備は、さっきまでいた異世界の衛兵とほとんど変わらない。だが、よく見れば違和感はそこかしこにある。足甲には薄い光の板みたいなものが固定され、槍の穂先には目に見えない膜が張っているのか、周囲の空気がじりじりと歪んでいた。
なぜこんなことになったのか。
現代の街に、異世界の城がそびえ立っている。それだけでも意味が分からないのに、この城の中にいる人間たちは、それを当然のものとして受け入れていた。
しかも瑠香が“姫”として扱われている。
ただの高校生だったはずの星乃 瑠香が、いつの間にか王家の人間になっている。そんな理屈、どう考えても通るはずがない。
……いや、通るはずがないのに、今この場では、それが通ってしまっている。
最悪なのは、俺の行動が事態をさらに悪くしたことだ。
瑠香を庇おうとして前へ出た、それだけで衛兵たちは俺たちに『王族への不遜な接触』『姫の誘拐』『城外への無断連れ出し』なんて、訳の分からない罪を並べ立てた。
その結果、捕まったのは俺だけじゃない。ネリュアも、アズもだ。
二人とも抵抗はしなかった。
ネリュアは何かを考えているのか、ただ静かに衛兵のあとを歩いていた。アズは、小剣を抱える腕に力を込めたまま、あからさまに怯えている。異世界で見た鎧と似ているせいか、それとも“囲まれること”そのものが駄目なのか、肩がずっとこわばっていた。
やがて、俺たちは地下の一角で足を止められた。
そこは石造りの牢屋だった。だが、扉だけが妙に異質だった。黒光りする金属でできていて、古い岩盤の壁とはまるで噛み合っていない。石と鉄と、もっと別の何かが、無理やり一つに押し込められているような不気味さがあった。
衛兵の一人が、扉の横に埋め込まれた盤へ手をかざす。
鍵の音はしなかった。電子音のようなものもない。ただ、盤の表面がかすかに光り、金属扉がひどく冷たい動きで横へ滑った。
衛兵「簡易な尋問を行う」
意味を咀嚼するより先に、鎧越しの力で肩を押される。
背中が石壁にぶつかった。乾いた衝撃。冷たさ。けれど、その感触の奥に、ただの石じゃない硬質な均一さが混ざっている気がして、ぞっとする。
ネリュアとアズも同じように壁際へ追いやられた。ただ、衛兵の手は二人に触れていなかった。見えない力で押さえつけられているみたいに、距離を空けたまま拘束している。
先頭にいた男が、俺たちの前へ進み出る。
目に感情がない。
怒っているわけでも、苛立っているわけでもない。ただ決められた手順を処理するだけの機械みたいに、無機質な視線を向けてきた。
衛兵「名を名乗れ」
愛斗「……名乗る必要はないだろ。俺たちは、今戻ってきたばかりなんだ」
返ってきたのは反論でも嘲笑でもなかった。
男は無言のまま、目の前の空間へ手をかざす。すると、何もない場所に透明な板が浮かび上がった。その表面へ、俺たちの顔と名前が淡い光で記されていく。しかも名前の横には、見たこともない紋章まで並んでいた。
喉の奥が冷える。
俺たちがこの城へ入ったのは、ほんのさっきのはずだ。なのにまるで、最初からここに来ることが決まっていたみたいだった。
愛斗「俺たちは、ただ元の世界へ戻ってきただけだ。何もしてない」
衛兵「異世界、か」
その短い声に、わずかな皮肉が混じった。
衛兵「ならば説明しろ。この国の瑠香姫が、同時刻に城内へ在ったことを」
一瞬、意味が分からなかった。
次の瞬間、頭の中で言葉がぶつかり合って、思考が止まる。
同時刻に、城内にいた?
何を言っている。瑠香はさっきまで俺たちと一緒にいた。異世界から一緒に戻ってきた。見間違いでも勘違いでもない。
なのに、向こうはそれを疑っていない。
ネリュア「これは単なる記憶改変ではない。歴史そのものが接ぎ替えられておる」
ネリュアの声は静かだった。だが、静かすぎるせいで、かえって重かった。
愛斗「そんなこと、簡単に起きてたまるかよ……」
吐き捨てるみたいに言ったものの、自分でも確信は持てない。異世界だの精霊だの空間干渉だのを見てきたあとで、「ありえない」と言い切れるほど、俺はもう元の世界の常識に立っていなかった。
それでも、おかしい。
なぜ、俺たちが戻ってくるタイミングでこんな改変が起きているのか。
なぜ、俺たちだけが“正しい履歴”の外へ弾き出されたみたいになっているのか。
衛兵の視線が、アズへ向く。
衛兵「貴様の小剣を没収する」
アズの肩がびくりと跳ねた。
彼女は腰の小剣を庇うみたいに身体の後ろへ回し、首を小さく振る。
アズ「……だめ」
細い声だった。
けれど、その一言には、震えとは別の強さが混じっていた。
衛兵「法は法だ。城内への武装持ち込みは禁じられている」
男の手が伸びる。
アズはさらに身体を縮めた。逃げるわけじゃない。ただ小剣をぎゅっと胸元へ抱え込み、最後の砦みたいに守っている。
その仕草は、剣士のものというより、何か一つだけは奪われたくない子供のそれだった。
愛斗「やめろ」
衛兵の手が止まる。
愛斗「今はいいだろ。俺たちは何もしてない」
衛兵「貴様らの判断基準など不要だ」
冷たく言い切られた、その瞬間だった。
「やめて」
聞き慣れた声が、閉ざされた地下へ落ちた。




