第四十九話
夜の森、そこに島が浮いている。
ラスティナが顕現せしめし心血武装。その名も竜の城。
月光に照らされるその島には、巨大な城が建造されていた。メラニスタの城よりも遥に大きい。なにせその城には竜が無数に住まう。その数は五千を超える。
そんな島を森から眺める男が居た。黒いマントを頭から被り、木の影から様子を伺っている。
男の年齢は二十代後半程。まるで美しい光景を肴に酒を楽しむかのように、その心血武装を眺めていた。
「まさかこうして拝めるとは……」
男の名はロギン。
世界中の軍に指名手配されているテロリスト。オズマとムライが語っていた男だ。
ロギンは腰からハンドガンを手にし、残弾を確認。
彼の目的は心血武装の奪取。レジスタンスを唆して行方を探らせたが、まさかこうして顕現するとは思ってもいなかった。シロクマ王国の心血武装は数百年、確認されていない。その持ち主とされる姉妹も、数百年前から生き残っているといわれ、まるで怪談話のように語られる存在だった。
「いくか……」
ロギンは一人、島を目指して一歩一歩、夜の森を歩き始める。
彼は一人だ。だがその後ろから異形の巨大な黒い影が追う。その影はエレメンツ。覚醒兵器と呼ばれる代物。海で黒蛇達を襲った兵器と同種の、百足と呼ばれる奇襲用起動兵器。全長五十メートルはあろう巨大な兵器だが、奇襲用なだけあって稼働音は静かだ。そして木々を倒すことなく、まさに百足のように器用に這っている。
ロギンは歩く。その美しき心血武装、竜が住まう城を目指して。
※
ヴァイオレットの過去について語り終えた黒蛇は、唖然とするマギスの表情を見て少し安心していた。だが別にマギスの入団を納得したわけではない。少なくともスパイである可能性は無くなったと言うだけの事。
黒蛇はヴァイオレットの過去を話す事で、マギスの反応を確かめていた。ヴァイオレットに惚れたという話が嘘ならば、適当にその過去に悲しむ振りでもすればいい。だがマギスは本当に反応に困っているという雰囲気。もしマギスの態度が違う物なら、黒蛇は容赦なく手を下すつもりでいた。
「……彼女は明るい女性だと思ったが……それもエレメンツの影響なのか?」
「それはヴァイオレットの努力もある。劇団の護衛として付くんだ。いつまでも仏頂面じゃ、煙たがられるだろ。それじゃあ護衛は務まらない」
マギスは頭が下がる、と零しながら片手で自身の顔を覆う。やっと悲しみを現すかのように。
「……俺はこの話、聞かなかった事にした方がいいよな」
「好きにしろ。ヴァイオレットはもうそこまで子供じゃない。それ以前にお前が船に戻れるかどうかは働き次第だ。さっきの言葉、あれは嘘じゃないよな」
劇団のために死力を尽くす。そうマギスは言った。勿論黒蛇は信じているわけではない。ただ万が一の場合、利用するだけ利用してやろうと考えているだけだ。
「黒蛇君、何故君は……彼女を軍から引き抜いたんだ?」
「何故と言われてもな。俺も元々軍に居て、諸事情で抜ける事になった。その時、その諸事情に頭に来ててな。有能な部下を道連れにしてやろうと考えてただけかもしれない」
「……そうか、彼女に特別な感情があるわけじゃ……ないんだな?」
その言葉に青筋を浮かべる黒蛇。
「いい度胸してんなお前。なんでもかんでもペラペラしゃべると思ったか。ヴァイオレットに特別な感情を抱いてるかそうでないかなんて……わざわざお前に語るわけないだろ」
「そうか。ただ諸事情の仕返しに引き抜いたわけでも無さそうだな」
まるで安心したかのように笑みを浮かべるマギス。だが悲しそうな表情は変わらない。
「……さて、彼女の事についてまだ聞きたい事は山ほどあるが、先を急いだほうがいいだろう。俺達が留守にしてしまっては劇団船の護衛が心配だ」
「甘く見るな。ヴァイオレットは瀆聖部隊員とタイマン張っても平気なくらいの鍛え方はしてある。他にも元軍人、元傭兵、元地下闘技場チャンピオン……あの船の護衛は猛者が集ってる。お前に心配される程……」
その時、砲撃音が夜の森に響いた。その音に同時に反応する黒蛇とマギス。木々の影に身を隠しながら、音のした方へと意識を向ける。
「180ミリか? 森の中に戦車でも居るのか?」
「いや、それらしき稼働音はしないな。だが森の中を人の手で運搬できるような武器の類じゃない。起動兵器……それも奇襲用だな。心血武装を狙ったか」
マギスの言葉で木の影から飛び出す黒蛇。続いてマギスも黒蛇を追って駆け始める。黒蛇の速度は先程とは比べ物にならない程に早い。木々を避けながら、猫科動物並みの速度で駆け抜ける。それについていくマギスも人間離れしているが。
そして心血武装たる竜の城を目視範囲できる距離へと到達した黒蛇は、茂みに潜り匍匐しながら様子を見る。そして目を疑った。竜の城の土台である島に、シロクマ王国の起動兵器、百足が取りついていたからだ。
マギスも黒蛇と同じように匍匐で茂みに隠れつつ、懐から双眼鏡を取り出し観察。
「間違いない、百足だ。シロクマ王国が独自開発した奇襲用起動兵器だな。しかもあの動き……人間が操縦しているわけでもなさそうだ」
「どういう事だ」
「つまりエレメンツだ。暴走して襲ってるにしては……タイミングが良すぎるな。誰かが操作してる可能性が高い」
黒蛇はマギスの双眼鏡を奪い、自身もその目で確かめる。百足は島の底部から這い上がり、城へ到達しようとしていた。竜が百足を引き剥がそうとしているが、悉く砲撃で撃ち落とされている。
「おいおい、心血武装だろ。起動兵器一機に何手こずってやがる」
「相性の問題だ。あの心血武装は人間や猛獣相手ならば敵なしだろうが……相手は重装甲の起動兵器だ。確か百足は深海での探索用としても用いられていたから……その圧力に耐えれる装甲となると相当の筈だ。竜の爪や咆哮でどうにかなる相手じゃない。俺なら敵にならないが」
マギスの心血武装、夢幻艦隊ならば起動兵器など何百機向かってこようが問題にならない。最強の軍事力を誇るミシマ連邦らしい心血武装と言える。
「おい、俺をあの城に飛ばせるか?」
「やめとけ……と言いたい所だが、先程死力を尽くすと言ったばかりだしな……。まあ、付き合うが命は大事にしてくれ。黒蛇君が居ないとヴァイオレットを落とせない気がする」
「それは正解だが落とさせる気は無いぞ。それでも協力するか?」
「無論だ。小型の戦闘機を心血武装で顕現させる。だが都合よく着陸してくれる代物じゃない。高いところは苦手か?」
黒蛇はやれ、とだけ言い、マギスはそれに頷きつつ懐から鍵を取り出し回す仕草を。すると腹ばいになっている黒蛇の下から飛行型の戦闘機が。黒蛇はそれにしがみ付く。
「可能な限り援護する。この国にミシマ連邦の心血武装があると知れれば混乱が広がるだろう。派手には出来ない」
「期待してない」
マギスは鼻で笑いつつ、黒蛇を城へ目掛け飛ばした。凄まじい砂煙が立ち、マギスはそれに紛れて出来る限り城へと近づく。そして当たり前のように単身で城へ向かった黒蛇へと、ため息交じりに
「一緒に突撃する程には信頼されていないか。まあいい、勝ち取っていくさ」
夜の空、月へとかかる雲に隠れながら、一隻の軍艦が顕現する。
以前オズマはマギスの心血武装は一点に集中させるのは困難だと推察した。それを嘲笑うかのように、軍艦からの一発の砲撃が、百足の頭部を吹き飛ばした。




