19 街にお出かけ(3)
私は感情的にならないように、でもみんなの情に訴えかけるように話した。
「王女は愛する家族や親しい人たちと別れ、髪結師のお供一人しか連れずにこの国に来ました。ミュランを出る時は不安のあまり泣いておられたのです。けれど心細い思いをしながらも、王子と仲良くなるため、この国に馴染むために、まだ十六歳ながら一生懸命努力しておられるのです。どうかしばらくはこんな根も葉もない噂に惑わされずに、王女自身を見てあげてください」
広場にいる人々は、新聞を読むのをやめて私の話に耳を傾けてくれた。
「もうすぐダリオ殿下とパトリシア王女の結婚式が行われます。その時には、みなさん是非城にいらっしゃってください。遠くからでも、ダリオ殿下と一緒にいる時の王女の笑顔を見れば、噂とは全く違う純粋な優しい方だと分かるはず。時折見せる真面目な表情や凛とした姿を見れば、王族の品格を感じられるはずです」
私は真剣だった。
「彼女はこの新聞に書かれているような人物じゃない。どうかお願いします。王女の事を何も知らないうちから、彼女の全てを否定しないでください」
言いたい事を言って、私ははぁはぁと息を切らせた。
広場は数秒しんと静まったけれど、やがて一人が拍手をすると、その音は周りの人を巻き込んで段々と大きくなっていった。
「良い演説だったよ。政治家には見えないけど、王女様の事に詳しいという事は側近か何かなのかい?」
「いえ、私はただの髪結師です」
声をかけてくれたおじさんにそう答える。
「あんたが王女様を大切に想ってるのは伝わってきたよ」
「我々は確かに少し冷静になった方が良さそうだ」
他にも、街の人たちは次々にそう言葉をかけてきてくれ、私は胸を撫で下ろした。
パトリシア様の印象がこれで一気に良くなるわけではないし、この広場にいる人たちだけに真実を訴えたって大きな変化はないのかもしれないけど、少しでも行動できてよかった。
そしてさらに行動すべく、私は鞄から例のビラを取り出してみんなに配った。
「王女様がパーティーでされていたおしゃれな髪型ですよ~。意外と簡単にできますよ~」
と営業スマイルで言いながら。
髪型を描いたビラが珍しいのか、みんな「どれどれ」と受け取ってくれる。
一連の光景を見ていたレイが、愉快そうにほほ笑んで言う。
「ミュランにいた時は知らなかったな。君がそんなふうに結構たくましいって事」
「褒め言葉だと思っておくわね」
私の言葉にもう一度笑みを見せてから、レイは新聞屋の男に向き直った。
新聞屋は自分の新聞より私のビラの方が人気なので「商売の邪魔だよ」とぶつくさ言っている。
「〝サン・ガーディアン〟は最近少しやり過ぎだ。特にパトリシア王女の事は、悪い事を書いた方が売れるとばかりに好き勝手な事を書いているね」
「あん? 何だよ、あんた。だから俺はただ新聞を売るだけの係だってーの」
「売るだけの係でも処罰されるだろう。ダリオ殿下は自分の妃になる王女の事で、真実ではない噂を流している者たちの事を罰するつもりだ。〝サン・ガーディアン〟の事もすでに目をつけておられる。あまり王女を貶めるような嘘ばかり書いていると身を滅ぼす事になるぞ」
レイが冷たい瞳を向けてそう脅した時、ちょうど向こうから馬に乗った騎士たちがやって来た。そのうちの一人は手に新聞を持っている。
「そこの新聞屋、これを売っているのはお前だな。あまり度が過ぎると……あ、おい!」
新聞屋の男は「やべっ!」と言うと、慌ててその場から逃げ出した。騎士たちは新聞屋を広場から追い払うためだけに来たのか、わざわざ後を追う事はしなかった。
ミュランもそうだが、バクスワルドでももう不敬罪は時代遅れになっていて、廃止されたのかもしれない。だから追っても不敬罪で捕まえる事はできないのだろう。
私はレイに話しかけた。
「パトリシア様の悪い噂を流していたのは、〝サン・ガーディアン〟だったのかしら?」
「自分たちの新聞を売るためにとも考えられるね。でもまだ調査中だ。実はダリオ殿下たちは、カザルスが関与している可能性もあるのではと疑っておられる」
「カザルスが?」
カザルスとは、ミュランとバクスワルドと国境を接する小さな国だ。ミュランに対して友好的ではないので、私はあまり良い印象を持っていない。竜人の国であるバクスワルドの事は驚異に感じているのか、一応下手に怒らせないようにしているみたいだけど。
「カザルスは、今回の結婚によってバクスワルドとミュランの絆が強くなるのは嫌だろうから」
隣国の二国が手を組んで、より大きな存在になるのは確かに嫌だろう。
とは言え、今回パトリシア様とダリオ殿下の結婚の話がまとまったのは、ここ数年勝手な行動が目立つカザルスを牽制するためでもあると思う。
自分が身勝手な事ばかりしているからこうなったのに、いざミュランとバクスワルドが協力体制を取ったらそれを壊そうとするなんて。
まだカザルスが黒幕かは分からないけど、やりそうではあるなと私は思った。
「メイナ、聞いて!」
街から戻ったその日の夜には、パトリシア様の髪を就寝用に三つ編みにしながら、可愛いのろけ話を聞く事になった。
どうやら今日はダリオ殿下と昼食を一緒に食べた後、ウエディングドレスを一度試着してみたらしい。ドレスはまだ完成していないが、一度着てみてサイズを確かめたようだ。
それでダリオ殿下は、ウエディングドレスを着たパトリシア様を綺麗だと褒めてくれたらしい。
「それに殿下は結婚式が待ち遠しいって言ってくださったわ」
パトリシア様はうっとりして言う。
「私、最初は竜人の殿下の事、少し怖いなと思っていたのよ。でも話せば話すほど素敵な人だなと思うわ。私にはないおおらかさと快活さがあって、話していると元気になるの。気取らずに、いつも素直に気持ちを伝えてくれるし」
「よかったですね。お二人が仲睦まじい夫婦になる未来が見えるようです」
私はほほ笑んで言った。パトリシア様とダリオ殿下の仲は順調に縮まっているようで何よりだ。番でなくても、素敵な夫婦になれるだろう。
パトリシア様がベッドに入ると、私は櫛などの道具をまとめて部屋を出た。すると同じく寝室にいた使用人のサリさんも、私を追って廊下に出てくる。
「キリアンはどこにいるの?」
初めてサリさんから声をかけられたものの、内容はキリアンの居場所を尋ねるものだった。
私は振り返って答える。
「キリアンなら私の自室にいますよ。今頃、髪用アイロンの準備をしているはず。私の髪を使ってアイロンを当てる練習をしてもらうつもりなんです」
練習しなければ上手くならないけど、失敗したら髪を痛めたり皮膚をやけどする可能性もあるのに、その辺にいる女性に練習台になってもらうわけにはいかない。だから私が髪を貸すのだ。
練習は明日以降の昼間でもいいんじゃないかと言ったが、キリアンが「今日やりたいです」とやる気を見せるので、時間は遅いが少し練習する事にした。
「今から!?」
「君の部屋で!?」
サリさんが目を見開いて驚いたかと思ったら、パトリシア様の寝室前で歩哨に立っていたレイまで言葉を被せてきた。聞いていたのか。
「もう夜よ!?」
「絶対駄目だ!」
「な、何なの……」
二人に詰め寄られて、私はたじろいだ。確かに日が沈んでから男の人を自分の部屋に入れるのは私もちょっと抵抗があったが、他にはキリアンの部屋くらいしか場所がないのだ。
サリさんは私の腕を引っ張って壁際に連れて行くと、レイに聞こえないよう小声できつく言う。
「あなた、レイさんと仲良くやっているくせにキリアンにまで手を出そうと言うの!? レイさんもあなたには釣り合わない素敵な人なのに、なんて欲深い人なの」
「ちょ、ちょっと待って。私とレイはそんな関係じゃないし、キリアンにも特別な感情は抱いてないから……」
「どうしてもそのアイロンの練習をするのなら、私も一緒に部屋にいるわ。二人きりになんてさせないから!」
サリさんが最後は大きな声で言うと、レイも厳しい表情をして「僕も行く」と続けた。
という訳で結局二人の事も一緒に連れて自室に戻ると、中で待っていたキリアンは、きょとんと目を丸くした後で「二人もついて来ちゃったんですね」と笑った。
けれどその後で、私にこっそりとこう言う。
「二人きりが良かったのにな」
私が視線を向けると、キリアンはきらきらした笑顔を見せた。
……この三人と接していると、何だか疲れる。
抜歯が保留になったので感想欄開けます~
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