42 ユミエの矢
動く鎧やスケルトン、魔物の亡骸がゾンビムーブで近づいてくる。
10、20……いや、30体はいるか。
数は多い。
でも、動きはのろい。
やろうと思えば私一人でも蹴散らせそうな気がするが……。
ユミエたちに動きはない。
ドワーフトリオも様子をうかがう姿勢だ。
警戒しているらしい。
たしかに、迂闊に飛び込んでいくのは危険に思える。
ここは、迷宮主のねぐらだ。
一見、雑魚の寄せ集めに見えても、実はとんでもなく強力なアンデッドだったりするのかもしれない。
なんらかの罠という線も考えられる。
疑っていけばキリがない。
そんな危険で不確かな場面こそ、私の出番だ。
『おりゃあああああッ!!』
私は戦斧を振りかざして駆け出した。
「ちょ、タクナ……!? あんた、もう少し慎重に!」
ユミエの慌てた声が聞こえる。
心配ご無用だ。
私は無敵だから様子見役には最適なのだ。
なので、遠慮なく突っ込ませてもらう。
手の中で戦斧を回し、回転エネルギーを作り出す。
そのエネルギーを動く鎧の上にそっと置いてやる。
それだけでいい。
自重も相まって斧には強力な力が宿っている。
――斧を振るのに腕力はいらん。
by爺さん。
ゴシャア、と。
動く鎧はプレス機にかけられたかのごとく潰れた。
手の腹で斧を滑らせる。
縦の回転を横回転に変え、飛びかかってきた犬型の魔物をはね飛ばしつつ、
『よいッしょおお――――ッ!!』
私は真一文字に斧を振り抜いた。
ゾンビの群れは斬られるというより戦鎚でぶん殴られたみたいに断片を飛び散らせた。
――古斧術の神髄は回転にあり。
by爺さん。
実戦は初めてだけど、なかなか様になっていたと思う。
by私。
「その回転斧技、まさかドワーフ古斧術か!? わしらでも使いこなせぬ術技をこうも易々と……」
「まるで祖霊の勇姿を見ておるようじゃ! おぬし、何者じゃい!」
「さては、その鎧の下! わしらと同じドワーフじゃな!?」
ひげヅラトリオが驚愕している。
こんなプロポーションのいいドワーフがいてたまるか。
『まだまだいくよー! そぉーれええ!』
私はハンマー投げの要領で戦斧をぶん回し、鎖を掴んで放り投げた。
斧が巨大なブーメランとなって飛んでいくと、残骸の雑兵たちはボーリングのピンみたいに弾け飛んだ。
ブーメランなのでもちろん戻ってくる。
進路上にあるものを軒並み薙ぎ倒してなお殺人的な破壊力を維持した巨大ブーメランを、私はトウループ気味に受け止めた。
30体はいた残骸兵団があっという間に壊滅状態だ。
「ひょー! さっすがタクナだぜェ!」
「痛快にして豪快! 鬼神のごとき無双っぷりでしたね!」
グラーシュとランズはホームランバッターでも出迎えるようなはしゃぎようだが、ユミエやほかの冒険者たちは警戒の表情を崩していなかった。
その理由はすぐにわかった。
ガチャ、チャ――。
キィィキ、キィィ……。
残骸同士が磁力で引かれ合うようにして合体していく。
なんとなくわかっちゃいたが、一筋縄ではいかないようだ。
『とりあえず、動かなくなるまでバラし続けようと思うんだけど、賛成の人~』
この指とまれとばかりに、私は人差し指を立てた。
「七面倒臭いけど、それしかなさそうね」
「力で解決するのは好きじゃぞい! わしらの斧術も見せてくれようぞ!」
ということで、総出で残骸掃除をすることになった。
残骸兵は正直、雑魚だ。
1体だけなら買い物帰りの主婦でも大根持ったまま倒せると思う。
「迷宮主の討伐なんて分不相応な気がしましたけど、これなら僕らのような凡庸な冒険者でもなんとかなりそうですね」
「だなァ。こいつら、まるで歯ごたえがねえ」
ランズが犬型の魔物を突き倒し、グラーシュが動く鎧を叩き斬った。
しかし、何度倒しても数秒と間を置かずカタカタと動き出す。
一向に終わりが見えてこない。
『私たちの体力を削るのが狙いかな』
「ま、そんなところでしょうねぇ……」
ユミエが気怠げなため息をついた。
「アンデッドって弓と相性最悪なのよね。こいつら、聖水ぶっかけただけで雪みたいに溶けるくせに、心臓射抜いても死なないんだもの」
私は頭と背中に矢を生やした落ち武者を思い浮かべた。
なんだか納得感がある。
矢と槍は「点」の攻撃。
剣は「線」の攻撃。
アンデッドに有効なのはたぶん「面」の攻撃だ。
潰すように斬る私の戦法が一番効果的に思える。
『相性悪いなら、ユミエは下がってていいよ』
「お荷物扱いしてんじゃないってのよ!」
ユミエが面倒くさそうに長い脚を振り抜いた。
回し蹴りだ。
まともにくらった冒険者のゾンビがゆうに30メートルは吹っ飛んで壁にぶつかった。
驚いた。
みんな手を止めてユミエに瞠目している。
華奢な体躯のどこにあんなパワーがあるのだろう。
鎧の全力と遜色ないレベルの力だ。
それでも、ゾンビは何事もなかったかのように動き出した。
チッ、とユミエの舌が恐ろしい音を立てる。
「そんじゃあ、二度と立ち上がれないように粉微塵にすればいいってもんよ!」
ギリギリと音を立てて弓が引き絞られる。
『矢は効果が薄いんじゃなかった?』
「普通に撃ったらね!」
ユミエの右手が矢を離した。
その次の瞬間だった。
ずぱがああああんん、と落雷のような音がした。
ゾンビの腹が爆発して、胴体が上下にちぎれる。
石の壁に小さなクレーターができている。
その真ん中に刺さっているのは、例の鉛の矢だった。
何が起きたのか理解が追いつかない。
それでも、状況を整理するとこうだ。
視認できない速度で飛んだ矢がゾンビを貫通して石壁に穴をあけた。
でも、そんなことありえるのだろうか。
「ウッホー! 聞きしに勝る豪快さだなァ!」
「さすがユミエさんですね。『弓隕石』の二つ名も納得ですよ」
グラーシュとランズがそうもてはやしている。
二つ名は『弓隕石』か。
言い得て妙だ。
あのクレーターはまさに小隕石の衝突を彷彿とさせる。
私は恐る恐る訊いてみた。
『あの……、ユミエさん?』
「なぁに?」
『今、何したの!?』
「スキルを使って撃っただけよ」
ユミエは鼻を高くしてドヤった。
「あたしのスキルは『虚重の加護』。ものの重さを消すことができんのよ」
言い終わらぬうちにユミエの体がふわりと浮かび上がった。
まるで無重力空間にいるかのように宙を漂っている。
そんなスキルもあるのか。
しかし、それを聞いて合点がいった。
鉛製の重たい矢でも重さを消せば驚異的な初速で射ることができる。
そして、射た後に重さを戻せばどうなるか。
高速で飛翔する高質量体の完成だ。
その威力はご覧のとおりというわけだ。
さっき、蹴られたゾンビがボールみたいに飛んでいったのもスキルのおかげだろう。
『ユミエ先輩、カッコイイっす!』
「もっと褒めなさい! あー、気持ちいいわ!」
『結婚してほしいっす!』
「けこ、こけっこっこぉ……!?」
ユミエはニワトリみたいに鳴いてゴフゴフとむせた。
そして、赤い顔で睨んでくる。
調子に乗りすぎたか。
ボス戦の真っ最中だ。
集中集中!




