46 勘違い
クルガンチュラが息絶えると黒い糸は霧散するようにして消えた。
迷宮主、討伐成功だ。
もっとも、死者1名という結果だ。
万歳三唱で喜べるほど私は不謹慎な人間ではない。
『あはぁ……』
ほんの暇つぶしのつもりだったけど、ドッと疲れた。
壁に背をあずけて座り込む。
すると、ユミエが血相変えて駆け寄ってきた。
「タクナ、傷を見せなさい! 早く鎧を脱いで!」
そこまで言ったところで、ユミエは凍りついた。
「あんた、鎧を……」
そういえば、これは呪われた鎧という設定だ。
脱げと言われても脱げない。
ということは、当然治療はおろか止血さえままならないわけで……。
普通なら私は死ぬことになる。
精鋭3班の面々が私を囲んで膝をついた。
グラーシュたちは目に涙をためて歯を食いしばっている。
ドワーフトリオとハーレムの女の子たちは胸に手を当てて敬意を示していた。
なんだろう、その死にゆく戦士を見送るみたいな感じは。
『あの、私ちょっと疲れたから座っているだけなんだけど……』
「ええ、ええ。座っていてください。うう、タクナさん、あなたは本当によく頑張りました」
「すげえよ、お前さん。あんなデケエ魔物をぶった斬っちまうんだからよォ。タクナという男がいたことをコウルベールの冒険者は生涯忘れねえぜ」
ランズは涙を流し、グラーシュは目頭を押さえている。
おい待て、勘違いだそれは。
「偉大なる戦士に敬意を捧げるぞい」
「まこと名戦士ぞい。おぬしはようやった」
「ぞい。ぞい」
トリオもひげを涙で濡らしている。
「タクナああああああ!!」
ユミエが私の胸に飛び込んできた。
わーんと泣いている。
どうしよう。
あんたたちはとてつもない勘違いをしている。
だけど、まっとうな人間なら死ぬわけで、私が生きていたら不自然ではなかろうか。
巨大な毒牙で腹をぶっ刺されてケロッとしていられる納得の理由を思いつかない限り、私はここで死んだふりしなくてはならなくなる。
ホントどうしよう。
ズゴゴゴゴゴ――。
朱門が開いて、薄暗い部屋に外の光が入り込んできた。
冒険者たちが雪崩を打って駆け込んでくる。
彼らは小山のような蜘蛛の亡骸に歓声を上げた後、私たちを見つけて息を呑んだ。
やはりというか、お通夜みたいな空気になる。
これでは、ますます私の立つ瀬がない。
このまま死んだことにされるのは嫌なんですけど。
困り果てながらユミエの背中をさすっていると、人ごみをかき分けて見知った顔がやってきた。
眼鏡をかけたキラキライケメンだ。
ギルドマスターのギルである。
町でセリーとお留守番しているはずだが、結局、気になって飛んできたというところだろう。
ギルはひと通り辺りを見渡して何かを察したような顔になった。
私もアイコンタクトで必死にサインを送る。
つっても、ウィンクひとつできないのだけど。
「どけ。タクナはまだ助かる」
冒険者たちを下がらせて、ギルは私の亀裂に触れた。
ぽわーんとした光の中で亀裂が塞がっていく。
「あー、これは、かなり高位の修繕魔ほ……じゃない、治癒魔法でな。あー、どんな傷でもたちどころにあー、……うん、治る。治ってしまうのだ、うん。今日はたまたま偶然この魔法を使える日で運がよかったな、タクナ」
そんな魔法などないだろうに、ギルは特別に今回だけ治しました感をにじませている。
意外と嘘をつくのが下手らしい。
なんにせよ、これで私は元通り元気になりましたってことにできる。
ギル、さんきゅっ!
私は小さく親指を立てて謝意を伝えた。
ユミエを抱き起こしつつ立ち上がる。
「タクナ……?」
泣き腫らした顔が私を見上げている。
何か言ったほうがいいかなと思い、ちょっと考える。
私はユミエの頭をなでながら言う。
『言っただろ。私は無敵だって』
ユミエの頬をまた一筋、涙が伝い落ちた。
その後はまあ、ノリのいい冒険者たちがヒューヒューしてハッピーエンドって感じだ。
ロズフィールの死を誰も悼んでいなかったのが若干可哀想ではあったが、そういう生き方をしてきたわけだから自業自得なのかもしれない。
「やはり、タクナは私がいなくてはダメだな」
嬉々としてダンジョンの奥に向かっていく冒険者たちを見送りながら、ギルがそんなことを言った。
「そばで支えてやらないといけないらしい」
直線距離で500キロくらい離れているけれど、心の距離的なアレだろうか。
さっきからユミエがずっとくっついているから、これ以上私のそばには誰もいらない。
「あたし、タクナが死んじゃったかと思ったわ」
ユミエはぐすんぐすんと鼻を鳴らして猿みたいな顔をしている。
せっかくの美人が台無しだ。
でも、私が男ならこの泣き顔にキュンときたのかもしれない。
「ずっとどこのパーティーにも所属していなかったお前が急にパーティーを組むと言い出したときは驚いた。だが、タクナならば納得だな。私たち兄妹はやはりタクナに惹かれる宿命なのだろう」
ギルが腕組みしながら何度も頷く。
そんな宿命、どこに売っているのだろう。
「べ、別に惹かれてなんてないんだから。ふん、あんたなんて眼中にないってのよ、ふんふん!」
『私はユミエのコッテコテが見られて嬉しいよ』
「こってこて? ……なんだか知らないけど腹立つわね」
ひと段落ついたところで、ユミエがふと首をかしげる。
「それにしても、あんた、なんで濡れてんのよ?」
言われて初めて気がついた。
私の足元には水たまりができている。
ランズのスクロールで盛大に燃えたから、体の中に詰めていた雪が溶けたらしい。
空洞っぽさを誤魔化すための雪だったけど砂のほうがよかったかもしれない。
「まさか、あんた……」
ユミエの口角がニチャアと上がった。
「お漏らししたのぉ?」
『は? してませんけど? は? は? 雪が溶けただけですけどー?』
「それ、あれよね。泣いちゃったときに目にゴミが入っただけって言うヤツ。ぷふふ、ぐひゅひゅ! 仕方ないわよ、きひひ! あんた死にかけたんだもん! 漏れたってしゃーないって! ギャハハハハハ!」
ムカッときた。
張り倒してもいいかな?
「おい、タクナ。お前は遠隔で小用を足すことまでできるのか。感心だな。仕組みを教えてほしい」
ギルまでこの調子だ。
黙れよ、眼鏡。
心の中で唾棄してやった。
ぺっぺのぺッだ。




