25 異種族恋愛譚(1)
パトリシア様とダリオ殿下の結婚式が迫ってきていた。
「あと五日? いつの間にそんなに日にちが経っていたの?」
いや、ちゃんと日付は見て準備は整えていたのだが、いざ当日が近づいてくると私まで緊張してくる。
パトリシア様の当日の髪型は決まっているし、いきなり本番を迎えてもちゃんと結えると思うけど、一度パトリシア様に言って予行のために結わせてもらおうかなと考える。
本人も完成した髪型を見ておいた方がいいだろう。私の描いたデザイン画と実際にできあがった髪型でイメージが違った場合、今ならまだ変更できるから。
とは言え、まずは毎日のお仕事をしなければ。
ばたばたと朝の支度を整えて、私は髪結い道具を持ってパトリシア様の元へ向かった。
「あ、レイ。おはよう」
「おはよう、メイナ」
パトリシア様の寝室の前にはレイが警備のために立っていたので、声をかけてから中に入る。そして部屋の中では、すでに起床していたパトリシア様に挨拶をした。
「おはようございます、パトリシア様」
「おはよう、メイナ」
「レベッカさん、モナさん、サリさんもおはようございます」
「おはようございます」
使用人の三人にも挨拶すると、レベッカさんが一番にそう返してくれた。モナさんもほんわかした笑顔で「おはようございますー」と言ってくれたが、サリさんは私に冷たい視線を向けるだけだ。
サリさんの機嫌が悪いのは、一昨日、私とキリアンが二人でいたところを目撃したからなのかもしれないし、もしくは昨日からキリアンがここに来ない事に関係あるのかもしれない。
実はキリアンは『王女付きの髪結師見習い』という職を一時的に解かれたのだ。
パトリシア様を襲わせるために、ドラゴンに変化した騎士イアンが操られた可能性と、操った人物がキリアンである可能性について、きっとレイがダリオ殿下に相談をしたのだと思う。
レイはキリアンが潔白である可能性も十分あると話したと思うが、ダリオ殿下は少しでも不審な部分がある人物をパトリシア様の側に置いておくのは危険だと考えたのだろう。今日からキリアンは別の仕事を与えられた。
城の一室を与えられ、そこで使用人たちの髪を切るのだ。ダリオ殿下とパトリシア様の結婚式が近づいているし、使用人も髪を整えておいた方が、国外からも訪れる賓客の目に入った時に印象がいいだろうという考えらしい。
キリアンは一応その理由に納得して、しばらくはそちらの仕事に専念するようだ。
今、ダリオ殿下は密かにキリアンの出身地や過去に働いていたという商人の屋敷に使いをやって、その経歴に嘘がないか調べているらしいので、そこで怪しい点が出てこなければ、また王女付きの髪結師見習いに戻されるかもという事だ。
キリアンの出身地はバクスワルドの片田舎で、働いていた屋敷も地方。だから使いが行って帰ってくるまでに数日はかかる。
なのでちょうと結婚式の辺りには、キリアンの身辺調査は終わるようだ。
「パトリシア様、今日お時間のある時に、結婚式の時にする髪型を一度結ってみませんか?」
「ええ、そうね。どんな感じになるか確認しておきたいわ。朝食を食べた後で時間を取るから、その時にやってちょうだい」
「分かりました。では今は簡単に結うだけにしておきます」
そうしてパトリシア様の髪を結うと、私は一旦部屋を出た。朝の仕事を終えた私に、廊下にいたレイが声をかけてくる。
「メイナ、キリアンには昨日会った? 仕事が変わった事、きっと不満に思っていただろう。君に八つ当たりしていないといいけど」
「八つ当たりはされていないわ」
キリアンは「メイナさんと一緒にいられなくなるから嫌だな」と寂しがっていたけど、それはレイには言わないでおく。
「キリアンは仕事が変わった事は受け入れてる。でも昨日ちょっと様子を見に行ったら、忙しい事には弱音を吐いてたわ。ただで髪を切ってもらえるっていう事で、使用人たちがたくさん来てるみたい」
私も髪は切れるし手伝おうかと思ったが、一昨日の事もあるし、あえて手助けはしない事にした。
優しさを勘違いされそうだったし、冷たい奴だと思われた方がお互いのためにいいのかもと考えたからだ。
とは言え、一応「余裕を持ってさばける一日の人数を設定して、予約を取るように」とはアドバイスしてきたけれど。
「キリアンにはこれからも注意して」
レイは私の言葉に頷いた後、優しい声でそう言った。
これでキリアンが潔白だったら――イアンを操ってもいないし、経歴や出身に偽りはなく、髪飾りをくれたのもキリアンで、私の本当の番だったら、と考えてみたが、前の二つはともかく、後ろ二つはやっぱり違うような気がするのだ。
髪飾りをくれたのはレイで、私の本当の番は……。
「素敵ね。これでいいわ。ダリオ殿下も褒めてくださるはず。色々あって、結婚式で何か起きたらどうしようかと少し怖いけど、楽しみにもなってきたわ」
結婚式でする髪型を結ってみると、パトリシア様はそう言って顔をほころばせた。やっぱりイアンに襲われそうになった事は気にしているのだろう。それにもちろん、自分に関する根も葉もない悪い噂の事や、その噂を信じて結婚に反対する竜人たちの事も。
けれど髪を結う事によって、少しでも明るい気持ちになれたならよかった。そう思いながら、パトリシア様の髪を解いてまた結い直す。
そして用の済んだ私が退室すると、お茶の用意をしに行くというレベッカさんも部屋を出た。
廊下を一緒に歩きながら、レベッカさんが言う。
「メイナさん、体調はどうです?」
「体調ですか? とてもいいですよ。もしかしてまた、私が花人だから心配してくださってます?」
どうも竜人にとっては、花人はとてもか弱く見えるようだ。レベッカさんは私が花人だと知った時も、モナさんと一緒に私の体を心配してくれた。
レベッカさんは続ける。
「ここ数日、朝晩になると少し涼しくなってきましたから。私たちにとってはちょうどいいですけど、あなたにとっては寒いくらいなんじゃないかと思って」
「そんな事ないですよ。私にとってもちょうどいい気温です」
私は笑って言った。そして少し話を変える。
「ところで、どうして竜人の人たちは花人にか弱いイメージを持っているんでしょう? 実際に花人と接してその花人が弱々しい人だったから、というなら分かるのですが、バクスワルドに花人はほとんどいないようですし。接する機会はないですよね?」
「ええ、私も花人に会ったのはあなたが初めてですよ」
「なら、花人の先祖である妖精のイメージから、か弱く思われるのでしょうか?」
「それもあると思いますが――」
レベッカさんはそう前置きしてから説明する。
「私たちが花人を弱い存在だと考える一番の原因は、きっと『異種族恋愛譚』という話のせいですね」
「『異種族恋愛譚』……。聞き覚えがあります。どこで聞いたんだったかな」
うーん、と首をひねったところで思い出した。バクスワルドに来てすぐ、パトリシア様の歓迎パーティーで貴族の女性たちが話していたんだった。
『パトリシア様は人間だけど、まるで花人のように見えるわね』
『小柄だし、華やかだものね。けれど例えでも花人は駄目よ。『異種族恋愛譚』的にはね』
『ああ、そうね。あの話の中では海人との話が好きだわ』
『私も。人間との話も好きよ』
確かそんな会話をしていた。
レベッカさんは説明を続ける。
「『異種族恋愛譚』というのは、バクスワルドで昔から親しまれている本の題名です。その本は短編集のようなもので、五編の話が載っています。主人公は五人の竜人たちで、彼、彼女たちがそれぞれ、人間、花人、海人、森人、闇人の番を得るのですが、種族が違うので色々と苦労するのです」
「面白そうなお話ですね」
「竜人はみんな一度は読んだ事がある本ですよ。でも中には悲しい結末を迎える話もあります。人間、海人、森人との話はハッピーエンドですが、花人と闇人が相手の話はそうではないんです」
「そうなんですか」
そしてレベッカさんはこう提案してくれた。
「メイナさんも読んでみますか? 私、本を持っているので貸しますよ。読んでみれば、私たちがどうしてそんなに花人をか弱いと思っているのか分かります。ただの小説ですが、竜人は小さい頃から何度もこの話を読んでいる人が多いので、イメージが固定されてしまっているんです」
「本、お借りしてもいいんですか? 是非読んでみたいです」
「では、今度持ってきます」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
私は軽く頭を下げてお礼を言った。
『異種族恋愛譚』、読むのが楽しみなような怖いような……。




