18 街にお出かけ(2)
店にある髪飾りはどれも綺麗だったけど、私はその中の一つに特に注目した。
大きな宝石がついているわけでも金ピカでもない、白一色のその髪飾りはこの中では地味な方かもしれないが、貴重なものだろうと予想できた。
「これ、白虹貝ですよね?」
「おや、よくご存知で」
私のような特別お金持ちでもなさそうな若い娘がそれを知っているのが意外だったのだろうか、店主は少し驚いたように言った。
白虹貝はその名の通り白い光沢のある貝で、光の当たり具合によって淡い虹が浮き出てくる。宝飾品に使用される美しい貝はいくつかあるけれど、白虹貝はその中で最も貴重で高価なものだ。
この髪飾りは小花が集まったようなデザインで、その花びら一つ一つが白虹貝でできている。白虹貝の方が大きいはずだから、貝を割って削って形を整えているのだろう。花の中心には小さなダイヤらしき宝石も輝いていた。
「ネモフィラを小さくしたような花だね。色は違うけど、形が」
私が髪飾りに釘付けになっていると、隣りにいたレイが同じ髪飾りを見て言った。
ネモフィラは小さな青い花で私も好きな花だけど、バラのように誰でも知っている花じゃないので、レイがその名前を出してきた事に驚いた。
「確かにそうね。でもよくネモフィラなんて知っていたわね」
「バクスワルドでも咲いてるんだよ。僕も小さい頃から見かけていたけど、でも名前は知らなかったから最近気になって調べたんだ。だから覚えてる。ネモフィラの事を『ベビーブルーアイズ』と呼ぶ国もあるらしいよ」
「そうなの……」
昔、母に「メイナの瞳はネモフィラのように綺麗な碧ね」と言われた事を思い出した。
だけど小さい頃から見かけていた何の変哲もない花の名前が、レイはどうして最近になって気になったんだろう。見た目は王子様みたいでもレイの気質は騎士だと思うし、あまり花を愛でるような性格じゃないと思うけれど……。
そんな事を気にしつつも、もっと気になる事を私は店主に尋ねた。
「あの、これおいくらですか?」
「そうですね、こちらは――」
恐ろしい金額が返ってくるはずと身構えたものの、店主が答えた金額は思ったよりも良心的なものだった。
高いのは高いし、私が買うとなると決死の覚悟が必要だけれど、途方もない値段ではない。
白虹貝は貴重とは言え、貝は貝という事なのだろう。隣りにある大きな宝石がついた髪飾りと比べると、桁一つは安いだろう。
「白虹貝を使った髪飾りは、うちではこれ一つです。他店でも扱っているところはなかなか無いでしょう。これが売れてしまうと次にいつ入荷できるか分かりません」
「うう……」
私は迷った。この髪飾りは是非とも欲しいけれど、今の手持ちでは到底お金が足りない。取り置いてもらって後日お金を持ってこようかとも考えたが、「買います!」と即決するには額が大きい。少し冷静にならないと。
「とてもとても素敵なのですが、ちょっと考えさせてください」
そう言って、私は後ろ髪を思い切り引かれながら何とか店を出た。
「あれ、気に入ったんじゃないの?」
貴族出身のレイが悪気なく訊いてくる。気に入ったのに買わなかった理由がいまいち分からないみたい。
「あなたも店主が言っていた値段を聞いたでしょう?」
「聞いたけど、それがどうかした?」
本気で不思議そうに言うレイ。
この、お坊ちゃまめ。
白虹貝の髪飾りと泣く泣くお別れし、大通りを歩いていると、広場に小さな人だかりができているのに気づいた。
どうやら新聞屋が新聞を売り始めたところのようで、広場を通りかかった人々がそれを買っている。私もバクスワルドの事を知るためにたまには買ってみようかと近づいていくと、
「さぁ、買った買った! パトリシア王女の噂の真相だ!」
新聞屋の男がそんな事を言っているのが聞こえてきた。私は眉根を寄せ、財布から硬貨を出してそれを新聞屋に渡す。
「まいど」
一枚のビラのような新聞を険しい顔をして読む。後ろからレイも紙面を覗き込んできた。
内容は確かにパトリシア様の事が書かれていたが、『噂は根も葉もないものだった』という真相はどこにも書かれていない。
むしろ噂を肯定するような、パトリシア様をさらに貶める内容の記事だ。
「『ミュランの使用人の証言。彼女はずっとパトリシア王女に使えていた、王女の事をよく知る人物である。その使用人によると、王女は見た目通りに幼いと言う。使用人の些細な粗相に怒り、花瓶を投げつけて大怪我をさせた事もあったりと、すぐに癇癪を起こす。また、とにかく新しいもの好きの浪費家で、ドレスはもちろん宝飾品や調度品、飼っているペットや自分が乗る馬車まで、今のものにすぐに飽きては次から次へと買い換える。我が国の王子の事もすぐに飽きて、愛人を作るような事にならなければいいのだが』……」
読みながら、私の声は段々と低くなっていった。
ここに登場するミュランの使用人って一体誰? 本当に実在する人物なのだろうか。
私もミュランでパトリシア様に二年仕えていたけど、パトリシア様が使用人を大怪我させたなんて話、聞いた事がない。
こんな事件が起これば、ミュランでも新聞屋は王族のスキャンダルを狙っているから、国内でだって騒ぎになっているはずだ。
それに新しいもの好きの浪費家というのもやっぱり間違ってる。流行には敏感で、新しいものを求める事はあるし、一度着て人前に出たドレスはもう二度と着ない事もある。でもそれは王族としておかしな事ではない。
バクスワルドの王妃様やダリオ殿下だって、一度着た服は二度と着ないという事は多いはず。
「それにパトリシア様はペットを飼ってないし!」
だから次々に新しいペットを飼うという事もない。
けれど周りでは、新聞を読んだ人々がざわめいている。
「使用人に花瓶を投げつけたですって」
「なんて事」
記事を完全に信じているのかは分からないが、「こんな記事嘘だ」と言う人もいない。
でもここには誰もパトリシア様の事を知っている人がいないのだから当たり前だ。この記事が嘘かどうかの判断は、ここにいる人たちにはできない。
「この記事、あなたが書いたの? ミュランの使用人に取材したのはあなた?」
私は新聞屋に詰め寄った。この場でパトリシア様の事を庇えるのは私しかいない。
新聞屋の男は適当な感じで言う。
「いやー、俺は出来上がった新聞を売るだけの役目だから。記事の内容の事は俺に訊かれても分からねぇよ」
「じゃあこの嘘記事を書いたのは誰なの?」
「うちの記者だけど、内容が嘘っぱちだと責めるつもりならやめときなよ。新聞には真実を載せるのも大事だが、それより話題性のある売れる新聞を作る事が大事なんだと、開き直られて終わりだぜ」
へらりと笑われて私はムッとなったが、レイに「落ち着いて」と止められた。
「〝サン・ガーディアン〟はこういう新聞だから。でも読む方もそれは分かってるから大丈夫だよ。記事を全部信じたりはしない。……まぁ、普通は」
レイが最後に歯切れ悪くなったのは、近くにいたご婦人たちが新聞記事を信じて、「こんな王女は受け入れられないわ!」と真剣に言い出したからだ。
私は新聞を片手で掲げ、大きな声で言う。
「みなさん、どうかこんな記事を信じないでください。パトリシア王女は、噂されているような人物ではありません!」
人前で喋るのは慣れてないけれど、今は照れや恥ずかしさはなかった。




