第五十話
心血武装が二つ、シロクマ王国の森の中で顕現している。尤も、その内一つは隠密に、人目を憚るよう雲に隠れてはいるが、一度でも火器類に齧った事のある者ならすぐに分かるだろう。夜の森に異様な砲撃音が響いている事に。
それは勿論、テロリストたるロギンも一度だけその砲撃音を耳にして戦慄する。今彼は既に竜の城、その内部へと侵入を果たしていた。そこで城の壁越しに聞いた異様な砲撃音。自分が率いてきた奇襲用起動兵器『百足』に装備された180mmキャノンどころの話ではない、もっとデカい、とロギンは冷や汗を額から垂らした。
まさか、まさかとは思うが奴がいるのか?
ロギンの脳裏にマギスの影を連想させるには十分すぎる砲撃。空気を震わせ、自身の心臓へ直接衝撃を加えられると思う程の激音。明らかに起動兵器に装備出来る類の火器では無い。では何かと考えた時、一番に出てきたのは戦艦。
ならばどこの戦艦か、と更に連想すると可能性が高いのは、というより現実的なのはシロクマ王国の軍が所有する物。だがシロクマ王国の戦艦が自国に向けて砲撃を加えるなど在り得ない。増してやこの国は中立を謳っているのだ、そんな真似をすればレジスタンスと魔女を同時に挑発するような物。あろうことか自国の軍が、自国で。
だからと言って他の国の戦艦がここまで一発の砲撃もせず侵入するなど考えられない。もしそれが出来たというなら、シロクマ王国の軍はただのカカシ同然だと言う事が露見する。だがそんなわけが無い。如何なる戦艦でもレーダーを、それどころか海を渡ってくるそれを目視出来ない軍人など居るわけがない。
ここまで考察した時点で、ロギンが至った答えは、突如として戦艦がそこに現れたのだ、というのに至った。そしてそれが可能なのは、世界一の軍事力を誇るミシマ連邦、その心血武装のみ。
「馬鹿な……」
思わず口に出し、笑みを浮かべてしまう程の状況。
この国に奴がいるッ……!
それに比べれば、まだ他の国の戦艦がレーダーも何もかもをすり抜けて突如出現したと言われた方が納得できる。だが今この状況下では、奴以外には考えられない。マギス以外には。
しかしここにマギスが居るとなると、この竜の城を奪うという計画は見送った方が良いという結論に至る。その理由は単純明快。竜の城を奪えば、制空権を握っているマギスに確実に撃たれる。マギスは自分を敵視している、というのは一発だけの砲撃で明確だった。
一発の砲撃、それで何が出来るか。百足だ、あの起動兵器を撃ち落としたのだ、とロギンはその答えを簡単に導き出した。その考えに至れたのは、事前にこの森周辺の調査を入念にしておいたおかげだろう。この辺りには軍の施設はおろか、暴走エレメンツも居ない。今のこの状況でマギスが標的に入れそうなのは竜の城と百足のみ。そして竜の城は健在なのだ、マギスが百足を狙ったのは確実。ならばその百足を操作していた人間の存在にも気づいているだろう。
だがまだその人間がロギンだと言う事には気づいていない筈。逃げるのなら今だ。
「いや……第三者が居るか」
マギスが単独でここに来る理由、あるとすればやはり心血武装である竜の城だろう。だがここでシロクマ王国の心血武装を拝むだけならまだしも、自らも心血武装を顕現させ攻撃する(攻撃されたのは百足だが)理由は無い筈。ならば第三者、他の人間の目的の為にマギスは動いている。そうでなければ、この状況で、下手をすれば魔女への宣戦布告とも取られかねない行為を行う筈がない。マギスが心血武装を顕現出来たのは「これは魔女への宣戦布告にはならない」という明確な理由があったからだ。
だとすればその第三者とは、シロクマ王国の魔女と強いつながりがある人物。ロギンはこれまでシロクマ王国について十分な情報収集を行ったが、魔女と強いつながりを持つ人物など、心血武装の持ち主たる双子の姉妹以外には出てこなかった。もしもその姉妹とマギスが組んでいるのならば、状況は絶望的、今すぐに尻尾を巻いて逃げ出すしかない。だが姉妹とマギスの接点がまるで見つからない。かたやミシマ連邦の大佐にして心血武装持ち。そしてかたやシロクマ王国の心血武装持ちにして、魔女の呪いで永遠を手に入れてしまった哀れな姉妹。
この二つにどんな接点がある? いや、ある筈がないッ! 世界広しと言えど、ここまで異色すぎる組み合わせがあってたまるかッ……!
だがロギンの冷や汗は止まらない。こうなれば賭けだ。この二組には何の接点も無い。あるのはマギスをここまで連れてきた第三者。それが誰かにも寄るが、マギス以上の手練れでない事を祈るロギン。
「畜生……まだ情報が足りなかったのか……」
悔しそうに、しかし笑みを浮かべつつ、ロギンは城の中を進む。心血武装の持ち主たる、姉妹を求めて。
※
ロギンが考察している最中、黒蛇は城の中を探索しつつ、確実にラスティナと怪しい小説家が居る客間へと近づいていた。ここにきて黒蛇は、自身の五感が前よりも優れている事に気が付く。いたる所に竜の気配。だがその中に異色な存在が居る。そう、この城には似つかわしくない、ごく普通の人間の気配が。
それが怪しい小説家だと確信した黒蛇は、もしや心血武装持ちに囚われたのか? と考察する。一体何をしでかしたのだ、と黒蛇は溜息を吐きながら城の中を進み続ける。
そして先程の一発だけの砲撃音は黒蛇の耳にも勿論届いていた。黒蛇はそれが百足を仕留めた砲撃だとすぐに気づく事が出来た。そして一発で砲撃が止んだのは、マギスがシロクマ王国に対し喧嘩を売る理由など微塵もない事が伺える。今この状況なら、マギスが竜の城を落とす事など赤子の手を捻る程に簡単だろう。
とりあえずはマギスは自分に協力している、それは信じていいかもしれない。今ここでシロクマ王国へと喧嘩を売れば、小説家の救出、そして劇団は即座に敵と認められるだろう。
その時、薄暗い城内を進んでいた黒蛇の目の前に、一人の子供が現れた。廊下を進んでいた黒蛇の目の前へと、部屋から扉を開け目を擦りながら子供が出てきたのだ。
「……ん?」
それは少女。黒蛇と少女は目が合う。その瞬間、黒蛇の背筋に走る警告。
「……誰ぇ?」
少女は眠たそうに目を擦りながら、黒蛇を視認する。黒蛇と少女と距離は十メートル程離れているが、これ以上近づきたくなかった。というより今すぐにでも離脱すべき、そう黒蛇は直観する。だが出来ない。目の前に突如現れた猛獣。草食動物は、肉食動物が目線を外して初めて回避行動に出るというが、今まさに黒蛇がそれだった。蛇が少女に見つめられ動けなくなっている。団長が聞けば腹を抱えて爆笑するだろう。
「んー……どこの子ー?」
なんの警戒心も無く近づいてくる少女。その少女はラスティナの双子の妹であるマリス。今はトイレに起きて、部屋に戻る途中である。
「待て……待て! それ以上近づくな!」
黒蛇は手で少女を制す。だが少女は首を傾げ
「……手は洗ったよ?」
「違う、そうじゃない! っていうか何の話だ……」
黒蛇の勘は言っている。この少女は危険だ、と。だが少女の態度が違和感の塊。どう見てもただの女の子だ。
「お前……何者だ……!」
黒蛇は敵意むき出しに少女へと尋ねる。だが少女は再び首を傾げながら
「え……っと、ここは私の家みたいな物だし……それでそんな事言われてもって感じなんだけども」
「家……?」
そう聞いて、黒蛇は一気に血の気が引いた。つまりこの少女は、この心血武装の持ち主。自分の勘は正しかったと、歯を食いしばる。
「お前が……シロクマ王国の心血武装持ちか?!」
「そうだよー。っていうか君誰?」
「小説家を知ってるな。とぼけたツラして、いつも目の下にクマ作ってる奴だ」
「知ってるけど……ねえ、君誰……」
「そいつは何処にいる! 俺はそいつを迎えに来た、返してもらうぞ!」
「小説家さん? ラスティナの所にいると思うけど……ねえ、っていうかさっきから私、君は誰って聞いて……」
一瞬、少女が消える。そして次の瞬間
「るんだけど?」
黒蛇の目の前に現れる少女。黒蛇は少女の動きが一切見えなかった。間違いない、少女は完全に一瞬消え、黒蛇との距離を詰めてきたのだ。
「……俺は……黒蛇という……」
「ふむふむ。変な名前。っていうか……なんか魔女様の匂いがするような……」
黒蛇の首筋へと鼻を近づけ匂いを嗅ぐマリス。黒蛇は離れたくても離れられない。足が動かない。
「ねえ……魔女様とどんな関係? 私の魔女様と……どんな……」
殺気を帯びた視線が黒蛇へと注がれた。その瞬間、黒蛇は迷わずマリスの喉元へと手刀を繰り出した。だが手刀は寸止めされる。
「……どうしたの? 刺さないの?」
黒蛇は違和感を覚えた。心血武装持ちは魔女の騎士。その騎士が、別の人間に魔女の気配を感じたらどうするか。答えは明確、何をおいても始末する。何故ならその人間は魔女の浮気相手の可能性が高い。
魔女もそれは十分に理解している。だから心血武装持ちの人間以外には、極力魔女は接点を持たない。
「お前……本当に心血武装持ちか?」
「そうだよ。と言っても……取り上げられちゃったけど」
「取り上げられた? ならこれは一体……」
「小説家さんが持ってたみたい」
黒蛇の頭にハテナマークが乱立する。何故に小説家が心血武装を持っていたのだ。いや、それ以前に、マリスの言動に違和感を感じる。まるで他人事だ。ただ知っているというだけのように。
「あぁ、小説家さんを迎えに来たんだっけ。ついてきなよ、連れてってあげる」
「あ? あ、あぁ……」
今まさに刺そうとした人間に、簡単に背を向けるマリス。その隙だらけな態度に、黒蛇は完全に毒気を抜かれた。だがそれ以前に殺せる気がしない。こいつは人間じゃない、と黒蛇は感じてしまった。自分がどう足掻こうが殺せる類の存在ではないと。
薄暗い城内を、ぺたぺたと素足で歩く女子二人。
そんな二人を視認したロギンが首を傾げるのは、至極真っ当な反応だろう。




