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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ


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第15話:帰るための門、残るための想い

 アメリア姫は、自分の城の門を前にして、ほんのわずかに足を止めた。


 そこは本来、彼女が生まれ育ち、守られるべき場所だったはずだ。なのに今は、偽りに塗り潰され、民を欺き、自分自身を閉じ込めていた牢でもある。アメリアはその逡巡を胸の奥へ押し込み、静かに一歩を踏み出した。


 俺たちは、その背を追う。


 城の中には、まだ戦いの残り香があった。廊下の隅には、グレスコーが残した黒い痕が煤みたいにこびりついている。だが先ほどまでここに満ちていた腐臭や重圧は、もう薄い。代わりに、冷たく澄んだ石の匂いが鼻を抜けた。


 長い廊下を進むと、窓から差し込んだ月の光が床へ淡い紋様を描いていた。


 その光の下で、アメリア姫が足を止める。


 アメリア「……皆様のお力添えがなければ、わたくしも、この城も、民も、暗闇の底へ沈んでおりました」


 彼女は振り返り、ゆっくりと頭を下げた。


 深く、まっすぐに。


 先ほどまでの弱々しさは、もうそこにない。あるのは、この城を背負う者としての静かな誇りだった。その感謝は、ただ形式として口にしたものじゃないと分かった。


 アメリア「このご恩、生涯忘れません」


 キュベリエが、ネリュアの肩をぽんと叩く。


 キュベリエ「あまり無茶をするでないぞ、ネリュア。じゃが……見違えた働きであった」


 ネリュア「姉君に言われとうないわ」


 言い返しながらも、その声音はどこか柔らかかった。


 キュベリエの目には、短く言葉を交わしただけでは隠しきれない安堵があった。ネリュアの方も、拗ねたような口ぶりの下に、はっきりと嬉しさを滲ませている。長い時間を別々に生きてきた姉妹にしか出せない距離感だった。


 俺は少し離れた場所から、そのやり取りを眺めていた。


 勝てたことへの安堵はある。だが、それで全部終わったわけじゃない。この城にはまだ回復すべきものが山ほど残っているし、俺たち自身もこの世界へ来てから何一つ整理できていない。


 隣では、瑠香がまだ俺の袖を握っていた。


 さっきまでみたいにしがみつく力ではない。けれど、手を離したらまた何かが変わってしまいそうで、離せないのだと分かるくらいの強さだった。


 少し離れたところで、青髪の少女が小剣を床へ突き立て、その傍らで静かに息を整えている。翡翠色の瞳だけが、広間の奥に残る光と影をじっと見ていた。


 キュベリエは広間を一度ゆっくり見渡し、最後にネリュアへ視線を戻した。


 キュベリエ「……わしはこれで戻るぞ」


 その一言に、空気が少しだけ変わる。


 ネリュアの肩が、かすかに揺れた。


 キュベリエ「妹を追う役目は終えた。あとは、お主が選んだ道じゃ。この国のことも、人のことも、お主自身が決めよ」


 ネリュア「……姉君」


 キュベリエは彼女の肩へ置いた手に、ほんの少しだけ力を込めた。


 キュベリエ「迷い、悩み、それでもここまで来たのじゃろう。ならば、もうわしが口を出すことではない。お主の選んだものを、わしは信じる」


 その言葉に、ネリュアは何も返せなかった。


 ただ、唇をわずかに噛み、静かに頷いた。それだけで充分だったのだろう。キュベリエもそれ以上は何も言わなかった。


 彼女は俺たちへ一瞥をくれ、そのまま踵を返す。


 去っていく足音は重くない。むしろ、長い見張りを終えた者の、ようやく役目を降ろした足音に聞こえた。


 その背が消えたあとも、彼女の残した言葉だけは広間にまだ残っているようだった。


 しばらくの沈黙を破ったのは、瑠香だった。


 瑠香「……ねえ、愛斗」


 振り向くと、彼女は俺の袖を握ったまま、不安げにこちらを見上げていた。


 瑠香「こっちでどれくらい時間が経ってるのか、分かる?」


 その問いには、戸惑いだけじゃなく焦りも混じっていた。


 俺もそこで、ようやく現代のことを思い出す。親のこと。学校のこと。祭りの途中で消えた俺たちを、あっちの世界がどう扱っているのか。


 ネリュアが、静かに答えた。


 ネリュア「妾が愛斗を連れてきた際の干渉は、強制の色が薄かった。ゆえに時の咬合(こうごう)は大きくずれておらぬはずじゃ。せいぜい数時間の差が生じる程度じゃろう」


 瑠香の目が、ぱっと揺れる。


 安心と、まだ信じきれない不安が同時に浮かんでいた。


 瑠香「じゃ、じゃあ……今から戻っても、すっごく大変なことにはなってないってこと?」


 ネリュア「少なくとも、何日も何週間も消えていた、ということにはならぬはずじゃ」


 その言葉に、広間の空気が少し緩んだ。


 俺も胸の奥で張りつめていたものを、ほんの少しだけ手放す。何がどう変わっているかは分からない。それでも、帰るという選択肢がまだ現実として残っていると知れただけで、息がしやすくなった。


 瑠香「お父さんもお母さんも、心配してるよね……。あんまり長くいなかったら、絶対大騒ぎだよ」


 俺はその肩へ手を置いた。


 熱がある。ちゃんとここにいる。それだけを、いちいち確かめたくなる。


 愛斗「戻ろう。少なくとも、一回は」


 ネリュア「うむ。来た時と同じように、数時間後へ合わせて戻ることはできる」


 その声を聞きながら、俺は視線を横へずらした。


 青髪の少女が、まだ小剣を握ったままこちらを見ていた。いや、正確には俺とネリュアを交互に見ている。翡翠色の瞳の奥に、さっきまでとは違う色があった。


 怯えだけじゃない。


 何かを決めようとしている目だった。


 そのとき、瑠香がアメリア姫の前へ歩み出た。


 瑠香「ねえ、アメリアさん。この城……もう大丈夫なんだよね? 私たちがいなくなったあとに、またああいうのが出てきたりしない?」


 アメリアは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに微笑んだ。


 アメリア「ええ。まだ城内の浄化と整理は必要ですが、少なくとも今夜のような事態は、もう起こさせません」


 その声はやわらかく、それでいて強かった。


 アメリア「この城は、わたくしが取り戻しました。今度こそ、誰にも渡しません」


 瑠香はその答えに、少しだけほっとした顔を見せた。


 けれど、俺の視線はもう別のところへ向いていた。


 青髪の少女だ。


 彼女はまだ何も言っていない。けれど、その沈黙のかたちは、もう最初の頃の怯えだけではなかった。

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