23 疑念(1)
「彼は魔法で操られた、という可能性はありませんか?」
レイはそう呟いた後、城からダリオ殿下に視線を移した。
ダリオ殿下は眉根を寄せて答える。
「それは分からないが、一体誰が操ったと? 竜人で誰かの行動を操るような、そんな高度な魔法を使える者がいるか?」
私のような花人は高度な魔法は使えないが、竜人もそうらしい。竜人は魔法を使わなくても戦闘能力が高いので、ドラゴンに変化したり人型に戻ったりという時くらいしか魔力を使わないのかも。
「竜人にはいないかもしれませんが……少し調べてみます」
レイが難しい顔をしてそう言ったところで、ダリオ殿下はひとまずこう話をまとめた。
「イアンは嘘をついているふうではなかったが、はっきりとは分からないし、調査と監視は続けていく」
最後の言葉はパトリシア様を安心させるために言ったようだ。
「部屋に戻ろう。送っていく」
「ありがとうございます、殿下」
ダリオ殿下が自然に肩を抱いて、パトリシア様を城の方へと連れて行く。
パトリシア様はドラゴンに襲われそうになってさぞ精神的に疲れただろう……と思ったけど、優しい気遣いを見せてくれたダリオ殿下に頬を染めていて、あまり気にしていなさそうだ。ドラゴンに襲われそうになった事より、殿下に肩を抱かれた事の方が重大な出来事なのかもしれない。
パトリシア様たちに続いて私も演習場から去ろうとしたが、そこでレイに「メイナ」と呼び止められた。
レイは蜂蜜色の瞳で私を見て、真剣な表情で言う。
「メイナ、キリアンには気をつけて」
「キリアン?」
「そうだ。さっき僕は言ったよね? イアンは魔法で操られた可能性があるんじゃないかって」
「ええ」
「もしかしたらキリアンがやったんじゃないかと思ってる」
レイの言葉に、私は片眉を上げた。
「唐突ね。何故キリアンを疑うの?」
「さっき、キリアンが城の廊下を歩いているのが見えた」
レイはそこで城の方を指差し、続ける。
「この演習場が見える位置にいたんだ。三階のあそこの窓だけ開いているのが分かる? ちょうどそこから移動したような感じで歩いていたんだよ」
「窓が開いてる? ちょっと分からないわ。それに廊下に誰がいるのかもはっきり見えない。人が歩いているのは分かるけど」
「花人は、視力は人間と変わらないんだね」
竜人は遠くの物や人もよく見えるらしい。
レイは言う。
「僕がキリアンを見つけた時、キリアンはこっちを見ていなかった。普通に城の廊下を歩いているだけのようにも見えたから、たまたまそこを通りかかっただけという可能性ももちろんある」
「ええ、そうよね。それにキリアンが高度な魔法を使えるのかどうかも分からないわ。キリアンも竜人だから、魔法レベルはあなたたちと同じだと思うけど……」
「あいつ、本当に竜人だと思う?」
「そうでしょ? ……違うの?」
言いながら、私はキリアンの姿を頭に思い浮かべた。ミュランにいた頃は、私は竜人というとがっしりした体型の人を想像していたけど、バクスワルドに来てみると竜人は筋骨隆々とした人ばかりではないと分かった。
竜人は男性も女性も人間よりも筋肉質なのは確かだろうけど、レイは細身だし、使用人のモナさんなどは背も小さくて触れると柔らかそうな感じだ。
だから男性にしては小柄で細いキリアンだって、竜人であっても何もおかしくないと思っていた。
しかしレイは、もうキリアンの姿は見えないはずの城の方を見て言う。
「キリアンはなんとなく竜人らしくないなと思っていた。まとう空気や雰囲気が竜人らしくないと言うか。でもこれは、僕が彼の事を受け入れていないからそう思うのかとも思っている。僕の個人的な感情で、最初からキリアンの事は気に入らなかったから。でも――」
レイはそこで私を見た。
「あいつの髪型は竜人にしてはおかしいと思う。今まで他人の髪型なんて気にした事がなかったけど、メイナに習って改めて髪にも注目してみたんだ。竜人の男はあんなに髪を伸ばさないよ、普通は」
キリアンの黒髪は確かに長い。お尻の下辺りまである髪を一つに縛っているから。
私は顎に手を当てて言う。
「確かに竜人の男性はみんな髪が短いわよね。キリアンのように長い人は見た事がないわ。でも別にそういう決まりがあるわけじゃないでしょ? 髪の長さだけで判断できる?」
「バクスワルドでは、髪は短い方が男らしい、という風潮なんだよ。どの国でもそういう傾向があるかもしれないけど、バクスワルドは特にそうだと思う。僕だって何度髪を切る事を勧められたか」
「レイは別に長くはないのに?」
「そう。でももっと短くして、この辺りを刈り上げた方が男らしくなるぞって言われる。余計なお世話だよ」
襟足の部分の髪を持ち上げながら言うレイに少し笑ってから、私は頷いた。
「ミュランでは長い髪の男性も多いけど、バクスワルドではかなり珍しいのね。竜人は女性も長く美しい髪に誇りを持っているようだし、男性と女性で髪の長さが極端に違う傾向があるのかしら」
「そう、キリアンの髪型はバクスワルドだと女性的に見える。僕は最初、職業上伸ばしているのかと思っていたからそれほど違和感は感じていなかったけど、一度怪しく思うとキリアンの何もかもが怪しく見えて……。とにかく一度、彼を雇った女官長のトーパンさんと話してみるよ。キリアンは自分で、以前は地方の商人の屋敷で理髪師のような事をしていたと言っていたらしいけど、それだって本当かどうか分からない。紹介状は持っていたようだが、もう一度きちんと調べないと」
レイは険しい表情で言った後、私にもこう忠告してきた。
「キリアンは危険な人物なのか、それとも全て僕のただの勘違いなのか、それがはっきりするまでは決して彼と二人きりにならないでくれ」
「難しい事を言うわね。彼は私の助手のようなものなのに」
「お願いだ、メイナ。僕もなるべく注意してキリアンを見てるけど、仕事もあるし四六時中監視している訳にはいかない。君も十分注意して」
懇願するように言って、レイは私がつけている髪飾りに触れた。レイがくれたであろう、白虹貝の髪飾りに。
レイはやっぱり、私の事を心配してくれているように見える。でもきっと「どうしてそんなに心配してくれるの?」と尋ねても、上手くはぐらかされるだろう。
私には、キリアンだけでなくレイも何かを隠しているように思える。けれど何を隠しているかも、もちろん素直に話してくれないに違いない。
私は小さくため息をついて言う。
「なるべく気をつけるわ。私もキリアンについては少し思うところがあるから」
しかしそのわずか五分後。
二人で城に戻り、ダリオ殿下のところへ行くらしいレイと別れた直後、私はひと気のない廊下でキリアンとばったり出くわしてしまった。
「メイナさん」
キリアンはにっこり笑ってこちらに近づいて来る。レイに警告された後だからか、思わず一歩後ずさりしてしまう。
そしてその自分の行動を見て、私は改めて思った。
(私はレイの言う事を信じて、キリアンを怪しんでいる……)
キリアンは確かに掴めない部分があって心から信用出来ないけれど、番だと言いながらそれを撤回したレイだって、以前は信用できないと思っていたはず。
それに今はキリアンの思惑もレイの思惑もどちらも私にはよく分からない。レイがキリアンを陥れるために嘘をついている可能性もあるのに。
けれどバクスワルドに来てレイと接するうちに、私の中で彼の印象がまた変わっていったのだ。
出会った頃のような、レイの優しい部分を再び感じるようになっている。時折私に見せるほほ笑みとか、私の事を心配してくれている様子が演技だとは思えない。
「メイナさん? どうして後ずさりするんですか?」
キリアンは笑ったまま言う。
「べ、別になんでもないわ」
「――レイさんに何か言われました?」
ずばり言い当てられて私はぎょっとしてしまった。




