22 ドラゴン
今日はパトリシア様やダリオ殿下と一緒に、騎士たちの演習を見学しに行く事になった。
城のすぐ近くに広い演習場があって、騎士たちはいつもそこで訓練しているらしいのだ。
しかしこの国の騎士たちの戦闘訓練は、ただ剣を使ったりするだけじゃない。みんな竜人だから、ドラゴンに姿を変えて空を飛び、空中で戦う訓練をするのだ。
以前からたまにドラゴンの吠え声らしきものが聞こえる事はあったが、位置的にパトリシア様の部屋から演習場は見えなかった。
けれど昨日、たまたま城を散歩している時に、パトリシア様は空中で戦っているドラゴンたちの姿を見かけたらしい。
それでその迫力ある姿に興奮したパトリシア様は、もっと近くで見学したいとダリオ殿下に頼んだのだ。
ダリオ殿下は少し迷っていたが、最終的にパトリシア様のお願いを聞き入れた。
「今更なのですが、演習を近くで見たいだなんてわがままを言ってしまってごめんなさい、殿下。ドラゴンの姿を初めて見たものですから、昨日は少し興奮してしまって……」
演習場へ向かう途中、パトリシア様は隣を歩くダリオ殿下にそう言った。
「駄目であれば、そうおっしゃってくだされば大人しく部屋に戻ります」
「いや、駄目という事はないんだが……」
いつも快活でさっぱりしているダリオ殿下にしては、珍しく歯切れが悪い。
パトリシア様に「一緒に行きましょう」と誘われてついて来た私は、二人の後ろを歩きながらその様子を眺めていた。
ちなみに私の後ろには近衛騎士たちがいて、その中にはもちろんレイもいる。キリアンは「あまり興味ないので」と言って来なかったので、ここにはいないのが救いだ。レイとキリアンはあまり近づけたくない。
ダリオ殿下は続ける。
「昨日少し渋ったのは、間近でドラゴンを見たパトリシアが、私を含めた竜人に怯えるようになってしまったらと心配になったからだ。ドラゴンに姿を変えた我々は大きいし、見た目も犬や猫のように可愛いものではないからな。人間によっては恐ろしいとか、気味が悪いと思うかもしれない」
言いながら、ダリオ殿下はちらりとパトリシア様を見た。どうやら殿下はパトリシア様から怖がられる事を心配しているらしい。
そんな事を気にしている殿下をちょっと可愛いなと思ったけど、そう感じているのは私だけではないようだった。
パトリシア様はほほ笑んで言う。
「気味が悪いなんて、そんな。むしろ殿下がドラゴンに変わった姿も見てみたいです。銀色の鱗を持つ、勇ましいお姿をされていると聞いていますわ」
「……うん。では、今日の演習でドラゴンを見ても、パトリシアが怖がる様子がなかったら……」
パトリシア様は受け入れる気満々なのに、ダリオ殿下の方が不安がっているのが面白い。
私は少し歩調を緩めて後ろにいたレイと並ぶと、彼に声をかけた。
「あなたもドラゴンに姿を変えられるのよね?」
「もちろん。竜人はみんなそうだから」
「何だかあまり想像がつかないわ」
レイがドラゴンになったらどんな姿になるのだろう。
「あなたは今日は演習に参加しないの?」
「しないよ。君も怖がりそうだし」
「怖がらないわ」
「でも君もドラゴンに変わった竜人を見るのは初めてだろう? 今からでも部屋に戻った方がいいんじゃない? 僕はダリオ殿下が不安に思われる気持ちが分かるよ。君がドラゴンを見て『あんな怪物に変化するのか』と思ってしまったら、今日から僕たちを見る目が変わりそうだ」
「そんな事思わないったら」
レイまで何を気にしているのだ。
そんな事を話しているうちに、私たちは演習場に着いた。広い演習場には騎士たちが集まっていたが、地上にいる騎士たちは人の姿で頭上を見上げていて、彼らの視線の先ではドラゴン六頭が戦っていた。
相手を軽く威嚇するようなドラゴンの吠え声はもちろん、羽音や荒い呼吸音までこちらに響いてくる。これは確かに迫力だ。
大きな口を開ければ尖った牙がぎらりと光る。それにあの爪の鋭さったら。
と、目を丸くしていたらレイの視線を感じたので、私は取り繕って、別にびっくりしてませんよという顔をした。
「そこまで!」
下にいた上官らしき騎士が合図を出すと、戦っていたドラゴンたちは地上に降り、人の姿に戻った。ドラゴンの時は何も着ていないのに、人型に戻るとちゃんと騎士服を着ているのが不思議。竜人はみんな使える魔法のようなものなのかも。
そうして次はまた別の騎士たち六人がドラゴンに姿を変え、空に飛び立つ。
「大丈夫か?」
「ええ、もちろんです」
怯えてはいないかと気遣うダリオ殿下に、パトリシア様は余裕の笑顔で返した。
少し遠いのでドラゴンの正確な大きさは分からないが、馬車よりも大きそうだ。けれどやはり怖くはない。まぁ、もちろん彼らに襲われたらと思うと怖いけど、そういう不安はないから恐ろしいとは思わない。
パトリシア様も全く怯えている様子はなく、「鱗が綺麗」とか、「みんなそれぞれ色が違うんですね」などと言ってドラゴンたちの演習を見学していた。
そして、それから十分ほど経った時。
「やっぱりドラゴンは恐ろしくありません。ですから是非殿下のドラゴン姿も見てみたいですわ」
「うーん、そうだな。では私も演習に参加してくるか。最近運動していなかったし」
パトリシア様のお願いにダリオ殿下はやる気を見せ、演習場の中央へ向かって歩き始めた。
しかし途中でふと頭上を見上げ、訝しげに言う。
「……あいつはどうした?」
その声に私もドラゴンたちを見上げる。隣ではレイも注意深く空を見ていた。
空中では青い空を背景にドラゴン六頭が戦っていたが、そのうちの一頭、赤茶色のドラゴンの様子が確かにおかしい。
前足で頭を抱え、何かを振り払おうとしているかのようにブンブンと首を振っている。頭が痛いのだろうか? 苦しんでいる様子だ。
「彼は大丈夫?」
「分からない。様子が変だ。下がってて」
レイがそう言って私やパトリシア様の前に出た瞬間、苦しんでいたドラゴンがパッとこちらを向く。充血してらんらんとした瞳と目が合った気がした。
そして次の瞬間には、赤茶色のドラゴンは牙をむき出し、こちらに向かってきた。空中を滑るように滑空してくる。ドラゴンは一瞬のうちに近づいてきたが、そこで私はやっと彼の標的に気づいた。
彼は私の隣りにいるパトリシア様を狙っている。
「きゃあああ!」
悲鳴をあげるパトリシア様を庇うように抱きしめて、私はぎゅっと目をつぶる。すごい速さで突っ込んでくるドラゴンと衝突したら、私もパトリシア様もただでは済まない。
しかしそう思って私がゾッと背中に鳥肌を立てたと同時に、前方で鋭い吠え声が響いた。
目を開けて確認すると、こちらに突っ込んできた赤茶色のドラゴンを三頭のドラゴンたちが体を張って止めているのが見えた。
そして私たちのすぐ前にも四頭のドラゴンが並んでいる。きっと私たちを守ろうと壁になってくれているのだ。
(レイとダリオ殿下と、他の近衛騎士たち?)
周りを見るとその七人がいなくなっているから、きっとそうだろう。
赤茶色のドラゴンは他のドラゴンに押さえつけられてしばらく暴れていたが、やがて大人しくなった。人型に戻った彼は、気を失ってぐったりしている。
「何だったの……?」
パトリシア様は呆然として呟いた。するとすぐ目の前にいた銀色のドラゴンが振り返って、不安そうにこちらを見た。
「ダリオ殿下?」
「そうだ。大丈夫か?」
「ええ、殿下たちが守って下さったので怪我はありません」
パトリシア様は少し震えていたが、ダリオ殿下の事は怖がる事なく近づいて行った。殿下はその様子を見て少しホッとしている。
一方、気を失った騎士の元からは、一際美しい金色のドラゴンが私の方にやって来た。
「メイナも怪我はない?」
「あなた、レイ?」
声もレイのものだが、人型の時よりも低い。
金色のドラゴンはおずおずと言う。
「怖くない?」
「怖くないわ。目の前にいるドラゴンはただの怪物ではなく、レイだって分かっているんだから」
私がそう答えると、ドラゴン姿のレイは表情を緩めて少し笑った。そして人型に戻ると、気を失っている騎士に再び近寄る。ダリオ殿下たちもみんな人型に戻った。
殿下はレイに言う。
「一体、どういう事だ?」
「分かりません」
「パトリシアを襲おうとしたようだった」
「ええ」
二人が話していると、演習をしていた騎士たちもこちらに駆け寄ってきた。
「殿下! パトリシア様! お怪我は!?」
「ない。大丈夫だ。それよりそいつを起こせ。どういうつもりなのか話を聞かねば。パトリシアが無事だったからよかったものの、怪我でもしていれば国際問題になっていた。婚約も解消されかねない」
殿下に言われて、上官らしき男が気を失っている騎士を叩き起こす。
「イアン! 起きろッ! イアン!」
「うぅ……」
イアンと呼ばれた若い騎士は、頭に片手を添えながら上半身を起こした。
「自分が何をしたのか分かっているのか!」
そう怒鳴りつけられて、最初はぽかんとしていたイアンは記憶を探るように数秒黙り込んだ。まだ状況がつかめていないらしい。
けれどすぐに自分の行動を思い出したのか顔を青くする。
「ま、待ってください……! 俺は決してパトリシア様を襲うつもりなんてありませんでした! 本当です!」
空を飛んで戦っている最中に、急に不快な音が頭の中に響いたのだと続ける。そしてふとパトリシア様が視界に入り、彼女を殺さなければと思ったらしい。
「でもそれは俺の意思ではありません、誓って本当です!」
「……お前の言い分は分かった。信じてやりたいが、一旦身柄は拘束させてもらう」
「はい、ダリオ殿下……」
イアンは仲間の騎士たちに連れられ、大人しく城の方へ歩いていく。ダリオ殿下やレイはそれを見送ると、上官の男にイアンの事を色々聞いてた。しかし彼がこんな行動を取るような人物だとは、上官も思っていなかったようだ。
「イアンはもう五年ほど騎士団にいて、身元もしっかりしています。普段の様子も特におかしいところはありませんでしたが……」
そこでレイは少し考えて尋ねる。
「パトリシア様の事はどう思っている様子だった? パトリシア様の悪い噂を信じていたりはしたか?」
「噂の事はイアンが話題に出した事はありません。特に気にしていなかったようです。パトリシア様の印象も口にした事はないと思いますが、殿下の結婚が決まった事は他の者と同じように祝福している様子でした」
「そうか」
レイはまた数秒黙った。しかしレイの視線は話をしている上官ではなく、彼を通り越して城へと向いていた。
何か気になるものがあるのだろうかと私もそちらを見るが、特におかしなものはない。
「……彼は魔法で操られた、という可能性はありませんか?」
レイは何かを睨みつけるように見ながら、そう呟いた。




