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44 闇の主


 石室の壁には紫色の炎を灯した燭台が並んでいる。

 新聞を読むのには少し頼りない光だが、それでも石室を隅々まで照らしている。


 ただ、天井だけは違った。

 夜空を切り取ってきたような深い闇が広がっている。

 壁との境目すら見えやしない。

 明らかに不自然だ。


「たしかに、何かいるわね。最初に気づくべきだったわ」


 ユミエが顔をしかめた。


 頭上は人間最大の盲点だ。

 体の構造上、大きくのけぞりでもしない限り、真上を注視することはできない。

 足元にいかにも怪しげな残骸が散らばっている中で、そんな隙だらけの姿勢を取ることはない。

 ゆえに、見逃したのだ。

 あるいは、そうさせることもあの闇の中にいるだろう迷宮主の作戦だったのかもしれない。


「私が見てくるわ」


 ユミエが地面を蹴った。

 重力から切り離された体が翼もないのに浮かび上がる。

 危険だと言おうとしたときには、すでに手の届かないところにいた。


 そのユミエの上半身が突然消えた。

 私はウギャッ、と悲鳴を上げそうになった。

 何か巨大な刃みたいなもので上半分を斬り飛ばされたように見えたからだ。

 しかし、血の雨は降ってこない。

 よく見れば、ユミエの上半身は何か黒いものの中に呑み込まれている。


「なんも見えないわね……」


 声は聞こえてくる。

 どうやら無事らしい。


 ほどなくして、ユミエは私の前に軽やかに降り立った。


「あれ、闇魔法だわ」


『闇魔法?』


「そ。簡単に言うと影を操る魔法ね。暗闇を作り出して敵の目を欺いたり、実体化させた影で攻撃したり、そんな魔法よ」


 私はギルが使った魔法を思い出していた。

 足の裏と床板を縫い付けて動けなくされたのは記憶に新しい。

 この世界にはそういう魔法もあるのだろう。


「闇魔法の弱点は光よ。誰か光魔法を使えないかしら」


『……』


「………………」


「…………」


 私はもちろん使えない。

 みんなで黙って首を横に振ると、ユミエは忌々しげな顔でロズフィールを見た。


「使えるでしょ、あんたは」


「ああ、そうだね。たしかに、ボクは光魔法の名手だ。天才と言ってもいい。どうしてもと言うならば、神技とまで讃えられるボクの煌輝なる剣技を披露してやらないでもない」


 ロズフィールは「んあっ!」と気持ち悪い声を漏らしながら胸元をはだけた。

 で、黄色い薔薇をユミエに突きつけて、こうだ。


「すべてはキミの頼み方次第じゃないかな、ボクのユゥミエー」


「死になさい、カスが」


 よく言った。

 私は心の千手観音で万雷の拍手を贈った。


「あー、オレが光の魔石をいくつか持ってるぜェ」


 見かねたグラーシュが尻ポケットから結晶石を取り出した。


「つっても、低純度の安モンだ。せいぜい足元を照らすくれえしかできねえけどなァ」


「それ、使えるわね。タクナ、そいつに魔力をしこたま込めて天井に投げつけなさい」


 その言葉だけでユミエの作戦は私にも理解できた。


『外したら怒るよ?』


「誰に向かって言ってんのよ」


 ユミエは格好よく笑った。

 愚問だったようだ。


 私は光の魔石を受け取ってありったけの魔力を込めた。

 魔石は熱を持つほどの光を放つが、早くも輝きが弱まっていく。

 さすが安物だ。


 完全に消えてしまう前に、


『そりゃああ――ッ!!』


 と、私は腕を振り抜いた。


 作戦はこうだ。


『私が天井に魔石をぶん投げて、』


 天井に当たって砕けた魔石が稲光のように光った。

 闇の中にほんの一瞬、何か大きな影が見えた気がする。


「そんで、あたしがブッァすッ!!」


 ユミエが強力な一矢を放った。

 矢は速すぎて見えなかったが、ずがああんと砲声みたいな音が降ってきた。

 たぶん、命中したのだろう。


「完璧な連携ね!」


『いぇーい!』


 なんとなくハイタッチを交わすが、別に迷宮主を倒したわけではない。

 本番はたぶん、ここからだ。


 天井を覆う闇が巨大なカーペットのように波打った。

 岩でも転がすような音が闇の中で轟いている。

 残骸兵たちがバタバタと倒れると、石室には一転して静寂が訪れた。

 私たちは散開しつつ、神経を研ぎ澄ませた。


 ――。


 闇の真ん中がこんもりと膨らんだ。

 何か大きなものが降りてくる。

 黒くて丸いものだ。

 気球のバルーンくらいの大きさがある。

 バルーンには虫っぽい顔がついていた。

 8つの真っ赤な目。

 クワガタみたいな牙。

 8本脚で黒い糸にぶら下がり、逆さまに降りてくる。


 それは、私には蜘蛛のように見えた。

 巨大な蜘蛛だ。

 主食はゾウですと言われても信じてしまいそうなほどデカイ。


「あれは、まさか……。でも、そんな」


 ランズが信じられないという顔をしている。


『あいつがなんだか知っているの?』


「はい。あれは、おそらく『繰骸蜘蛛クルガンチュラ』です」


 クルガンチュラ?


「王国南部に生息する蜘蛛の魔物です。これが大変興味深い特徴を持つ魔物でして、ほかに類を見ない方法で狩りをするのです。なんだと思います? そうなんです、彼らは影をより合わせた糸で虫の亡骸をまるで生きているかのように操り、小動物を呼び寄せるのです。そして、強力な毒牙でブスッ! と、捕殺するんですよ。賢いですよね」


 またいつもの魔物談義が始まったので半ば呆れかける私たちだったが、ランズの知識は役に立つので黙って耳を傾けることにする。


「外見的特徴と残骸を操ってみせたことなどから、クルガンチュラと見て間違いないでしょう。ただ、一点、決定的な相違点があるんです。皆さんはどこだと思いますか? 精鋭の皆さんのことです。もうわかりましたよね? そ・そ・そ・そうなんですよ! あれは普通じゃない。僕の知っているクルガンチュラは手のひらサイズの小型魔物なんですよ! 捕食対象もスズメや野ネズミ程度です。猫を仕留めたという例もあったはずですが、とにかく、あんなに巨大なはずがないのですよ! 一体どうして生息地から遠く離れたこの雪国であれほど巨大化しているのでしょう! 興味が尽きません! ワクワクしますよね? しますよね!? ねっ!?」


「よォーし。もう黙れ、学者野郎ォ」


 グラーシュがゲシッと頭をひっぱたいたところで、ランズ博士の魔物講座は幕引きとなった。

 なんだかんだ言って、タメになる話を聞くことができた。


 残骸兵団を蹴飛ばしても意味がないわけだ。

 影の糸で踊らされた、ただのあやつり人形に過ぎなかったのだから。


『姿を現したってことは、もうお人形遊びをするつもりはないみたいだね』


「そうね。今度はあたしたちが遊んでやるわ」


 勇ましく弓を構えたユミエだったが、少し渋い顔をになった。

 さっき射た矢はクルガンチュラの丸く膨らんだ腹部に突き刺さっている。

 そう、刺さっているのだ。

 貫通しなかったということだ。


『あの黒い体、闇魔法だね』


「みたいね。闇の甲殻ってところかしら。岩みたいに硬いと思ったほうがよさそうよ」


 頑丈な上に毒の牙を持ち、おまけに宙ぶらりんで攻撃がしづらい。

 なかなか厄介そうな相手だ。


「キミたちは下がっていたまえ」


 ロズフィールが舞台俳優みたいな足取りで前に出た。

 黄薔薇を放り投げると、クネクネしながら剣を抜き放った。

 その剣がまばゆいばかりの光を放つ。


「ボクのスキルは『煌輝なる王の光』――。光を自由に操ることができるのさっ!」


 たぶん、自分で命名したスキル名なんだろうな、となんとなく思った。


「悔しいけど、あいつのスキルはインチキじみた強さよ。光を斬撃にして飛ばせるの。遥か空の彼方を飛ぶ竜を斬り落としたところを見たことがあるわ」


 ユミエが奥歯をギリリと噛み鳴らした。


 光の斬撃か。

 文字通り、光速で飛ぶのだとしたら、回避不能だ。

 闇魔法に対しても抜群に相性がいい。

 腹立たしいことこの上ないが、どうやらフィナーレを飾る栄誉はロズフィールのものらしい。


「それでは見せてあげるとしよう。ボクが誇る最強の剣技を」


 ロズフィールは振り返ってウィンクした。

 魔眼でも使ったのだろうか。

 私の装甲はだには鳥肌が立っている。


「誰も瞬きするなよ。見逃したくなければね」


 ロズフィールは燦然と輝く剣を大上段に構えると、ハアアアアと気を高ぶらせた。


「さあ、その身に刻め! ボクの光――」


 そして、突然刺した。

 ロズフィールが刺した。

 剣で刺した。

 ずぶっ、と刺した。


 何をってそりゃアレだ。

 腹だ。

 腹だよ、腹。

 自分の腹だ。

 自分の腹を自分で刺した。

 光る剣を腹部に突き立てた。

 切腹するみたいに。


 腹から背中へと抜けた刃からジュージューと湯気が上がる。

 ロズフィールは膝から崩れ落ちて尻餅をついた。


「え? ぁ、あれ?」


 素っ頓狂な声が石室にこだました。


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