40 朱門陵
「ちょっとぉ、聞いてんのタクナぁ?」
ユミエの胡乱な顔が見える。
私は体を起こして辺りを見渡した。
だだっ広い雪原に冒険者たちが長い列をなしている。
私たち精鋭3班はソリの荷台で脚を伸ばしているが、ほかの面々は深雪の上を徒歩移動だ。
体力温存のためとはいえ、なんだか申し訳がない。
『うとうとしてた。なんの話だっけ?』
現在、『朱門陵』に向けて行軍中。
うどんを食べる前は、報酬が入ったら何を買うかという話で盛り上がっていたはずだ。
「だーかーらー、ダンジョンの正体についてよ。何度も言わせないでよね」
ユミエが肩を怒らせる。
オートモードでも簡単な相槌くらいは打てるが、話の内容までは入ってこない。
ここ1時間ほど、私は首振り人形になっていたはずだ。
『ダンジョンの正体?』
「そ。ボスがいたり、核があったり、いくら倒しても魔物が湧いてきたり、宝箱が置いてあったり。よく考えたら変な場所よね」
変と言われても困る。
私は行ったことがないから実感を持って考えられない。
「ダンジョンの正体は遺跡や洞窟に擬態する魔物という説がありますね」
ランズが嬉々として口を挟んだ。
「宝箱を餌にして人間を呼び込み、捕食するんですよ。仕掛けられた罠や迷宮に巣食う魔物たちは、言うなれば、ダンジョンの牙です。その毒牙にかかった哀れな冒険者たちは糧となって消化されてしまうわけです」
「人間を取って食うくらいなら魔物を食ったほうが早くねえかァ?」
ソリ酔いしたグラーシュが青い顔で正論を吐く。
たしかに、多大なコストを払ってまで食うほど人間はおいしい食材ではないだろう。
ランズは「そこなんですよっ!」と人差し指を立てた。
「学会でも単に糧を得るだけなら人間を狙う必要はないだろうとの考えが主流です。花が蜜の香りで虫を呼ぶように、山野の獣を呼び寄せればいいわけですから。では、なぜあえて人間を狙うのか。それは、彼らが栄養ではなく知恵を求めているから! というのが新たに提唱されつつある学説です」
「彼らってなんだよォ……ゥプ。オエ……」
グラーシュが今度は本当に吐いた。
『栄養ではなく、知恵を食う、か』
それなら、人間を捕食対象にするのも納得だ。
では、たくさん冒険者を捕殺して知恵をしこたま集めたダンジョンはどうなるのだろう。
もし、今の状態が幼虫やサナギなら?
いずれ高度な知性を持つ成虫が大地の底から這い出してきたりするのだろうか。
人類の命運やいかに。
『妄想が捗るね、ダンジョンって』
「ですよねー! さすがタクナさんだ! わかってますねぇ!」
ランズが馴れ馴れしくもたれかかってくる。
「あんた、そんなのと意気投合しちゃって、もしかして変人なの?」
ユミエにドン引きされた。
だが、変人なのは否定しない。
空っぽの鎧を操って冒険者ごっこにうつつを抜かす輩は私の物差しでも変人だからだ。
迷宮主討伐戦の作戦やフォーメーションを確認しているうちに、目的地に到着した。
高い山々を見上げる平地にこんもりと盛り上がった場所がある。
遠目には、ただの丘だ。
しかし、丘の中腹にはケバケバしいまでの朱い門扉がそびえていた。
「ここが『朱門陵』です」
同行していたリズがそう言う。
『こんなところまで足を運ばなきゃいけないんだから受付嬢も大変だね』
「特別依頼はギルマス肝いりの案件ですからね。ギルド職員も現地でサポートするのが慣例なんですよ。でも、今回はマスターも同行する予定だったみたいですね。セリーさんに危険だと猛反発されて断念しましたけど」
『ギルが?』
ギルマスが陣頭指揮を執らざるを得ないような事情があるのだろうか。
私は嫌な予感を覚えて尋ねた。
『どうしてギルは同行しようとしたの?』
「それが、タクナさんのことが心配だからというのが理由みたいですよ」
『え……。ああそう……』
しょうもない理由で安心した。
つか、ギルよ。
この場で一番心配のいらない私を気遣う暇があるなら、妹の心配をしてやれよ。
「『無事な帰還を待っているとタクナに伝えてくれ』とマスターはおっしゃっていましたよ。タクナさん、マスターに大切にされているんですね。まるで彼女さんみたいです!」
リズが冷やかすように笑った。
ゲンコツが欲しいなら、そう言え。
簡単な食事をすませてから朱門の前に立つ。
いよいよ、ダンジョン入りだ。
私たち迷宮主討伐隊の突入をもって、特別依頼の火蓋が切られる。
『この門の向こうに、いきなりボス魔物がいるんだよね』
禍々しい魔力の風みたいなものを鎧の上からでも感じ取ることができる。
ここはテーマパークのお化け屋敷ではない。
この先には本物のお化けが待ち受けているのだ。
気を引き締めておこう。
「諸君、ボクのために集まってくれてありがとう」
総勢120名の冒険者が一堂に会す中、討伐隊隊長のロズフィールが抱負を述べた。
「ボクはこれからこの門の向こうに乗り込み、迷宮主を打倒する。厳しい戦いとなるだろう。しかし、これはやがて伝説の冒険者となるこのボクにとっては長い長い武勇伝のほんの1ページに過ぎないんだ。キミたちは本当に運がいい。伝説の幕開けに立ち会う栄誉をたまわったのだから。ふふん!」
正直言ってナルシズムの暴走というか、自慢話ばかりで聞くに堪えなかった。
しかし、栄えある精鋭3班の出陣式ということで、冒険者たちは大人の対応をしてくれた。
鳴り止まない拍手に気をよくしたロズフィールがクネクネしながらユミエにウィンクをかました。
「討伐作戦が終わる頃にはきっとキミもボクの虜になっているはずだ」
「あんた、死相が出てるわよ」
ユミエがケッと吐き捨てる。
死相が出ているというのは、この世界版の「死亡フラグが立つ」という意味だろう。
私もそう思う。
ぎゃふんと言わずにすむように、せいぜいお口にチャックをしておくことだ。




