第四十七話
黒蛇はシロクマ王国の魔女に、王族を保護しアルストロメリアへと連れ帰れ、という依頼を受けた。依頼というよりは脅しに近い。何せ実行しなければ、アルストロメリアの魔女にイタズラを実行すると言われている。
微笑ましい言葉にも聞こえるが、魔女が魔女に対しイタズラをするなど人類存亡の危機と言っても過言ではない。
だがシロクマ王国の王族は、レジスタンスの手によって既に虐殺されている。ただ一人の生き残り、リリ姫君もオズマの手に落ちていた。まだ黒蛇はこのことを知る由も無いが、状況は最悪と言ってもいいだろう。何せオズマも他ならぬ魔女の指令によって動いているのだから。彼らの魔女、鎧の魔女の指令で。
そして姫君を保護したオズマ達の元に、新たな来訪者が現れた。シロクマ王国の王城の地下には地下水脈があり、それは海と繋がっている。そこから、メリアンナという巨大な鰐によって運ばれてきた二人組。
「死ぬかと思ったにゃ……」
「えぇ、まったく……」
ミコトとムライだ。二人は今、オズマ達に助けられる形で焚火に当たりながら、軍用のレーションに齧りついていた。
「妙な所で会うな、ムライ」
そんなムライと向かい合い、話かけるオズマ。ムライは苦笑いしつつ、誤魔化すように頭を掻く。
「いやだなぁ、オズマ大尉。いや、今はただのオズマさん……ですか? 軍を裏切ったと聞きましたが、それは本当なので?」
「白々しい質問をするな。もう俺の事など調べつくしてるだろ。で? お前の目的はなんだ」
「目的と言われても。企業秘密ってことにしておいてもらえませんかね。オズマさん達にはご迷惑おかけしませんので」
ムライにとってオズマは厄介な相手であることには変わりないが、ムライの目的とは合致しない……と思っていた。
「メラニスタ関連か?」
「……まあ、そうですよ。新しく誕生した魔女を我が社に迎えたいんですよ」
オズマの表情が険しくなる。それを見たムライは、しまったと思った。元々、魔女を開発していたのはオズマの旧友であるウェストン。ムライの情報網では既にウェストンは死亡扱い。そして既にその仇はオズマ自身が討った。それで終わったと、ムライは思っていた。
だが終わってはいない。オズマにとって、ウェストンの開発した魔女である少女は保護対象になり得るのだと、ムライは今悟った。
「ちょ、ちょちょちょ! 刀から手を放して! そんな殺気を剥きださないで下さい!」
「お前を殺す理由が俺には二つもある。一つは気に入らないから、もう一つも気に入らないからだ」
「一つじゃないですか! というか、私は別に彼女に危害を加えたりしません、実験体にしようなんて微塵も思ってはいません! 信用出来ないでしょうが、ここで私を殺すとアクゾーン社が黙ってませんよ!」
「脅してるつもりか? 俺達は既にニア東国もミシマ連邦も、場合によってはシロクマ王国も敵に回してるんだ。今更お前の会社が怖い筈もないだろ」
御尤もだ、とムライは感心してしまう。世界の半分の勢力をこの男は敵に回しているのだから。
「ムライ、今ここでお前を殺せない理由は無いのか? そう、例えば……シロクマ王国のレジスタンスに、お前の顔は利かないのか?」
「レジスタンス? 今度は何をしでかすつもりで……? ま、まあ知り合いは居ますよ。レジスタンスに武器供給もしていましたし」
「ロギンという男を知っているか?」
その名前を聞いてムライの顔付きが多少変わる。
「いささか……物騒な名前が出てきましたね」
「そうでもないだろ。お前は奴も支援しているんじゃないか?」
「とんでもない!」
ムライは立ち上がり、まるで演説するかのように
「私とて魔女に忠誠を誓った身! 多少の武器をレジスタンスに流しましたが、それはあくまでビジネスです! しかし一介のテロリストを相手にビジネスをするつもりはありません。奴等は……尊く何の罪もない人間を脅かす悪魔……! 私は平和を願う企業人ですよ!」
「レジスタンスに武器を流しといて良く言えるな。で、ロギンという男の素性を知りたいんだが……お前は会った事はあるのか?」
「え? 会った事は無いですが……まあ、一度彼について調べた事はありますよ。最初は私もレジスタンスの一員だと思ってましたからね。しかし彼は違う。レジスタンスとはやり口がまるで違うのです」
「詳しそうだな。どう違うんだ?」
「単純な話です。レジスタンスにとって一般市民は敵ではありません。むしろ味方になりうる存在です。魔女の支配が間違っていると説いてね。しかしロギンは、そんな一般市民を標的にしている節があります。アルストロメリアの領内で起きた大規模な虐殺事件、御存じですか?」
オズマは口ひげを摩りながら
「……リャナンシーの大虐殺の事か?」
「そうです。表向きには山賊がいくつもの村を襲撃した事件……とありますが、実は裏で仕切っていたのがロギンなのです。その目的は未だはっきりしませんが、アルストロメリアの軍が山賊を殲滅するまでそれは続きました」
「何故ロギンの仕業だと分かる?」
「山賊がありえない武装を所持していたからですよ。レジスタンスに武器供給をしている我が社としては、その武装の出どころが気になりましてね。調査の結果、その山賊はニア東国から武器を仕入れた事がわかりました」
「……ロギンはニア東国とも関連があるのか?」
ムライは慎重に言葉を選ぶ。ロギンの情報をオズマは欲している。全て話せば、もう自分は用無しになるだろうと考えていた。それは死を意味する。全て喋ったムライを生かしておく理由は、この男にない。
「まだ可能性の話ですが、ロギンという男はニア東国を拠点にして動いていると私は考えています。それはこれまでのテロ活動の実行範囲、時期などから推察できます」
「……ムライ、肝心な事を喋ってないぞ。レジスタンスが一般市民を標的にしていないと言ったが、奴等が過去起こした破壊活動は確実に一般市民は被害に遭っている。先日、ミシマ連邦近郊でもレジスタンスが暴れた。それをマギスが鎮圧に向かい、そのスキに俺達は事を起こしたんだからな」
「つまり?」
「つまり、お前はどうやってレジスタンスのテロ活動とロギンのテロ活動の見分けをつけているんだ? 何か親切に予告でもあったのか」
下手な嘘は逆効果になる。オズマは軍の人間なのだ。ロギンが予め予告などしないのは周知の事実。
「先程も言ったでしょう。レジスタンスが相手にするのは軍、または国の重要機関です。その過程で一般市民が被害に遭っているのであって、最初から狙いを定めているわけじゃない。しかしロギンがこれまで起こしたテロ活動は、往来のど真ん中に爆弾を設置したり、前途有望な若者を使って自爆テロを起こさせたり……凶悪極まる物ばかりです」
「まあ、筋は通るか。だがレジスタンスも所詮烏合の衆だ。往来に爆弾を設置する不届きものが居ないとは言えないだろ」
ムライはオズマの言動から、この男が欲している情報は何だと推察する。先程からレジスタンスとロギン、どちらが買い時か見定めるかのように。
「……オズマさん、まさかとは思いますが、ロギンを味方に引き込むおつもりで?」
「そんなわけあるか。まあ、そうだな……いずれ分かる事だし、お前にもカードを分けてやるのが筋か」
一体何の話だ、とムライは首を傾げる。オズマは瀆聖部隊の一人、巨大な虎の姿をした隊員のカナリアを呼びつけた。そのカナリアの口には、レジスタンスの者と思われる人間の生首がぶら下がっている。
「……それは、蝋人形じゃないですよね」
「紛れもなくレジスタンスの一員、そして過激派と言われる部類の実行部隊らしい。お前達が来るまで拷問していた結果、ロギンという名前が出てきた」
「……つまり、レジスタンスとロギンが手を組み始めた?」
「あぁ。そしてコイツらが何をしたかというと……シロクマ王国の王族を皆殺しにしやがった」
ムライはオズマの言葉に繭を顰め、唇に触れながら考えに耽る。
それを見たオズマは、少なくともムライの陰謀で王族が殺されたわけではないと印象を受ける。元々よりムライの仕業とする根拠も薄かったが。
「どうだムライ。ロギンがレジスタンスを使って王族を襲撃する理由は何だと思う」
そこで初めてムライは悟った。オズマが何故、レジスタンスとロギンの違いを知りたがっていたのか。いや、この二つに差など無い、所詮同じ殺戮者だと言いたかっただけかもしれない。
そしてロギンはレジスタンスを使ってシロクマ王国の王族を殺した。レジスタンスと王族の関係を知るならば、ロギンと手を組むことなど考えられない。しかし実際に事は起きている。オズマがここで嘘をつく理由もない。
「ロギンの目的……私は今まで彼もレジスタンスと同じく、魔女に支配されるこの世界が気に食わないからテロ活動など起こしている……と考えていました。しかしそうならば、シロクマ王国の王族を滅ぼすなんて事にはならない筈」
「ほう、それは何故だ」
「……この国は中立です。しかし王族が存在し、同時にレジスタンスも頻繁にこの国に出入りしている。魔女の立場で考えたなら、この状況で何が起きると思いますか?」
「王族が……魔女の力を欲するようになってもおかしくはないな」
「そうです。中立と明言しているのにも関わらず、人々の上に立つ人間を設定している。人々を導く者が必要だと言うなら、魔女なり軍なり居るでしょう。しかしこの国は、敢えて王族という立場の人間を設定し崇めている。そしてそこに出入りする非合法集団。魔女への反乱を王族が考え出してもおかしくない状況です。その状況はロギンにとって都合が良い筈。しかし皆殺しにしたとなると、これは……」
「魔女を想っての行動という事か。だが解せん。それならロギンのテロ活動は一体なんだ。魔女に対しての敵対行為そのものじゃないのか?」
ムライは目を伏せ、ロギンの思考を想像する。
ロギンという人間は確実に常軌を逸した精神性の持ち主だろう。そして武器供給のコネクションなどを考えると、元軍人という線が濃厚。
「……魔女への信仰が薄れた、愚民への鉄槌……」
「なんだって?」
「ロギンという人間は、魔女に対して歪な恋心を抱いているのでしょう。魔女に対して信仰の薄れた者を抹殺する、それが彼の動機かもしれません」




