第四十八話
マギスと黒蛇、二人は今、夜の森の中に居た。ラスティナが発動した心血武装、ドラゴンキャッスルが顕現する森の中へ。
何故二人がこの森へと赴いているのかと言えば、団長から怪しい小説家の身が危ないかもしれない、という打診があったからだ。黒蛇はすぐさま森へ向かうと言い、ついでにマギスも連れだした。
黒蛇にとってマギスは未だ敵という認識。至極当然の結論。なにせミシマ連邦の大佐であり、黒蛇は過去にその部下に深手を負わされている。というか、信用しろという方が無理な話。
二人は夜の森を月明りを頼りに走り抜ける。黒蛇は体が変化してからと言うもの、自分の身体能力が向上しているのを感じ取っていた。明らかに体は細くなり、少女の姿。だが以前より自由が利く。そしてマギスも強化人間。黒蛇の足に難なくついてくる。
そして森の中をある程度進んだ所で、黒蛇は足を止めた。劇団船が停泊した街からは離れ、心血武装が展開されたという箇所から少し離れた位置で。
「どうした、疲れたか?」
そんな黒蛇へと息切れ一つせず話しかけるマギス。黒蛇は殺気を剥き出しにしつつ、マギスを睨みつける。
「……お前が何の目的で劇団に潜り込んだのかは知らんが……ここで始末しといたほうがいいと思ってな」
黒蛇は本気だ。マギスがただの人間では無い事を感じ取っているものの、今の自分ならば素手で十分に殺せると思った。加えてここならば心血武装は展開出来まい、そう判断した。ここでマギスの心血武装、夢幻艦隊を展開すれば、当然シロクマ王国の軍は感知し、ドラゴンキャッスルの術者もマギスを殺そうとするだろう。自分からそんな修羅場を作り出せる筈がないと考えたからだ。
「穏やかじゃないな。まあ、君が黒蛇だと聞いたときから、こうなる事は想像出来たがな。ところで……君、いくつだ?」
「君君言うな。俺は二十四だ。文句あるか」
「若いな。俺は今年で四十になる」
黒蛇は思わずギョっとする。とても四十には見えない。行ってて二十代後半だと思っていた。
「で、黒蛇君。君は俺が信用出来ないと、そう言うんだな」
「当たり前だろ。ミシマ連邦の大佐が突然身内になったと言われて、はいそうですかで通せるか」
「至極当然だな。そして俺には君の信用を得る為の材料が無い。ここで殺されても文句は言えない。しかし俺も殺されるわけにはいかない。当然抵抗する。殺しはしないが」
黒蛇は完全に舐められている、と額に青筋を浮かべる。
心血武装さえあれば、この場で一瞬で消し炭に出来る。しかし黒蛇は今は素手。それでも十分だと思った黒蛇だったが、違和感に襲われる。これだけ殺気を剥き出している黒蛇に対し、マギスは全く警戒していない。いくら舐められているかと言って、人間は自分よりも遥に格下の相手にも多少なり警戒する。それが全くない。
それは無理やりに押さえつけている? と思う黒蛇だったが、それとも何か違う。
まるでオズマと向き合っているかのような感覚。オズマも警戒するのではなく、むしろ自ら噛みつかれるのを望むような態度。そこからえげつない返し技が飛んでくる、そんなイメージ。
そこで黒蛇は冷や汗が背中に垂れるのを感じた。マギスのポテンシャルはオズマと同等、またはそれ以上かもしれない。
「お前……一体、なんなんだ」
「……? 何と言われてもな。黒蛇君、君の警戒は尤もだ。俺も君の立場なら同じように接しただろう。だからこそ俺はひたすら頼み続けるしかない。俺は本気だ。これからは劇団……の為に死力を尽くすと誓おう」
黒蛇も若いとはいえ、今まで様々な悪人と出会ってきた。
その誰とも当てはまらない。マギスという人間は、黒蛇が初めて出会うタイプの人間だった。
「納得してくれたか?」
「するか! 大体……何故そこまで劇団に肩入れする? お前にそこまでさせる理由は何だ!」
マギスは黒蛇にそう問われると、腕を組み目を逸らした。
そしてそのまま零すように……
「一目惚れした……」
「……ちょっと待て、俺は男だ!」
「悪いがそうじゃない。っていうか君と出会ったのはついさっきだろ。俺が言ってるのは……ヴァイオレットだ」
黒蛇は一瞬呆ける。ヴァイオレットに一目惚れ? と聞いて、複雑な感情の中から、何故か安心感がにじみ出てくる。
「アイツの……どこが気に入ったんだ」
「ぁ、あぁ、そうだな。優しい所とか、瞳の色が綺麗だとか表面上の事は勿論ある。だが一番俺が引かれたのは……なんというか……」
「あいつは……エレメンツだ」
その一言に、マギスは思わず沈黙する。
というか言葉が出なかった。一体、黒蛇は何を言っているんだと言わんばかりに凝視する。
「今、何と……」
「あいつはエレメンツ……正確に言えば脳内にエレメンツを移植された人間だ。アルストロメリアでは、エレメンツを人体に取り込む技術が研究されている。あいつはD2部隊という特殊部隊に配属される直前で俺が引き抜いた。死ぬのが目に見えていたからな」
マギスにとって、それは衝撃的な事だった。
エレメンツを体内に取り込むなど、ミシマ連邦では案すら出なかった。というよりも、エレメンツはひたすら厄介者扱いか、良くてなんとか制御が出来る兵器、そんな位置づけ。
そんなエレメンツを人体に、それも脳内に移植? マギスは己の価値観、常識に右ストレートをぶちかまされたかのような感覚だった。
「何故、そんな事を……」
「ミシマ連邦に対抗する為だ。事実、ヴァイオレットは相手がデジョンシステムで制御された兵器なら一瞬で乗っ取れる。そんな事が出来るのはエレメンツだけだろ。もしそれが人間の意思でいつでも可能になったら……脅威的だ」
確かにそうだ、とマギスは納得しかけてしまう。
だがその行為は非人道的どころの話ではない。ヴァイオレットはまだ十代後半そこそこに見えたマギスは、あんな小娘にそんな行為をするのか、と思い至ってしまう。だがその一方で、ミシマ連邦とて少年兵と称して十歳に満たない子供を戦場に立たせる事もあるのだと思い出してしまう。
その一方で、何故突然黒蛇がヴァイオレットについて饒舌に語り始めたのか、それが気になり始める。
「黒蛇君……君にとってヴァイオレットは……なんだ?」
「部下であり妹であり、かけがえのない存在であることに違いは無い。俺は魔女の一存で軍を抜けた身だ。そのついでにヴァイオレットだけ引き抜いたのは……まあ、あいつの半生に同情したからかもしれない」
そのまま黒蛇はマギスへと一歩一歩近づいていく。
「この先を聞きたいなら覚悟しろ。ヴァイオレットの最も脆い部分だ。聞く覚悟が無いなら今すぐ消えろ。聞いたなら、お前の全てを劇団に捧げてもらう。同時にヴァイオレットにもな」
マギスは覚悟はとうに出来ている、と頷く。
黒蛇はそんなマギスへと、ヴァイオレットの身に何が起きたのかを話し始めた。
※
ヴァイオレットが生まれたのは、貧困街の一角。生まれてすぐにヴァイオレットはゴミの中へと捨てられた。母親も父親も分からない。
その貧困街では、とある薬草が流行っていた。元々はとある木の根を齧ると甘い味がする、という所から出始めた物だが、その根には強烈な依存性があり、同時に幻覚作用を引き起こす類の物。
ヴァイオレットを拾った男は、そんな薬草の常習者だった。産声一つあげぬ赤子を拾ったその男が思ったのは、この赤子をブラックマーケットに売れば金が手に入るかもしれない、それだけだった。
だが男はヴァイオレットを売らなかった。それは何故かは分からない。もしかしたら、男も同じような境遇で、ヴァイオレットに同情したかもしれない。それとも怪しい薬草の幻覚で、愛情の一欠けらも知らない男に愛情が芽生えたのかもしれない。
何はともあれ、男は人が変わったかのように働きだした。貧困街を抜け、赤子を育てる為にまっとうになろうとした。だが薬草は辞めれなかった。そもそも、男はその薬草が強烈な依存性を持っているという事にも気が付いていなかった。
とある廃棄物処理場を定職として、男は自身の食料を最低限に抑え、得られる多少の賃金は全て赤子であるヴァイオレットのために使われた。その甲斐あって、ヴァイオレットは何の問題無く成長していった。
ある日、例の薬草を男が齧っているのをヴァイオレットは真似しようとした。だが一口齧った瞬間、ヴァイオレットの舌は焼けそうな程の強烈な痛みを感じる。その薬草は自然に生じた物では無かった。元々は工場から出る廃棄物を吸った木の根なのだ。物心ついたころからその根を齧っている男の味覚はとうに死んでいた。ただ甘い、その感覚だけ感じるようになってしまった。
そこでヴァイオレットが出た行動は、父親を救いたい、ただそれだけ。五歳のヴァイオレットがそう感じる事が出来たのは男の教育の賜物か、それともヴァイオレット自身のポテンシャルか。ヴァイオレットは男が務める会社の統治局へと、その薬草を持参し、自分の父親がこれを齧っていると訴えた。
当初は相手にしなかった統治局だったが、暇つぶし程度に調査した検査員は言葉を失った。その根からは、人体に有害だと言われる物質、細菌が悍ましい程に混在していたからだ。そんな物を持つ植物が街に根を張っている。その事実だけでも統治局を動かすには十分すぎた。
間もなくして街から例の根を持つ木が根絶やしにされた。今までそれを齧っていた人間は依存性から暴れまわり、統治局に押さえつけられるという事態に発展した。
そしてそれはヴァイオレットの父親も同じだった。一時の快楽が常駐化していた男にとって、それが失われる事は死にも等しい事。そしてそれが自身の身を削ってでも育ててきた子供が切っ掛けだと知ったら、男の意識のタガは一気に外れた。
男が持ち出した銃。
銃口の先はヴァイオレット。男は確かにヴァイオレットに対し、愛情を芽生えさせていただろう、だからこそ、ヴァイオレットはここまで大きくなった。
だが男は迷わずヴァイオレットに銃口を向けた。
そして引き金に指を掛ける。だが半分錯乱状態の男は、手が震え照準が合わず、無理やりに合わせようとしながら一発発砲。勿論、そんな銃弾は明後日の方向に飛んで行く。
そして反動で銃を落とした男。ヴァイオレットは発砲音で混乱し、加えて育ての親が自分を殺そうとしているという現実を嫌でも知った。そんなヴァイオレットが銃を拾い上げ、血肉を削って自身を育てた親に銃口を向ける事を、誰が責められるだろうか。
銃を拾ったヴァイオレットに襲い掛かる父親。
幻覚で銃口が別の何かに見えたのか、父親は銃を口に含む。
その瞬間、ヴァイオレットは引き金を引いた。
床に広がる赤い液体。
確かに愛情を感じて育ったヴァイオレットは、その愛情を注いでくれた父親を銃殺した。
誰も彼女を責める事など出来ない。出来るとしたら、自身だけだろう。
それからヴァイオレットは、統治局が銃声の通報を受けて到着する前に姿を消す。
そして衣食住を求めて軍の門を叩いたヴァイオレットは、自身へと確かな愛情を注いでくれた父親を殺した、という悪夢に苛まれ続けながら軍務を熟し続けた。
そんなヴァイオレットへとエレメンツが移植されたのは、ある意味では救いだったのかもしれない。
エレメンツはその記憶を余計な物だと判断し、脳内の奥底へと封印した。ヴァイオレット自身は父親を銃殺したという事実は覚えている。だがその父親の詳細な記憶は覚えていない。自分の育てた子供に襲い掛かる、最低な男、程度の認識はあるかもしれない。
そんなヴァイオレットだからこそ、あの子供向けの劇に涙を流したのだろう。
自身が殺めた命は、その魂は何処に向かうのか。
ヴァイオレットに確かな愛情を注いでいた男の魂は何処に向かったのか。
男が自分から銃口を咥えたのは、果たして幻覚のせいか。それとも……




