33 迷いの森1
迷いの森まで徒歩で半日という話だったが、2時間ほどでついてしまった。
ギルがギルマス特権で一番速い雪上馬車を用立ててくれたおかげだ。
道中も快適そのものだった。
ただ、私の図体が無駄にでかいせいで、ほかの3人は圧迫感を覚えたと思う。
『ごめんね、私のせいで』
身を縮めて馬車から降りつつ、私は平身低頭した。
「本当に迷惑でした。タクナ様のせいでマスターも窮屈な思いをされたと思います」
セリーは言葉の割に満更でもない様子だ。
推しに密着して座る口実を得たわけだから、さぞやいい気分に違いない。
「あたしもホント迷惑だったわ。あんたの角張った肘が当たるんだもの。痛いったらないわ」
ユミエが赤い顔で降りてきた。
『熱ある? 風邪? それとも乙女の恥じらい?』
「うるさいわね……! お尻蹴っ飛ばすわよ!」
元気そうでなによりだ。
「タクナ、こっちに来てみろ」
丘の上でギルが呼んでいる。
雪をかき分けて斜面を登ると丘の向こう側が見えてきた。
そこは谷のような場所だった。
切り立った斜面に囲まれた低地に樹氷が並び立っている。
『話には聞いていたけど、ちっさい森だね』
都会にオアシスとして設けられた緑地と大差ないように思う。
「そうだ。だが、奇妙なことにあの森で多くの冒険者が遭難している。一晩中彷徨ったパーティーもいるほどだ」
とてもそんな風には見えない。
上から眺めている分には目隠しした酔っ払いでも抜けられそうな森に見える。
何か得体の知れない魔物でも住み着いているのだろうか。
私たちは慎重に斜面を下り、森に迫った。
「近々、我がギルドは大きなプロジェクトを始動させる。この辺りはその際の通り道になる予定だ」
『となると、迷う冒険者が続出することも考えられるわけだ』
「そういうことだ。なんとしても、原因を突き止めねばならない」
ギルの横顔はやはり冷たいように見える。
でも、胸の中には冒険者たちを想う心が詰まっているらしい。
私だって負けちゃいない。
この空っぽの体にはぎっしりと雪が詰められているのだ。
などと考えているうちに、森の入口に差し掛かった。
『白樺の木か』
ほかの樹種は見られない。
どの木も棒アイスのように氷で覆われている。
事ここに至っても、これといった異変は感じない。
外から眺めていても何も始まらない。
森に入ってみれば何か掴めるかもしれない。
『それじゃ行ってみようか』
私を先頭に森に踏み入る。
すぐに様相が一変した。
谷間風に巻き上げられたパウダースノウで地吹雪が起こる。
視界が数メートルときかない。
迷う原因のひとつは間違いなくこの視界不良だろう。
私はドシュネーで慣れているが、南方から出稼ぎに来た冒険者たちには厳しい環境に思える。
「そろそろ、森を抜けてもいい頃では?」
森に入って体感10分ほどがたった。
私たちは努めてまっすぐと歩いてきたわけだし、とっくに森の外に出てもいい頃合だ。
セリーの声にも不安の色が見て取れる。
そして、そのまま30分ほどが経過する。
森の出口はまだ見えてこない。
真っ白なシラカバの森が果てしなく続いている。
最初はキャッキャワイワイしていたユミエもすっかり閉口してしまっている。
ギルですら顔色が優れないように見える。
『完全に迷ってるね、これ』
私は鼓舞するように明るい声を出した。
でも、ユミエには非情な現実を突きつけてしまったらしい。
「うう、聞きたくないわよぉ……」
全財産を失い、住む家を追い出されてもポジティブだったメンタルつよつよ女が這いつくばって泣いている。
非常事態だ。
『ギル、幻覚魔法による攻撃って可能性はない?』
「ない。私に探知できないレベルの魔法を操る者はもう数えるほどもいない」
よどみない答えが返ってきた。
ギルがそう言うのならそうなのだろう。
つまり、これは自然現象ということだ。
『ひとつ心当たりがある』
私は鎧の隙間からヒトガタを取り出した。
「何かわかったのか? 私には皆目見当もつかんが」
「マスターにもわからないのです。あなたのような不審な鎧に一体何がわかるというのです?」
「なによ、あんた! ウチのタクナに文句があるっての?」
「そうだぞ、セリー。私のタクナを愚弄するな」
「も、申し訳ございませんマスター……」
割とまともな意見を言ったセリーが兄妹から集中砲火を浴びている。
可哀想に。
それはともかく、だ。
『確信ガ欲シイカラ上カラ見テクルヨ』
私はヒトガタで迷いの森の上空に飛び上がった。
地吹雪の層から脱すると、急に視界が開ける。
『ヤッパリカ』
上から見るとトリックの種は一目瞭然だった。
「お前と同じ視点に立ってなお、私には何が起きているのか理解できん。兄が一目置くだけのことはあるな」
『ゥワ……ッ!?』
いつの間にか、ギルが後ろにいたので心臓が止まりそうになった。
そういえば、飛べるんだったなこの人、と遅ればせながら思い出す。
『種明カシノ時間ダヨ、ギル』
「聞こうではないか」
私たちは再び地吹雪の中へと下りていった。




