34 迷いの森2
ヒトガタから鎧に戻ると、目の前にユミエの顔が見えた。
ドアップでだ。
『近くで見るとめちゃくちゃ美人だな』
「な、なに言ってんのよ……!? バカ!」
ばちーんと頬をひっぱたかれる。
やめろ、兜が落っこちたらどうする?
『で、どうして私をジロジロ見ていたんだい?』
長男坊同様、他人の寝顔を覗く趣味でもあるのだろうか。
「べ、別に。あんたの鎧、どっかで見たことあるなって思っただけよ。それだけなんだから! 見たくて見てたわけじゃないんだからね!? むしろ、逆よ! あんたなんか全然見たくも痒くもないんだからね!?」
いつも通りのコッテコテのツンデレが見られて私ゃ嬉しいよ。
可愛いのう、ユミエは。
しかし、どっかで見たことがある、か。
ギルとレイエルは爺さんと古い仲のようだし、ユミエと知り合っていてもおかしくはないわけだ。
「タクナ、皆に説明を」
ギルが半分浮かんだまま言う。
「上空から何が見えたのです? 迷いの森から出る方法は見つかったのですか?」
「やっぱりこれ、魔物か何かの仕業なんでしょ? あたしたち、もう森から出られないんだわ」
『まあまあ、落ち着きなって』
私はせっついてくるセリーとユミエをあしらって、咳払いで傾聴を促した。
『これから、迷いの森のトリックを説明するね』
結論から言えば、原因は幻覚魔法でも魔物の仕業でもない。
私は三人を見渡すようにして言った。
『どうやら、これは環形彷徨みたいだね』
「りん?」
「ぐわんだ?」
「ンゴ?」
三人が同じような顔で小首をかしげる。
ギルのンゴ発言で私は噴き出しそうになった。
『リング・ワンダリングだよ。言葉の通り、円を描くように彷徨い歩いてしまうことだね』
私は木の周りをぐるぐると回って見せた。
「我々は同じ場所を際限なく歩き続けていたというのか? にわかには信じ難いな」
ギルが懐疑的な顔をする。
「私たちは森を横断すべく、なるべく直線的に進路を取っていたはずだ。犬ではあるまいし、同じところをぐるぐる回り続けることなどありうるのか?」
『ありうるんだよね、それが』
ハトが磁場で方位を認識しているのは有名な話だ。
しかし、この能力は人間にはない。
『人が方位を知るためには、視覚情報が最も重要なんだ。周囲の山や海、太陽の角度なんかを目で見て判断するわけだね。つまりは、遠景だ。これを絶たれてしまうと途端に自分の位置がわからなくなる。現に今がそうだ。どっちが北か、わかる人いる?』
地吹雪の森を見渡したユミエとセリーがお手上げとばかりに顔を見合わせた。
さっきまで空を飛んでいたギルですら、あまり自信を持てないようだった。
『方位を失う最大の原因はこの地吹雪だ。でも、リング・ワンダリングを助長する要因はほかにもいくつもあるんだ』
私はシラカバの木に触れた。
『ここは、シラカバの単一樹種林だね。どこを見ても同じ木ばかりだから、目印にできるものがない。それも着氷しているせいで木の個体差も読み取りづらい』
「たしかにね。どこも同じに見えるわ」
ユミエがこくりと頷いた。
「そのほかの要因にはどのようなものがあるのです?」
セリーが風になびくポニテと戦いながら問う。
『脚の長さの左右差や体の重心のズレ、歩くときの癖。まっすぐ歩けなくなる理由はたくさんあるね。特に、冒険者は武器や食料、依頼の帰り道だと魔物の素材なんかを持っていて、体には大きな荷重がかかっている。加えて疲労からくる判断力の低下と迷ったことに対する動揺、パニック。こういった心の迷いもリング・ワンダリングに拍車をかけるんだ』
言葉にしてみるとよくわかる。
こんな条件下で視界を奪われ、まっすぐ歩ける人間など存在しないだろう。
しかし、ギルはまだ訝しげな表情を崩していない。
「タクナの言い分は一理あるとは思う。おそらく、それが答えなのだろう。だが、しかし、だ。それは同じところを回り続ける根拠としては弱いのではないか? まっすぐ歩けずとも、適当に歩いていればやがて森の外に出られるはずだろう?」
『テッキトーに歩いていれば出られるだろうね。でも、極寒の雪山で適当に歩くようなバカはいないでしょ。命が掛かっているからね。なんとか森から抜け出してやろうと必死になる。最短で抜け出すには直進し続けるのが一番だと考える。そして、ハマってしまうんだ。この森に潜む見えない罠にね』
「見えない罠だと?」
私は一掴みの雪を宙に巻いた。
さらさらの粉雪がほぼ真横に流れていった。
「そうか。風か」
『そういうこと。この森には強い谷間風が吹き付けている。この風がちょっと曲者でね。ねえギル、さっき空から森を見下ろしたとき、何か気がつかなかった?』
「そうだな……」
ギルは人差し指を顎に当てて記憶をたどるように空を見上げた。
そんな何気ない姿が絵になる。
有名彫刻家の最高傑作みたいな立ち姿を見て、セリーが息を呑むのがわかった。
「そういえば、渦を巻いていたように見えたな。この森を覆うように地吹雪の渦ができていた」
私が言わんとしていることは、まさにそれだ。
『谷から吹き付けてくる風はこの森をぐるりと一周してから抜けていくんだ。だから、森には大きな渦ができる。人間ってだらしない生き物だからね、すぐに楽したくなるんだよ。雪歩きは疲れるからなおさらだ。強い風に押されて歩くほうが楽だと気づいて、つい風に身を委ねてしまうんだ』
そうして、見えざる罠に捕まった迷い人は白い渦の中を永遠と彷徨い続けることになる。
本人はまっすぐに歩いているつもりでも、知らず知らずのうちに囚われてしまうのだ。
リング・ワンダリングという恐ろしい現象に。
『これが迷いの森の真相だ』
すべては私の憶測にすぎない。
でも、理屈に致命的な矛盾はないはずだ。
およそ200名もの死者を出した八甲田山遭難事故もリング・ワンダリングが一因とされている。
視界を奪われた極限環境では人間の感覚なんてアテにならないのだ。
『対策としては、森に長いロープでも渡せばいいんじゃないかな。ロープをたどれば森から出られるようにね』
もちろん、作業は晴れたタイミングでするべきだ。
でないと、ロープがぐるぐるになりかねない。
「いや、驚いたな。あの兄が知恵者と認めるだけのことはある。さすが私のタクナだ」
ギルが唸った。
「驚くべき洞察力と推理力です。さすがマスターのタクナ様です。……っ? マスターの?」
「すごいじゃないタクナ! あんた、天才ってやつじゃないの!? 何食ったらそんなに賢くなんのよ、このこのぉ!」
セリーが感嘆の声を上げ、ユミエは私の胸にゲシゲシと肘鉄を入れた。
「すぐに対策を講じさせよう。これで、憂いなく冒険者たちを送り出せる。礼を言う、タクナ」
『天下のギルドマスター様に礼を言われるほどのことはしてないよ。私はにわか知識をひけらかしただけだからね』
礼はいらない。
でも、謝礼は欲しい。
ギルマス案件ならさぞやイイ額になるだろう。
「さて、タクナの言い分どおりなら風を横から受けながら歩けば外に出られるわけだが、歩くのは疲れたな」
ギルがハグでも求めるように胸を広げた。
「私に掴まれ。飛ぶぞ」
いの一番にセリーが胸に飛び込んだ。
掴まるというより張り付いている。
ユミエはギルの肩に手のひらを軽く乗せている。
あんなものでいいのか。
『ほい』
私はギルの胸を人差し指でツンとした。
眼鏡越しに不満そうな目が見つめてくる。
「うっかり落としては悪いからな。抱くぞ、タクナ」
ギルが長い腕を私の肩に回してきた。
抱き寄せられると、目の前に輝く顔が見えた。
近くでよく見れば、ギルなりに羞恥心を抱いているのがうかがえる。
『ギルが鎧フェチだなんて知らなかったな』
「落とされたいか?」
『ナンデモナイデス……』
私たちは迷いの森を飛び越えて馬車へと戻るのだった。
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