14 王妃様の髪を結う(1)
髪飾りを盗まれた事、私はとりあえず女官長のトーパンさんに相談し、犯人探しに協力してもらった。
キリアンを気に入っているらしいトーパンさんは、キリアンが頼めば、他の仕事を差し置いてこちらに手を貸してくれた。
しかし、髪飾りは翌日にはあっさり見つかった。
城の外のひと気のない場所に置かれていたのを、レイが見つけてくれたのだ。箱は三つとも無事で、中身も全て揃っていた。
「ありがとう、レイ!」
安堵するあまり、この時ばかりは私もレイに抱きつきたくなった。けれどそれはできないので笑顔を零す。
「どういたしまして」
するとレイも冗談ぽく騎士の礼を取って、大人っぽくほほ笑み返してきた。部屋にはキリアンとレベッカさん、モナさんとサリさんもいて、キリアンは髪飾りが見つかった事にホッとしている。
私はレイに向かって続けた。
「でもよく見つけたわね。あんなところ、たまたま通りかかる事はないでしょう?」
そこにあるんじゃないかという疑いを持っていないと、わざわざ行かない場所だ。
しかし私の言葉に対して、レイは黙るだけで何も返さない。何も聞こえない、と言うようにこちらから顔をそらしてあらぬ方を見ている。いや、あなたに質問してるんですけど……。
「匂いですか?」
と、そこで口を開いたのはモナさんだ。
「昨日、花人だと知って納得したのですが、メイナさんはお花のような甘い良い香りがするので」
「え、そうですか?」
「私たち竜人は人間より、そしておそらく花人よりも嗅覚が鋭いので、より体臭を感じるのかもしれないですけど」
体臭と言われると何だか恥ずかしい。良い香りとは言ってくれたけど、嫌な臭いもしていないか気をつけないと。
私が密かに自分の腕に鼻を寄せてくんくん匂っている一方、レイが妙に淡々とした口調で言った。
「いくら竜人の嗅覚が鋭いと言っても、さすがにその箱についたメイナの残り香を辿る事はできませんよ。犬じゃないんですから」
「そうですよね、さすがに」
モナさんはちらりとレイを見て言う。「さすがに」を強調して、何だか含みがある言い方のような……。
まぁレイは本当にたまたま見つけたのか、それとも城の見回りをしている騎士仲間から報告を受けて見つけたのかもしれない。
そして犯人は、トーパンさんが使用人たちみんなに犯人探しを指示して事を大きくしたから、怖気づいて何も盗む事なく適当な場所に放置したのかも。
だから犯人はパトリシア様にお茶会で恥をかかせようとして盗んだわけではないと思う。だって目的がそれなら、髪飾りを盗む以外にももっと効果的なやり方があるはずだし。
でも犯人が分からないから真相も分からないので、一応パトリシア様を貶めようとする人間が城に潜んでいると思って気をつけなければならない。
「けれど本当に無事に見つかってよかったわね」
「お騒がせしました」
ねぎらいの言葉をかけてくれたレベッカさんに、疲れたほほ笑みを返す。すると、レベッカさんとモナさんが順番に言う。
「昨日からずっと調査や捜索を続けて疲れたでしょう。少し休んだら?」
「そうですよ。それに何か精のつくものを食べた方がいいです。メイナさんって少食ですし」
「そうですか?」
たまにモナさんやレベッカさんと一緒に食事を取る事もあるので、食べきれないと思った時は料理人に言って量を減らしてもらっているのも見られていたのだろう。
だけど体調によってたまに肉を二切れ減らすとかスープを半分に減らすとか、その程度の事なので特別少食というわけでもない。
なのに、レベッカさんとモナさんは今日はやたらと私の事を心配してくれる。
「私、顔色でも悪いですか?」
「いえ、そういう訳じゃないんだけど、あなたが花人だって知って心配になってしまって」
レベッカさんは続ける。
「だって私たち竜人の中では、花人ってか弱いイメージがあるのよ。それこそ花のようにすぐに折れてしまうんじゃないかって。私たちが頑丈だから余計にそう思うのかもしれないけれど」
「竜人の方は体も強いって言いますもんね。考えると、人間や海人、闇人や森人と色々いる中で、竜人と花人は対極にいる存在かもしれません。でもおそらく、レベッカさんたちが想像しているより花人は強いですよ。人間とほとんど変わらないと思うので」
「本当に?」
レベッカさんが疑わしげに言うので、私は笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。今まで自分の事を虚弱だと思った事はありませんし、今も疲れてはいませんから。でも心配してくださってありがとうございます」
一方、私たちがそんな会話をしている時、キリアンは「よかったー」と見つかった髪飾りを見ながらサリさんと楽しそうに会話をしていた。
キリアンはいつも通りにこにこ笑っているけれど、サリさんまで笑顔でいる事に私は少し驚く。
キリアンはよく喋るし人懐っこいけど、今まで笑った顔を見せてくれた事のないサリさんの心もほぐすとは。
しかもサリさんはちょっと頬を赤らめているような……。
キリアンはトーパンさんにも気に入られているし、ちょっと気難しい人に好かれるような、人たらしの才能があるのかもしれない。
そして髪飾りが見つかってホッとしたのも束の間、その数時間後に私はパトリシア様からこう依頼された。
「王妃様がメイナに髪を結ってほしいんですって。お茶会の時にしていた私の髪型も気に入ってくれたの。それで明日の午前中に私と一緒に王妃様のところに行って、王妃様と三人の侍女の髪を結ってくれない?」
「ええ、もちろん。光栄です」
私は二つ返事で引き受け、翌日、パトリシア様とキリアンと共に王妃様の私室に向かった。
部屋には王妃様と王妃様の侍女三人――歳は三十代から四十代で、三人ともバクスワルドの上級貴族の夫人らしい――がいて、私の事を待ち構えていた。
「待っていたわよ。あなたが髪結師ね」
「メイナ・スプリングと申します、王妃様。こちらは見習いのキリアン・ソウです」
「ではメイナ、さっそく髪を結ってちょうだい。代わり映えのしない髪型はもう飽きたわ」
王妃様は霞色の髪の美女で、はきはきと話す、さっぱりした雰囲気の人だった。竜人の女性らしくすらりと長身で細身だけど、胸は豊かだ。髪はくせがなく真っすぐで、今は下ろして右側に垂らしている。侍女三人も髪は直毛だ。
「わたくしたちも髪を巻いてみたいのよ。昨日のパトリシアのように」
「ではアイロンを使いますね。髪を巻く事もできますが、上品なウェーブをつける事もできますよ。でもどちらにしても王妃様たちのような真っ直ぐな髪にくせづけるのは難しく、長時間は持たないと思います」
「いいのよ。昼食の時に陛下を驚かせれば満足だから」
王妃様はそう言ってフフフと笑ったので、私はキリアンに手伝ってもらって暖炉に少量の薪をくべ、アイロンを熱した。
そして王妃様たちと話して髪型を決めると、まずはさっそく髪にアイロンをかけていく。
ベランダに続く部屋の大きな扉は開け放たれているし、王妃様の使用人が私の事もずっと扇ぎ続けてくれているがやっぱり暑い。
しかも今日はこれを四人もやらないといけない。みんなウェーブをつけたがると思わなかったから予想外に疲れそうだけど、期待されている分、完璧にやり遂げたい。
「大丈夫ですか? 僕が代われればいいんですけど……」
途中でキリアンがそう小声で気遣ってくれた。
だけどキリアンはアイロンを使った事がないと言うし、初めての人に王妃様たちの髪を任せるのはさすがに心配だ。
皮膚にアイロンが当たってしまうのも心配だけど、長い髪は女性の命だから、もしアイロンを長く当て過ぎてしまったりしてその髪を痛めるような事があれば取り返しがつかない。
女性にとって、髪は本当に大切なものなのだ。
「ありがとう。大丈夫よ」
だから私は汗をかきながらそう答えた。
一方、王妃様とパトリシア様はこんな会話をしている。
「ダリオとは順調に仲良くなっているの?」
「ええ、昨日はお忙しかったようですけど、なるべく毎日時間を見つけて部屋を訪ねて来てくださいます。殿下は私の事を気にしてくださっているんです。バクスワルドに馴染めているかって」
「国も違えば種族も違うものね」
「私も最初は不安でしたけど、いざバクスワルドに来てみると親切な竜人の方も多くて安心しています。王妃様にも良くしていただいて」
「私は娘を可愛がりたいだけよ」
二人の仲は問題ないようで、会話を聞いていると私もにこにこしてしまう。王妃様はパトリシア様の事を受け入れてくれている。
パトリシア様は今、世間で流れている自分に関する悪い噂を気に病んでいるが、王妃様やダリオ殿下の存在が大きな支えになっていると思う。




