第6話 顔替え
江戸時代、木戸衛門は牛込にある瀬戸物屋の番頭をしていた。仕事を一生懸命やったので番頭までになったのが、嫁にくる者はなかった。それは自分でも見ていたくないほど醜男だったからだ。
その日、得意先に品物を届けた帰りに、茶屋で働く角谷小町を見てしまった。あまりの美しさに心を奪われ木戸衛門は思わず立ち止まっていた。茶屋だから、よって茶と団子などを食べるついでに話をしていけばいい。しかし、木戸衛門にはそれができなかった。そんなためらいの中にいるのに、小町と親しく話すことができる者がいた。小間物屋の茂吉だった。小町の表情から、茂吉に引かれていることがわかる。もちろん、茂吉の方は、木戸衛門のことを知らなかったし、見られていることなどもっと知らないことだった。
その日から、木戸衛門は、機会を作ると茶屋に小町を見に行くようになった。このままでは、せっかく手にいれた番頭の地位まで無くしてしまう。
町で有名な陰陽師の玄心に相談にいった。陰陽師は、体の具合を祈祷で直し、願いについても叶うように祈る仕事をしていたのだ。
「一度でいいのじゃ。小町さまと話しができればいい」
「本当に、それだけでよいのかな?」と、玄心は眉を八の字にさげた。
「だが、この顔じゃ、話をしてなどくれん。小町が惚れるような顔にしてくれんか」
「そんなことできるわけがなかろう」
「じゃ、どうすればいいのじゃ。他に方法がないのか」
「う〜む、一時、顔を借りることぐらいは、できるかな」
「そんなことができますのか」
「いやいや、わしができることは、そちを茂吉の夢の中に入れてやることじゃ。後は自分で茂吉に頼み、茂吉が顔を貸してくれることを了承してくれれば、顔を借りることができる。だが、そんなことを茂吉が認めるはずもない。それに夢での出来事は現生にどのようなことを及ぼすのか、わしにも分からない」
「それでもいい。やってみてくだされ、お願いします」
「分かり申した」
その晩、玄心は、庭にある井戸の水で体を清めると祈祷所にこもり神棚を前にして、祈りを始めたのだった。玄心が三日三晩の祈りで、気を失っていた。その夜から、木戸衛門は茂吉の夢に入ることができるようになっていた。
その夜から、茂吉は夢の中に男があらわれた。茂吉は知らないことであったが、その男こそ、木戸衛門であった。
木戸衛門は茂吉に顔を貸してほしいと頼んだ。当然茂吉は断った。だが、木戸衛門は、毎晩の夢に現れ、顔を貸してくれるように頼み続けてくるのだ。
寝ることが苦しくなりだした茂吉は、ついに根負けをしてしまい、一日だけでいいからという木戸衛門の申し出を受けて、ついに貸してしまったのだ。
夢から目覚めた木戸衛門は、すぐに土間におりていった。そこには井戸からくみあげた水をためておく水がめがあった。木戸衛門は水がめにたまった水面の上に顔をだして、恐る恐る覗いてみた。間違いはない。その顔は間違いなく、茂吉の顔だった。
すぐに、木戸衛門は茶屋の開く時をみて小町を訪ねた。
小町は、茂吉と思っている。こころよく木戸衛門を迎え、いつものように。今まで抑えた気持ちがある。すぐに茶屋から終わった後の逢引の約束をした。逢引の宿で、体を合わせ一夜が過ごすことができたのだ。もう木戸衛門には小町しかいない。店のことも頭になかった。今まで貯めた金子ももって家をでてきている。その宿に泊まり込み木戸衛門は小町と一緒に七日の間、過ごしてしまっていたのだ。
嬉しさの中で木戸衛門が窓辺の桟にすわり、ほっとしている時だった。大きな音をたてて障子戸が開いた。どうやって、わかったのか?木戸衛門の顔に変えられた茂吉が手に出刃をもって立っていた。
「俺の顔をかえせ!」
事情の分からない小町はおろおろし続けている。茂吉は出刃をふって、木戸衛門を襲ってきた。殺されるわけにはいかない。木戸衛門は茂吉ともみあいになり、取り上げた出刃で茂吉の腹をさしていた。茂吉は敷かれていた布団の上に倒れていった。木戸衛門は、茂吉の顔を見つめた。もしかしたら、茂吉が死ぬことによって、元の顔に戻るのではないかと思ってからだ。しかし、倒れた茂吉の顔は変わらない。だんだんと青く死相が現れ出していくだけだった。
人殺ししてしまった木戸衛門は、もうここに入られない。木戸衛門は「いっしょに逃げてくれるか」と、小町の肩に手を置いた。
「あい」と言って、小町は木戸衛門の方に顔をあげた。小町の顔をみた木戸衛門は悲鳴をあげた。小町の顔は、小町の顔で無くなっていた。
それも、あろうことか。小町の顔は、木戸衛門の顔に変わっていたのだ。その後ろに横たわっている茂吉の顔が、ゆっくりと美しい小町の顔に変わっていく。
自分の顔を持った女に抱きつかれた木戸衛門は震え続けていた。




