15 王妃様の髪を結う(2)
王妃様と侍女三人の髪にアイロンを当て終えると、私は次にその髪を結っていった。
そうして、時間はかかったが四人の髪を整え終える事ができた。
「上品で素敵だわ」
王妃様はアイロンでゆるくウェーブをつけ、その髪を首の付根の辺りで結った。せっかく綺麗に波打っている髪を伸ばさないようにゆったりと。
そして同じくウェーブをつけた長い前髪は、耳を隠すようにして後ろに持ってくる。
耳を髪で隠すと、上品で色っぽい印象を与えられるのだ。
侍女たちの髪型もそれぞれ希望通りに仕上がり、みんな喜んでくれた。
「見て。まるで私じゃないみたいだわ。急いで帰って夫に見せないと!」
「きっとびっくりするわよ」
四人とも私より一回り以上歳上の既婚女性だけど、鏡を見てきゃいきゃいはしゃいでいる少女のような姿を見ると、私まで嬉しくなる。
こういう姿を見られるから髪結師って楽しい。
「ありがとう、メイナ」
王妃様は満足気に笑ってそう言ってくれた。そして手間賃――にしてはたっぷりだったが――下さったので、王族に遠慮するのも失礼なので有り難く頂戴する。
そして王妃様たちとの会話が弾んでいるパトリシア様を残し、私とキリアンは髪結いの道具を持って退室した。
「これ、後でキリアンにも分けるわね」
廊下を歩きながら、王妃様に貰った小袋を軽く持ち上げる。
「僕はほとんど何もしてないですし、いいですよ。メイナさんが全部貰ってください」
「そういう訳にはいかないわ。キリアンはちゃんと手伝ってくれたもの」
私がそう言うと、
「メイナさんって、〝正しく生きてる人〟ですよね」
キリアンは目を細めて薄っすらと笑った。
「一生懸命働いていて向上心があるし、真面目。周りを思いやれる余裕もあるし、きっと今まで髪結師としての技術を磨くためにたくさん努力してきたんですよね。確かなものが自分の中にあるから、誰かを妬む事もない」
「何? 急に……」
冷静に対象を観察しているような口調なので、褒められているはずなのにいまいち嬉しくない。
しかしキリアンはそこで口調を砕けさせると、ニコッと笑ってからかうように言う。
「メイナさんって男の人にモテないだろうなと思って。綺麗だからきっと『いいな』と思われる事はたくさんあったでしょうけど、実際にアプローチされた事は少ないでしょ。あんまり男の人がつけ入る隙がないんですよね」
「余計なお世話です」
やっぱりこのお金をキリアンに分けるのはやめようかと一瞬思いながら言い返す。
「でもそういう完璧な女性の方が、僕は興味ありますよ。メイナさんが恋をしたらどうなるのかなって気になります」
そう言うキリアンから私は目をそらした。
彼の瞳を見ていたら、また心がそわそわしてきたからだ。私の心臓の鼓動がキリアンに聞こえていないか心配になる。
と、そこで――
「キリアン!」
廊下の先にいた使用人のサリさんが、片手を上げて気恥ずかしそうにキリアンの名を呼んだ。キリアンも片手を振ってこう言葉を返す。
「これ片付けてくるから、ちょっと待ってて」
ちょうど私の私室が近かったので、私とキリアンは持っていた髪結い道具を部屋に運ぶ。
「サリさんと仲良くなったのね。私はまだ仲良くなれてないのよ。コツがあったら教えてほしいくらい」
「コツはありますけど、内緒です。僕はメイナさんともっと仲良くなるコツを教えてほしいですけど」
キリアンはウインクしながらそう言い、固まっている私を置いて部屋を出てサリさんの元に向かった。
サリさんとすでに仲良くなっているのに、私とも仲良くなりたい? それとも私とは友達として仲良くなりたいという意味なのか、サリさんとも友達として仲良くしているつもりなのか……。
サリさんはあきらかにキリアンを意識しているというのに、本当に人たらしだなぁ。
「ふぅ……。疲れた」
独り言を言って、ソファーに腰を下ろす。さっきからずっと胸の辺りが気持ち悪い。
ハンカチで汗を拭って背もたれにぐったりと体を預ける。ただでさえ気温が高いのに、そんな中でアイロンを使って四人の髪を結ったのだ。暑さにやられたのかもしれない。少し頭も痛むし、何だか指先がしびれているような気もする。
一度座ってしまうと動くのは億劫だったが、水を飲みたいと思って立ち上がった。そして部屋を出て、使用人用の食堂がある一階に向かう。
(ふらふらしてきた)
手すりに掴まりながら階段を降り、中庭の脇を通る回廊にさしかかったところで、私は深く息を吐いて足を止めた。頭がぐるぐる回っている。
このままでは倒れるかもしれないと思ったので、中庭にあるベンチに座ろうとそちらに向かう。
ベンチはいくつかあったが、自分から近いところの日陰にあったベンチに腰を下ろした。でも結局座っていられずに横になる。
中庭の角にあるこの木製のベンチは、一日中日陰になる位置にあるからか、頬をつけると少しだけひんやりしていた。
ここで少し休んでから水を飲みに行こうと目をつぶる。
すぐ隣には回廊が通っているが、壁があって死角になっているからか、通る人は誰もベンチの上で横たわっている私に気づかない。
「やっぱり! ここにいると思った」
と、遠くでモナさんの声が聞こえた気がして目を開ける。
私の事を探しに来てくれたのだろうか? と一瞬思ったのだが、それはどうやら違うようだった。
距離があるので小さくしか見えないが、モナさんは彼女の番のパドルさんを見つけて駆け寄っていったようだ。パドルさんも嬉しそうに言う。
「僕もモナが近づいてくるのを感じたよ」
そうして二人は、この前逢引していた時と同じように少しの間いちゃいちゃして、また各々の仕事に戻っていった。
他人が幸せそうにしている姿を見るのは好きだけど、今はちょっとだけ泣きそうになる。私、このまま誰にも気づかれずに死んだらどうしよう。
ただ暑さにやられただけなのに、そんなふうに考えて弱気になる。
しかしその時――。
息を切らせたレイが回廊から中庭に飛び出してきて、突然私の前に現れた。
けれどまだ私には気づいていなくて、中庭を素早く見回した後、ふと振り返ってから死角にいた私に気づく。
「メイナ!」
レイはベンチの上で倒れている私を見ると、大きく目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。
「レイ? 何してるの……?」
薄っすらと目を開けたまま尋ねる。レイは体温を計るように私の頬やおでこに手を当てながら答える。
「近衛を交代しようと王妃様の私室にいるパトリシア様の元に行ったら、部屋が暑かったからどうしたのかと尋ねたんだ。そうしたらメイナが火を使ってアイロンを熱し、王妃様たち四人の髪を結ったと言うから、今頃熱中症になっているんじゃないかと予想して来てみたら、案の定……」
王妃様の部屋が暑かっただけで、よく私が熱中症になっている事まで予想したなとぼんやり思う。
レイの瞳には焦りが浮かんでいて、私の事を本当に心配してくれているらしい事が分かる。私がちょっと倒れただけで、どうしてそんな顔をするの?
「私がここにいるのは、どうして分かったの?」
体調が悪い中で尋ねたのに、レイはそれを無視して立ち上がって、ここから走り去って行ってしまった。
あれ? 助けに来てくれたのでは……?




