13 冒険者の町
だだっ広い雪原を突っ切り、なだらかな丘をひとつ越えると、夢にまで見た景色が目に飛び込んできた。
『町だ!』
雪化粧したトンガリ屋根の家が並んでいる。
ひときわ大きな建物は教会だろうか。
そびえ立つ石造りの鐘楼は、丘の上から見ても見上げるほどの高さがあった。
「王国最北端の町、コウルベールよ」
ユミエがそう教えてくれた。
最北端?
私はもっと北に住んでいるんだが。
と張り合いたくなったが、そういえば、町どころか村とさえ呼べない超・過疎地だから張り合ったところで張り倒されるのがオチだ。
やめておこう。
『思ったよりずっと大きな町だねぇ』
人口で言うなら数万人規模はあるだろう。
『たしか、冒険者の町なんだっけ?』
「そ。この町はね、古代遺跡群の中心にあんのよ。迷宮都市ってわけ。雪でわかりにくいけど、地下には町よりずっと広大な空間が広がっているのよ」
それは夢があるな。
退屈とは無縁そうなのも評価が高い。
早くもこの町は私のお気に入りとなりつつある。
城門をくぐって町に入る。
通りには冒険者と行商人を中心に多くの人が行き交っていた。
北限の地とは思えないほどの賑わいだ。
私はあっという間に人酔いをきたして放心状態になった。
身も心もないのだから、もはやただも鎧である。
「冒険者ギルドはこっちよ!」
水先案内人がいてくれて助かった。
私一人だったら鎧を捨てて家に逃げ帰っていたかもしれない。
冒険者ギルドの建物は大通りをのぞむ一等地に建てられていた。
建てられていたというか、元からあった遺跡を再利用したような古めかしい外観をしている。
『この建物自体がダンジョンの入口って感じだな』
「実際、昔はそうだったのよ? そりゃもう金銀財宝をどしゃどしゃ吐き出す名ダンジョンでね、お宝求めて王国じゅうから冒険者が集まってきて、いつの間にか町になってたってわけ」
生き字引のユミエが町の成り立ちを教えてくれた。
コウルベール誕生の地か。
まあ、別段ありがたみとかは感じないな。
「オレとランズで戦利品の換金をしてくるぜ? ユミエはタクナの冒険者登録を手伝ってやれよ」
グラーシュたちが毛皮とゴブリンのお宝を背負ってロビーの奥に向かっていった。
「あんたたち、ネコババすんじゃないわよー!」
と快活に手を振っていたユミエだったが、私に向き直ると急にそわそわし始めた。
「ふ、二人きりになっちゃったわね……」
『ユミエ、今更だけど、本当に私みたいな怪しい鎧でも冒険者になれるの?』
百合より団子派なので、さっさと仕事の話に移る。
ユミエはちょっとムッとしたようだった。
「冒険者は武器の所持を認められた数少ない職業だもの。王都のほうじゃ誰でもなれるものじゃないわ。でも、ここは冒険者の町だからね、よっぽどのことがない限り、なれるわよ」
そのよっぽどのことが私にはあるから不安なのだ。
「それに、冒険者業界は慢性的に人手不足だもの」
『そうなの?』
「ええ。だって、すぐ死ぬでしょ?」
『あー……』
たしかに、ゴブリン退治では死にかけた。
納得感アリだ。
「だから、ギルドもいろいろと目をつむってくれるはずよ」
その言葉を信じて私は受付に向かった。
冒険者の町でも私ほどの重装備は珍しいらしく、受付嬢は思いっきり面食らっていた。
ロビーにたむろしている冒険者たちも心なしか私を見ている気がする。
今に正体を看破されるのではないかと気が気ではなかった。
「冒険者登録ですね。推薦状はお持ちですか?」
「ないわ。でも、あたしが今ここで推薦するからそれでいいでしょ?」
「ユミエルフィーナさんのご紹介なら万に一つも間違いはありませんね」
受付嬢はユミエに一目置いているようだった。
ユミエは誇らしげに胸を反らした。
「こう見えて、あたし、龍級冒険者なのよ」
『龍級?』
「龍みたいに強いってこと。まあ、あたしの場合はキャリアが長いから昇格しただけなんだけどね」
なるほど、いわゆる冒険者ランクというやつだ。
そういえば、爺さんから聞いたことがある。
たしか、冒険者ランクは、『龍』『聖』『上』『中』『下』の5つがあるのだ。
それぞれ、一級から三級まであるから、合わせて15段階に分けられることになる。
「ちなみに、あたしは龍三級冒険者よ。よかったわね、タクナ」
『よかった?』
「龍級以上の冒険者の推薦があれば、一足飛びに中級から始められるのよ。中二級からね。もちろん、あたしはタクナを猛プッシュするわ。あんたにその気があるなら中二から始めちゃいなさいよ」
中二か。
漆黒の鎧を身にまといし中二冒険者――。
なんか嫌だな……。
紅蓮の月を背に、黒マントをはためかせていそうだ。
『中級と言えば、冒険者の中では中堅だよね? 私、ズブの素人なんだけど。ユミエ的に見て私にその素質があると思う?』
「もちろんよ。あんたなら龍一級冒険者も夢じゃないわ」
ユミエは一分の迷いもなくそう言い切った。
過大評価もいいところだ。
でも、遠慮はするまい。
『それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ』
私の言葉を受けて、受付嬢は登録用紙の備考欄に慣れた手つきで「特別推薦につき中二級位付与」と書き込んだ。
そして、謎の水晶玉を持ち出してきた。
「これに触れてください」
『え、触るの? これに?』
「はい。何か差し障りがありますでしょうか?」
『え、い、いや別に……』
受付嬢の純な視線が痛い。
水晶玉と言えば、占い師の必須アイテムだ。
超常の力を秘めていて、人の内面を映し出すことがあったりなかったり……。
これに触れれば、私の空虚な内面も白日のもとに暴き出されてしまうかもしれない。
だが、ここで固辞すれば不審に思われる。
これは、言うなれば、踏み絵なのだ。
(ええい! なるようになれだ!)
私はえいやとばかりに水晶玉に触れた。
一瞬強く光って、しかし、それっきり玉は何の変化も示さなかった。
「はい、結構です。魔力の登録が無事終わりましたので、これにて手続きはすべて終了です。今日から冒険者ですね。タクナさんの活躍を職員一同祈っています」
受付嬢数名が揃って一揖した。
私はあっけにとられて固まってしまった。
一巻の終わりかに思えたが、完全な杞憂だったらしい。
「ふぅー。あたし、なんだか安心したわー」
なぜかユミエは私と同じくらい安堵していた。
「あんたの鎧、空っぽみたいな音がするんだもの」
『うぇ……』
「本当は動く鎧なんじゃないかって心配してたのよ。でも、アンデッドの魔力じゃ冒険者登録なんてできないし、あんたは人間確定よね。胸のつかえが取れた気分だわ」
『そ、そう。アハハ……』
まあ、なんにせよ、これで私も冒険者だ。
よかったよかった。
でも、後で鎧の中に雪でも詰めておこう。
そう思った。




