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髪結師は竜の番になりました(やっぱり間違いだったようです)  作者: 三国司


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26 異種族恋愛譚(2)

 レベッカさんが『異種族恋愛譚』を持ってきてくれたのは、それから三日後の事だった。


「すみません、私もしばらく読んでいなかったのでどこに仕舞い込んだか分からなくて、探し出すまでに時間がかかってしまいました」

「いえ、そんな。お手数をおかけしてしまってこちらこそすみません。お借りします」


 お互いに謝りつつ、私はレベッカさんから本を受け取った。薄くはないけど辞典のように分厚くもない、普通の本だ。

 表紙にはドラゴンとドラゴンに寄り添う女性が描かれているが、この女性が人間なのか他の種族の女性なのかは分からない。


 レベッカさんと別れた後、私はさっそく自室でこの本を読む事にした。

 パトリシア様の結婚式まではあと二日で、城の中は準備に奔走する使用人たちで慌ただしいけれど、私は特に忙しくはないのだ。


「よいしょ」


 部屋に戻った私は、一人がけのソファーを押して明るい窓辺に移動させた。重いのでこれだけで一汗かいてしまう。

 そしてソファーに座るとぱらぱらと本をめくって、竜人と花人の話を探した。


「あった。これね」


 本の中扉に『花人の章』と書いてある。

 この本に登場する五人の主人公たちは竜人の男性だったり女性だったりするようだが、この話の主人公は男性みたい。そして相手の花人は女性だ。

 私は文字を目で追い、ページをめくりながら、だんだんと話に集中していった。



 短編なので、読み終わるまでにそれほど時間はかからなかった。読んだ感想としては、胸を締め付けられるような切なさが残る、悲しいお話だなと思った。

 そしてレベッカさんたちが私の心配をしてくれた意味も分かった。この話の花人は、実際の花人以上に弱い存在として書かれている。


 それにもう一つ、納得できた事がある。

 この本はバクスワルドでは有名な本だ。ほとんどの竜人は読んだ事があるのだろうし、きっとレイも読んでいるはず。

 そしてレイがこの話を読んでいたなら、不可解だった彼のこれまでの言動が理解できるようになる……気がするのだ。


(私がレイに自分は花人だと打ち明けたのは、彼がミュランに来ていた時――まだ私の事を番だと言っていた時だった)


 それは確かに覚えている。花人である事を秘密にはしていないので、言うなら早めに言っておこうかと思って、さらっと話したのだ。

 

(その時は気づかなかったけど、今思えばそれがきっかけだったのかも)


 話した途端にレイが冷たくなったというわけではないが、私が花人である事には驚いていたし、その後の様子が少し変だったかもしれない。


 けれど私の予想が当たっているなら、レイは異常に過保護な人という事になってしまう。

 こんな架空の話を気にするなんて、言い方は悪いけれど、ちょっと馬鹿げているように思える。だからやっぱり違うのかもしれない。

 それとも私がレイの番だとして、架空の話でも気にせざるを得ないくらい、番に対する想いは深いとか?


(うーん……。でもやっぱりそれは過保護過ぎる……)


 膝の上で本を開いたまま、私が色々と考えていた時だった。

 強い力でドンドンと部屋の扉がノックされ、外から怒っているような声で「メイナさん!」と名前を呼ばれた。

 私はビクッと肩を揺らしてから答える。


「はい。どなたですか?」


 私の問いに答えが返ってくる事はなく、代わりに扉が乱暴に開いた。

 そこに立っていたのは、サリさんだ。

 彼女は開口一番、こう言う。


「キリアンにちょっかいかけないでください!」

「キリアン? 突然どうしたの?」

「しらばっくれても無駄です! さっき、あなたとキリアンが二人きりで話してたって、私の知り合いの使用人が言ってたんですから」

「確かに少し話をしたけど……」


 サリさんの勢いにたじろぎながら答える。

 私からはキリアンのところに行かないようにしていたのだが、キリアンが自分の仕事の休憩中に私を探していたのだ。

 用件は「メイナさんの顔を見たかったから」というだけだったので、早々に会話を切り上げて別れたのだが。

 サリさんは目を吊り上げて言う。


「キリアンは私の番なんですからね!」

「番?」

「そう言われましたし、私もそうだと思います」

「キリアンに何か感じるものがあるの?」

「ええ、そうです」


 サリさんは胸を張る。

 私はずっと聞きたかった事を尋ねてみた。


「サリさんはキリアンの事が好きなの?」


 するとサリさんからは「もちろんです」という返事が返ってきた。

 私は続けて訊く。


「どういうところが?」

「……キリアンは私の事を好きだと言ってくれる。世界で一番かわいいと。それにとても格好良いから」

「彼の事をどれくらい知ってる? 出身はどこ? 兄弟はいる? 好きな食べ物は何?」

「そんな事知らなくても、番は惹かれ合うんです! むしろ知らなくても惹かれ合うのが番でしょ!」


 サリさんは大きな声で反論した。私はこれ以上彼女を興奮させないように頷く。


「分かったわ。でもキリアンをあまり信用しない方がいいと思う。彼は私にも『番だ』と言って嘘を――」

「そう、あなたは嘘だけど、私は本当なの。だって私、キリアンがここに来てすぐに、ほぼ初対面で番だと言ってもらっていたもの。あなたに番だと言ったのは私にヤキモチを焼かせるためよ。それだけの理由なの。覚えておいて」

「ええ、分かったわ」


 私はわずかに肩をすくめて言った。サリさんは言いたい事を言って満足したのか、フンと鼻を鳴らして去って行く。

 彼女が部屋を離れてから、私は考えた。

 サリさんは番の存在に憧れていたのだろうか? 竜人の若い女性なら、誰でも多少は「自分にも素敵な番がいるかも」と憧れると言うし、サリさんもそうだったのかもしれない。


 おまけに仕事仲間でほぼ同い年なモナさんには番がいるから、彼女たちの仲睦まじい姿を目にしては、いつか自分もと羨んでいたのかも。

 そういう状況でキリアンに声をかけられたらどうなるだろう。キリアンは容姿は整っていると思うし、そんな彼に番だと言われたら……。

 

 それにサリさんは本当にキリアンを番だと感じているのだろうか? キリアンに番だと言われて舞い上がっているだけのような気もする。モナさんに感じたような、番を想う時の穏やかな感情を彼女からは感じないのだ。


 そしてやっぱりキリアンは信用できない。サリさんにも番だと言っていたなんて。


「メイナ? 扉が開きっぱなしだけど」


 と、そこでサリさんが開けたまま去って行ってしまった扉から、レイが声をかけてきた。一応、言いながらノックもしてくれているけど部屋は丸見えなのであまり意味がない。

 

「レイ、どうしたの?」


 私は『異種族恋愛譚』を閉じ、自分の背中とソファーの背もたれの間に素早く隠した。

 レイに色々と聞きたい事はあるが、もしレイが『異種族恋愛譚』を読んでいなくて全て私の勘違いだったら恥ずかしいし、今は問い詰めるのはやめておこう。

 レイは腕を組んで言った。


「君、キリアンと二人で会っていただろう」

「えっと……いつの話?」

「さっきの話だよ」


 キリアンに抱きしめられたりキスされそうになった時の事じゃないと分かって安堵する。

 でもレイまで何故、さっき私とキリアンが会っていた事を知っているのか。


「僕の知り合いの騎士が、君たちを見かけたって言っていたんだよ」

「あなたまで!」


 サリさんと同じような事を言うレイに、私はちょっと呆れた。


「一言二言、言葉を交わしただけよ。他愛もない話をしただけ」

「キリアンと会わないでいる事や話さないでいる事は難しいかもしれないけど、二人きりで会うのは危険だ。彼の潔白はまだ証明されていないし、それでなくとも怪しい男だから」

「人がよく通る廊下で少し話しただけだから大丈夫よ。あなたのお友達の騎士も通りかかった訳だし、二人きりではなかったわ」


 レイは不満そうな顔のまま言う。


「……あいつがイアンを操ってパトリシア様を襲わせたかどうかは分からない。証拠がないから。それに僕はあいつが竜人じゃないと疑っているけど、それも本当のところは分からない。メイナはあいつが変身したのを見た訳だから、やはり竜人なのかもしれないし」


 私はレイを見つめて続きを待った。


「でも一つだけ、いや、二つ、僕にはキリアンが絶対に嘘をついていると分かる事がある。あいつは平気な顔をして、二つは確実に嘘をついているんだ。だから僕は彼が信じられない」

「その二つって?」


 私が尋ねるとレイは黙り込んだ。

 でも私と同じ考えなら……キリアンが私を番だと言った事と、私に髪飾りを贈ったのは自分だと言った事じゃないだろうか。

 レイが何も答えないので、私は彼を安心させるために言った。


「私もキリアンには気をつけているから大丈夫よ」


 しかし言い方が軽くて不安なのか、レイはもう一度念を押してきた。


「気をつけて、本当に。こんなふうに扉を開けっ放しにして部屋に一人でいるのもよくない。なるべくパトリシア王女の側にいるんだ。そうすれば僕も君の側にいられるから」

「ええ、分かったわ」


 私が頷くと、レイは「僕もこれから戻るから、メイナも王女のところに行くんだよ」と言ってから廊下を去っていったのだった。


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