17 街にお出かけ(1)
この日、私は街に出かける事にした。今日はパトリシア様もダリオ殿下と一緒に昼食を食べるくらいしか予定がないようなので、朝のうちにしっかりパトリシア様の髪を整えたら、後の私の仕事は夜に彼女の髪の手入れをするだけなので、昼間は時間があるのだ。
なので、せっかくバクスワルドに来たのなら街の様子も見て、庶民の女性たちの髪型も観察してみようと城を出た。
お金も持ってきたので、お店で髪飾りや櫛なんかも見てみようかな。
昨日の事を気にしているパトリシア様も、ダリオ殿下と話をして気分転換できるといいけれど。
そんな事を考えながら王都の街を歩いていると、道行く女の子たちがこちらを見て、みな一様にポッと顔を赤らめているのに気づく。
「かっこいい……」
ある少女はそんなふうに呟いて私の横を通り過ぎていく。
かっこいい? 私が? いや、そんな訳ないか。
よく見れば、彼女たちの視線は私から少しズレた上を見ている。一体何を見ているのかと振り返ろうとした時、それより早く後ろからポンと肩を叩かれた。
「メイナ、日傘は持ってきた?」
振り向くと、そこにはレイが立っていた。
「どうしてここにいるの!?」
びっくりして声が上擦る。レイは道行く女の子に密かにきゃあきゃあ言われながら、愛想なく答える。
「僕は今日は休日だから」
「それじゃ、あなたがここにいる答えになっていないと思うんだけど。休みならゆっくりしていればいいのに。それともあなたもたまたま街に遊びに来る予定だったの?」
「そんなところだよ」
はっきりしない答えだ。私は軽く片手を上げて言う。
「そうなの。……じゃあ、私はこれで。熱中症には気をつけるわ」
持っていた日傘を差してそのまま去ろうと思ったのに、レイに肩をガシッと掴まれた。
「待って。君は街に出るのは初めてだろう? 迷わないように僕が案内するよ。この辺はスリも多いし」
「スリ? そうなの? ううーん……えー……じゃあ、お願いしようかしら」
だいぶ迷ってから言う。レイと二人きりは気まずいけど、確かによく知らない街を一人で歩くのは不安だと思って。
レイは満足げに頷く。
けれどその後、一緒に歩き始めても、レイは私の隣にいるだけで特に道案内をしてくれなかった。
と言うか、栄えている大通りに沿って歩いているだけなので案内は必要ないような気がする。
髪飾りを扱っていそうな店を尋ねても、「今までそういう物に興味がなかったから分からない」と言うだけで役に立たないし。
仕方なく自分で店を探しながら、道行く人々の髪型も観察する。
「竜人の男性はやっぱり短髪の人が多いわね。レイでも長い方だわ。そして女性もやっぱり、長い真っ直ぐな髪の人が多いわね」
と、他人の事ばかり見ていたら、私も人から見られていたようだ。
こちらに近づいてきたのは、若い女性の三人組だった。
「ねぇ、あなた。その髪どうやってるの?」
どうやら私の髪型に興味を持って声をかけてくれたらしい。
今日は後ろで一本の三つ編みにしているのだが、普通の三つ編みではない。まずハーフアップにした髪の束をくるっと中に入れ込み、その毛束と下ろしたままの下半分の髪で三つ編みを三つ作る。それをそれぞれふんわり緩めて、その三つ編み三つでさらに三つ編みを作れば完成だ。
普段ならここからさらに髪をまとめていくけれど、今日はバクスワルドっぽくもしたかったので下ろしたままにした。髪飾りは白いカチューシャだ。
「意外と簡単にできますよ。よければ今、あなたの髪でやってみましょうか?」
「いいの?」
「メイナ……」
レイが心配そうに呟いたのが聞こえたが、はりきっている私を止められないと思ったのが、諦めて〝日傘持ち〟の役に徹してくれた。
通行人の邪魔にならないよう道の端に寄って、三人の髪を私と同じように結うと、彼女たちは笑顔になって喜んでくれた。
「本当、結構簡単ね。二回見たらやり方は覚えたわ。三つ編みもした事あるし、私でもできそう」
「ええ、是非挑戦してみてください。あと、これもどうぞ。パトリシア王女がバクスワルドに来た直後、パーティーでされていた髪型です」
私は鞄から髪型の作り方が描いたビラを取り出し、三人に渡した。パーティーの時にも貴族たちに渡したビラだ。こんな事もあろうかと持ってきていたのだ。
「王女様がしていた髪型?」
女性たちの目が輝き出す。お姫様と一緒の髪型って、憧れるよね。
「遠慮なく貰うわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「ところで……あなたと彼って恋人同士? まさか番なの?」
女性はレイと私を見て、声を潜めて尋ねてきた。私はすぐさま「違いますよ」と否定する。
そこで女性たちはレイをお茶に誘っていたけれど、レイは人の良さそうなほほ笑みを浮かべつつ「彼女についていないといけないので」と私を指して断った。
別に全然、ついていないといけなくはないんだけど。
「残念だわ」
「あー、私の運命の番はどこにいるのかしら?」
嘆きつつ去って行く彼女たちを見ながら、私は言う。
「やっぱり竜人の若い女性は番の存在に憧れるものなのね」
「全員に現れるものではないから、余計にね」
確かに運命の人には憧れるけど、番ってそんなに大きな存在なのかな? と私は疑問に思った。だってレイは番を間違えたんだから。
間違えないようのない存在が番なんだろうと思っていたけれど、レイを見ていたらそこまでの存在でもないような気がしてくるのだ。
「……」
番の話題で、私とレイの間に微妙に気まずい空気が流れる。
と、そこでレイが話題を変えるように、とある店を指さした。
「あ、ほら。あそこに宝飾品店があるよ。髪飾りもあるかも」
レイに押されるようにして、近くにあった店に向かう。高級そうなお店だから買える物があるかどうか分からないけど、とりあえず入ってみよう。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店の扉を開けると、店主らしき初老の紳士が丁寧に声をかけてきてくれた。一瞬レイの事を値踏みするように見ていたから、レイはちゃんとお金を持っていそうだと判断されたのだろう。私は半分ひやかしで入ってしまったけど大丈夫だろうか。
「髪飾りはありますか?」
怖気づいている私に代わって、レイが言う。
「こちらにございます」
「わぁ……」
案内されたショーケースを見て、私は思わず感嘆と緊張の声を漏らした。
そこには金や銀、宝石や真珠を使った豪華な髪飾りばかりが並んでいたのだ。それぞれが照明の光をキラキラと反射していて眩しい。
値札が無いのが恐ろしいけど、金額を尋ねたらびっくりするような答えが返ってくるに違いない。今日はパトリシア様用の髪飾りを買いに来たわけではないので、値段を訊くのはやめておこう。
何も買えないと思いつつ、髪飾りのデザインはしっかり見ておく。あの小鳥のやつが可愛い。それにあっちの、宝石の雫がいくつも垂れているのも素敵。髪につけたらシャラシャラと揺れるのだろう。
「あ、これ……!」
髪飾りはどれも綺麗だったけど、その中でも特に目を引くものを見つけた。




