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45 絶体絶命!?


 ロズフィールが突然切腹した。

 背中から噴き出す血が剣の熱量で瞬時に蒸発していく。

 なんの悪ふざけだよ、と思った。

 ボス戦の真っ最中に突然ハラキリショーだ。

 悪い冗談なのかと思った。


「あれ? ぼ、ボク……え? あれれ?」


 ロズフィールはしかし、悪ふざけをしているようには見えなかった。

 血のあぶくを吐き出しながら、ただただ困惑している。

 なんでこんなことをしたのか自分でもわからないといった面持ちで。

 一周回ってちょっと笑ってさえいる。


「体が……ボクの体が、か、勝手に動――」


 ロズフィールの首が急に一回転した。

 ゴキッという音が響く。

 相変わらず、彼はへらへら笑いを浮かべていた。

 だが、すでに事切れているのは誰の目にも明らかだった。


 ロズフィールは剣を腹に刺したまま立ち上がった。

 糸で吊られた人形みたいな、ぎこちない動きだ。

 そこまできて、ようやくわかった。

 彼の身に何が起きたのか。

 なぜ彼が突如として自刃したのか。


 操られたのだ。

 体を。

 影の糸であやつり人形にされたのだ。

 クルガンチュラの魔法でだ。


 きゃあああああ、とハーレムの女の子たちが叫び声を上げた。

 私たちはハッと我に返った。

 他人事ではない。

 自分の体にも糸がつけられているのなら、次の瞬間にも同じ目に遭うかもしれない。


 バッバッバッと体を触ってみたが、それらしきものはない。

 ユミエたちもひとまず安堵している。


「あのバカ、ずっと動いていなかったから糸をつけられたんだわ。サボってるから死ぬのよ」


「ぞい! もとより、あんなスカした小僧は戦力に数えとらん! 動揺するな。奴の思うツボじゃぞい!」


 冷淡というか、さすがというか。

 ユミエもドワーフトリオもすでに気持ちを切り替えているらしい。

 まあ、死人を悼んでも戦況は好転しない。

 今はやるべきことをやらないと。


 私はモノの試しにロズフィールの頭上を戦斧で斬りつけた。

 手応えは感じなかったが、ロズフィールが倒れたことからして影の糸は切れたらしい。


『不可視の糸で操るのか。面倒くさそうだ』


「そうでもないわ! 要するに、あのデカ蜘蛛をぶっ殺せばいいのよ!」


「エルフのくせにいいことを言いよるわい!」


 ユミエが鉛の一矢をぶっ放した。

 4つある左目の1つが豪快な音を立てて弾ける。

 私は斧をぶん投げて、揺れる糸を断ち切った。

 巨体が落下して地鳴りのような音が響く。

 ひっくり返ったクルガンチュラにドワーフトリオが肉薄した。


 手斧によって斬り飛ばされた脚が丸太のように石畳を転がる。

 私はそれを踏み台にして跳躍、宙で斧を掴んで体をひねった。

 全身をダイナミックに回転させながら渾身の一撃を丸い腹に叩きつける。

 闇の甲殻がバカンと割れて、紫色の体液が果汁のようにあふれ出した。


 クルガンチュラが体を起こした。

 壁を這い上がる前に眼球がさらに1つ潰れ、脚が2本転がった。


「ぞぞぞい! やはり搦め手を使う輩は歯ごたえがないのう!」


「タクナ、もう一回叩き落としてくんない? 次で決着つけるわよ!」


『よしきた!』


 私がハンマー投げのモーションに入ろうとしたそのときだった。

 クルガンチュラの牙が左右に大きく開いた。

 口から何か黒いものが噴出し、投網のように石室いっぱいに広がった。


 それは、まさに網だった。

 影の糸で作った網。

 それも蜘蛛の巣みたいに粘着質だ。


 私はまんまと投網に絡め取られて身動きが取れなくなった。

 ユミエたちも同じようなものだ。

 ハーレムの子たちはまとめて簀巻きにされて肉団子みたいになっている。

 でも、グラーシュよりマシだ。

 なんせM字開脚でひっくり返っているのだもの。


「やられたわ……。誰か動ける人、いる!?」


「わしらは無理じゃ! 指一本動かせんぞい!」


「僕は利き腕を動かせます。でも、眼鏡が、ああ眼鏡が……」


「お、おい! あの蜘蛛野郎ォ、オレのケツをガン見してやがるぞぉ……! うおおお!?」


 だいたいみんなピンチなのはわかった。

 かくいう私も肘から先と膝から下くらいしか動かせない。


 私はランズのほうに顔を向けた。


『さっき使った聖魔法のスクロール、もうないの?』


 あの光を浴びたとき、残骸兵団は一時的にだが倒れた。

 光で糸が切れたからだろう。

 もう一度同じことをすれば脱出できるはずだ。


「品切れです。あとは、火と水の魔法くらいしか持ち合わせていません」


 それにしてもタクナさん、とランズは声を弾ませた。


「クルガンチュラがこれほど強力な魔物になりうると想像できました? 学会で発表できそうなことが山ほどありますよ! すごくないですか!?」


 すごいと思う。

 発表できるといいな。

 今のところ、生きてここから出る手立てはなさそうだが。


「まずい! 奴が下りてきたぞォ!」


 グラーシュの声で一同に戦慄が走った。

 影の糸を器用に掴んでクルガンチュラが下りてくる。

 ランズの話では毒の牙で獲物を捕殺するということだが。


「ちょ、ちょちょ……! なんでこっちくんのよ!?」


 クルガンチュラはまっすぐユミエのところに向かっている。

 牙から紫色の液体を垂れ流しながら、だ。


「あたしなんか食うとこないわよ! あっちのドワーフのほうがおいしそうじゃないの……!」


「そんなことないぞい! あの小娘をよう見てみい!」


「それはもう、うまそうじゃぞい!」


「ぞい! ぞい!」


「嘘よ、嘘! もう最悪! エルフなんて腐った毛虫みたいな味よ! あたし食べたことあるもん! ひどかったわ、もー! トラウマ級よ! だから、こっち来んじゃないってのよ馬鹿あ!」


 さすがベテラン冒険者たちだ。

 割と余裕があるらしい。

 でも、絶体絶命には変わりなし。


『ランズ、火魔法のスクロールがあるんだよね!?』


「はい。上級魔法を封じたものがひとつだけ。しかし、クルガンチュラに効くかどうかは……」


『奴には効かなくてもいい。受けるのは私だからな』


「え? タクナさんが!?」


 驚くことじゃない。

 燃焼ほのおとは、熱と光を伴う酸化反応だ。

 光があるならいとを切れるはず。


『遠慮はいらない。どうせやらなきゃみんな死ぬんだ』


「すみません。僕は眼鏡がないと狙いなんてつけられないので、グラーシュさんにお任せします」


 逡巡した末、ランズは手首のスナップでスクロールを投げた。

 ハレンチな格好で受け取ったグラーシュがチィッと舌を鳴らす。


「酷な役を押し付けやがってェ!」


 仲間を燃やすのだ。

 やれと言われてできることではない。

 だが、迷っている時間はない。


『私を焼け! グラーシュ!』


「ったく、お前さんの度胸は大したもんだぜ! オレも腹が決まったァ!」


 広げられた紙面の上で、魔法陣が赤々と光った。


「だめに決まっているじゃない! 上級魔法よ!? そんなもんくらったら火傷じゃすまないわよ!?」


 ユミエが反対の声を上げる。

 私の認識でも上級魔法はロケットランチャーなみの威力だ。

 生身で受ければ黒焦げ間違いなし。

 だが、私にはどんな攻撃も効かない。

 核爆発だって屁でもない。

 どんと来いだ。


 ――――ッオ!!


 スクロールが火を噴いた。

 猛烈な熱波が私の全身を襲う。

 でも、なんということもない。

 ケツから火を噴いているように見えるグラーシュを笑う余裕だってあるくらいだ。


『私は無敵だああああ!!』


 糸を振り払い、私は斧を投げつけた。

 燃える斧がブンブンと投網を引きちぎり、脚を3本まとめて薙ぎ払った。


 クルガンチュラが前のめりに転ぶ。

 だが、車と同じだ。

 急には止まれない。

 毒牙を前にして石畳を滑り、ユミエに向かって倒れ込んだ。


 ごがん、と腹の辺りで嫌な音がする。

 背中ではユミエの悲鳴が聞こえた。

 とっさに割って入ったが、間一髪で止められたようだ。


 腹の嫌な感覚は背中へと抜けている。

 見れば、牙の先が鎧を貫いているではないか。

 まあ、全然なんともないけどな。

 後でドンダーフに直してもらおう。


「あ、あんた……なんで」


 ユミエの手が背中に触れる感触があった。

 まだ熱いだろうに手を放そうとしない。


「あたしを守るために……」


 うんまあ、仲間だからね。

 それに、ギルにもよろしく頼まれているし。


「でも、あんたが死んじゃったら意味ないじゃないのおお!」


 涙声が石室に響いた。


「タクナああああ!」


「タクナさあああんん!」


 グラーシュとランズもわんわん泣いている。

 私が死ぬとか思っているのだろうか。

 死なないのに。

 この傷なら普通は死ぬから当然の反応と言えるが。


 クルガンチュラが残された2本の脚で体を起こそうとしている。

 さっさとトドメと行こう。


 私は腰の日本刀に手を添えた。


『終わりだよ』


 クルガンチュラは最期、何をされたのかわからなかったと思う。

 私が抜いた刀は音もなく頭部を両断した。

 再び鞘に仕舞う頃にはクルガンチュラの目から赤い光は消えていた。


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