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20 隣人


 コウルベールに来て1週間ほどがたった。

 この間、私はずっと一人で依頼をこなしていた。

 相方のユミエが働こうとしないからソロで活動するほかないのだ。


 ユミエときたら、スノウゴブリン狩りから戻って以来、遊び人のように自堕落な暮らしをしている。

 依頼をこなすどころか冒険者ギルドに出向く様子すらなかった。


『仕事しなくていいの?』


 私があきれて尋ねると、彼女は決まってこう返す。


「そんなの食うに困ってからでいいのよ」


 まったくもって、だらしない奴だ。

 しかし、そんな風に思うのは私だけらしい。

 多くの冒険者はユミエと同じような堕落的かつ奔放な日々を送っていた。


「冒険者の仕事は常に命懸けだもの。仕事熱心な奴ほどすぐ死ぬのよ」


 なるほど、と思った。

 私もスノウゴブリンに槍で突かれ、矢を浴び、死を意識したことがあった。

 自堕落なのではなく、リスク回避ということか。

 暇だからと依頼に出かけたがる私のような輩は長生きできないのだ。


 しかし、だ。

 退屈とて人を殺す病である。

 じっとしてなどいられない。


 ソロで冒険するのはいい暇つぶしにはなるけれど、一人遊びしているみたいな虚しさもある。

 できれば、誰かと依頼をこなしたいところだ。


 チラッ、チラッ、と私はユミエに意味深な視線を送った。


『冒険行きたいなぁ……』


「焦んなくたって、もうすぐ大きなヤマが動くわよ。息継ぎする間もないほど忙しくなるから、今のうちに鋭気を養っておきなさい」


 ユミエはベテランらしくどっしりと構えている。

 ならば、先達を見習って私もそうするとしよう。

 本体に戻ってぐーたら寝てやるのだ。


「……ぇ」


 目を開けると、いつもの見慣れた天井が見えなかった。

 代わりに、すごくまぶしいものが見える。


 それは、イケメンだった。


 耳が長い。

 エルフだ。

 エルフのイケメンだ。

 切れ長の目が私を見下ろし、ぱちりとまばたきする。


 まつげ長い。

 鼻筋綺麗。

 唇、艶やか。

 輝く顔が目と鼻の先に見えた。

 キスの距離だった。


 どうやら本体わたし憑依ねむっている間に家に侵入した男が家主の寝顔を眺めていたらしい。

 とんでもない事案発生だ。


「キゃらああッ!!」


 私は悲鳴と怒声を同時に吐きながら、握ったグーを振り抜いた。

 整った顔が驚愕に彩られ、その顔に私の拳が重なった。

 完璧なまでの手応えあり。


「もう一発だ!」


 私はこたつを飛び出し、鼻を押さえてうずくまる男の尻を蹴飛ばした。


「痛っ!? な、なんてことをするんだ!?」


 土間に転がり落ちたイケメンエルフが素っ頓狂な声で不満を垂れる。


「私のセリフだコラ! 女の家に勝手に上がり込んで寝顔を眺めるたぁ何事じゃりゃ!」


 ふーふーと肩で息をしながらナタか手斧を探すが見つからなかった。

 残念だ。

 でも、焼きごてなら暖炉にあった。


「おい、そんなもの何に使う!?」


 私の手首をひねり上げて焼きごてを奪うと、イケメンエルフはそれを窓の外にぽいっと投げ捨てた。


「タクナ、落ち着け。勝手に家に入ったのは悪かった。でも、何度声をかけても出なかったじゃないか。俺は心配して家に上がったんだ」


「そこまでは百歩譲ってよしとしよう。で、その後であんたはなぜ私の寝顔を眺めていたの?」


「……」


「なんか言えよおい」


「いや、綺麗な寝顔だなと思ってな」


 さらっと前髪を払うとキラキラが散った。

 コウルベールの町娘ならこれでコロッと赦してしまったかもしれない。

 だが、私には火に油を注いだだけだった。


「ナタ、探してくる」


「そうなりそうな気がして屋根の上に投げ上げてある」


「用意周到な変態め。手刀か? 手刀が欲しいのか貴様は? アチョー!」


「悪かったって。だから、チョップするな」


 私は盛大なため息で怒りの火を吹き消した。


「何しに来たの、レイエル」


 こいつは、レイエルフィーロ。

 変態だが、いちおう不審者ではない。

 山2つ向こうに住むお隣さんだ。

 今やドシュネーには私と彼の2世帯しかない。


「何ってこの吹雪だろ。心配して見に来てやっただけだ」


「寝顔をか?」


「その件はもういいだろう。10秒くらいしか見てないから、もう赦せ」


 いいパンチだったな、とか言いながらレイエルはこたつに収まった。

 長居するつもりらしい。

 甚だ遺憾だ。


「ぶぶ漬けでいい? それとも、ホウキでケツをひっぱたけば出て行くか?」


「追い出す方向で話を進めるな。ほら、お前もこたつに入れ」


 不承不承ながら私はこたつ入りした。

 向かい側からまぶしい顔がニコニコ見つめてくる。


「そういえば、レイエルは昔コウルベールにいたんだよね?」


「ああ。懐かしいな。もう何十年も前の話だ」


 そんな彼がこんな辺境地に住んでいるのは魔法の研究をするためらしい。

 よっぽど派手な実験をしているようで、たまにここまで爆音が届く。

 それで雪崩とか起きたりするから迷惑な隣人だ。


「で、何しに来たの?」


「その質問にはさっき答えただろう。旧友の忘れ形見が一人暮らしをしているんだ。心配になるのは当然のことだ」


 旧友というのは爺さんのことだ。

 でも、二人の間柄は詳しくは知らない。

 エルフとドワーフ。

 対立種族だが、喧嘩するほど仲がいいというか、二人は根っこの部分では親友同士のようだった。


「特に今回の実験はヤバかったからな。雪雲を拡散させて人為的に晴れ間を作る実験だったんだが、逆に収束させてしまった。もうひと月は吹雪くかもしれん」


「この猛吹雪、あんたのせいだったのか。はた迷惑な奴め。女神さま、この人です! ふさわしい罰を与えてください!」


 天に求刑したところで私はハッとした。


「あれ、シロは?」


「シロ? 犬でも飼い始めたのか?」


「犬というより狼なんだけど」


 家の中を見回してもどこにもいない。

 暖炉の火が消えかけている。

 もしかしたら、納屋に薪を取りに行ってくれたのかもしれない。

 と思っていると、戸口を開ける音がして、小さな体に山ほどの薪を抱えたシロが戻ってきた。

 シロは客人の存在に気づくとびくりと身を固めた。


「ちょうどいい。紹介するよ。レイエル、この子はね、シロシッポって――」


「魔族!」


 レイエルが居合のような速さで手を振った。

 手のひらの先に白い光の玉が生まれるのが見えた。

 目もくらむような閃光がほとばしり、シロを呑み込んだ。

 そして、轟音とともに家の壁が消し飛んだ。


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