第6話「本日の近道、回転中!」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
給水小屋の裏には、川へ下りる短い階段があった。
階段の先で流れが折れ、岩陰に川面の静かな入江ができていた。大会係は小屋から竿を出し、貸す代わりに一匹くれと言った。
「任せろ。焼くとこまでやる」
「その自信なら、二匹でもいいかな」
「自信に税をかけんなよ!」
まいは腕を組んだ。
「ちょっと。市場の宝は?」
「腹減ったまま探して、魚に見える石ばっかり拾っても困るだろ」
「あんたしか困らない理由よね、それ」
「橋で歩き回った分、腹が減った。持ってる食糧も、あまり使いたくない」
「青針組は、その間も歩いてる」
まいが言った。
京介は借りかけた竿から手を離さなかった。肩から下げた袋には堅いパンがある。かじりながらなら、すぐ出発できる。それでも、魚の影の見えた水面へ目が戻る。
まいは扇子で自分の頬をあおいだ。板運びの汗が乾いて、髪の生え際に白い塩が残っている。
「……一回だけよ。釣れなかったら、すぐ行く」
「一回で魚がかかったら、どうする」
「もう一回よ」
「話の分かるやつだな!」
マリアは木陰に座った。水晶玉は布の袋に入れたまま、膝の上だ。
「占うか?」
京介が尋ねる。
「どこで釣れるとか、何匹釣れるとか」
「今日は、しない」
マリアは膝の袋を両手で包んだ。
「疲れてる?」
「見たいものがある。でも、昨日は映せない」
京介の指が竿の節で止まった。
「……魚のことで頼むの、やめとく」
「釣れたら、食べる。できるでしょう、京介なら」
竿を持つ手に、自然と力が入った。
針を水へ入れる場所は、深みの真ん中ではなく、石の影と流れがぶつかる境だった。糸を引っ張りすぎず、流れに運ばせる。待つ間、京介は葉の動きを見ていた。
シェリルも隣にしゃがみこむ。
「魚を見ているんじゃないんですか?」
「水が揺れると魚の形は分からなくなる。だから、流れがどこへ持っていくかを見る。ここの魚は、楽に餌が取れる場所を知ってんだ」
「京介さんみたいですね」
「そうそう。うまいものは、うまく……いや、どういう意味だ?」
シェリルは口元を押さえた。からかったのだと気付くまで少しかかり、京介が彼女を見ると、緑の目がそっと水面へ逃げた。
糸がぴんと張った。
京介は竿を上げた。水しぶきの中から、小さな魚が跳ねる。背びれが扇のように広がり、腹が銀色に光った。
「よし、ハネビレ!」
「……一回で釣れたわね」
「もう一回だな?」
「そうね。約束だから、仕方ないわ」
仕方ないと言いながら、まいは魚を入れる桶を日陰へ移した。
四人分と貸し竿の礼を釣ると、京介は竿を返した。シェリルは給水係から塩を分けてもらい、代わりに小屋の杯を洗った。
太陽は真上に近かった。給水小屋の焚き場へ魚を並べると、京介の口数が減った。魚を回す指は、サイコロを投げるときより慎重だった。
「宝にそれくらい集中すればいいのに」
まいが言った。
「宝は焦げないだろ」
「焼くつもりないからね」
香ばしいにおいが立った。
マリアが身を乗り出す。きつね色になった皮から、汁が小さくはぜた。
京介は一本を持ち上げた。
「よし。熱いから、端っこから――」
「いいにおいだなあ」
背後に声がした。
サキトが木の向こうに立っていた。その後ろでハリナが水袋を外す。膝まで土に汚れた二人の靴は、市場の赤っぽい石灰をまとっていた。
「市場へ行ったんじゃないのか」
「行ったよ。一度、給水に戻った」
ハリナが答え、小屋の壁に水袋を預けた。サキトは、京介たちのそばに立てかけられた貸し竿を見る。
「橋を作ったあとに昼飯まで作るのか。忙しいな」
「ついでだよ」
京介は魚を裏返した。橋が開くまでにあった差で、二人は下見を一巡させていたらしい。焦げていない腹をまた火へ向けかけ、慌てて戻す。
さらに、巻き図を背負った青年が顔を出した。別の二人も続いてくる。魚のにおいには、道しるべにない道を人に歩かせる力があった。
サキトは懐から小袋を取り出した。
「燻した木の実ならある。魚半分と交換しないか」
「うちには果物があるよ」
巻き図の青年が、丸い実を二つ持ち上げる。
「だめだ。数はぴったり――」
言いかけた京介の前で、シェリルが自分の魚を見た。
「少しずつなら、皆さんに」
シェリルは魚を載せた葉を広げた。
「待って。あたしたちの分まで決めないで」
まいの声に、少女の手が止まった。
「わたしのを、です」
「昨日、力を使って倒れそうだったのに?」
緑の目が伏せられた。京介は串を口へ持っていきかけ、そのまま葉の上へ戻した。
「交換なら、腹は減らない。サキト、その木の実、全部か?」
「一袋。魚半分なら、釣り合うと思う」
「半分を、そっちで分けてくれ。全員に丸ごとは無理だからな」
京介は串を抜いた。一番ぱりっと焼けたところを先に食べるはずだったのに、目の前で皮に線が入る。惜しい。
それを顔に出さないよう、代わりに大声を出した。
「腹いっぱい食いたいやつには、場所を教える。竿は係に聞いて借りろよ!」
青年たちが葉を差し出した。シェリルは受け取った木の実を四人の間に置き、自分の魚をしばらく見つめてから、一口食べた。まいはそれを横目で見て、何も言わなかった。
「皮がぱりぱりです」
シェリルが目を丸くした。まいも二口食べ、残りの身を少し切り分けて、青年の果物と換えた。
マリアは魚の身と、交換した果物の小片を交互に食べていた。
一口。少し考える。もう一口。
唇の端が、ほんのわずかに上がった。
「いま、笑ったか?」
京介が尋ねると、マリアは自分の頬に指を当てた。
「そう見えた?」
「ああ」
「じゃあ、そうかもしれない。塩のあとに甘いのが来ると、おいしい」
焚き場の周りでは、参加者たちが市場跡の話をしていた。古い店の床に色石がある。石の井戸から金属の音がした。ガッポリーノの紋章を見た者がいる。話す人ごとに宝の大きさが増え、最後は市場全体が金でできているようになった。
京介は魚の骨を脇へ寄せた。
「実際に見たのはどれだ?」
そう聞くと、二人が黙り、一人が笑った。ハリナは膝の上の図面を裏返した。
「北の床には行った。水の線がある」
「そこ、描いてきたんだろ」
京介の視線の先で、彼女は図面を畳んだ。紙の折り目は、角を揃えて四つに重なる。
「距離を取っただけ。古い図とは合わなかった」
「見せてくれたら――」
「魚のお代は、もう渡したよ」
サキトは指についた塩を払った。片眉の傷のせいで、笑うと片側だけ顔が上がる。
京介は口をつぐんだ。まいはそこで、わざと大きく魚の身をかじった。
「場所まで教えてもらったし、食べ終わったら行きましょ。写しも全部ほしいっていうのは、虫がよすぎるわ」
「まいは、そう思ってるのか」
「一口で全部もらえるなら、あたしがあと一匹釣ってる」
ハリナが初めて声を出して笑った。
「それでも、この紙は売らない」
京介は魚の骨を揃えた。食卓の向こうで図面がサキトの荷に移る。その手渡しだけが、妙にはっきり見えた。
「よくない噂もあるぞ」
青年が声を落とす。
「紫の上着の女と、眼鏡の男と、大男が先に行った。丸い何かを押してた」
まいの眉が上がった。
「丸い何か?」
「大きい、丸い何か。目が回るくらいの」
京介は魚を食べ終えた。
朝から集まったライバルの中で、いちばん面倒な三人を、魚のにおいは呼び寄せなかったらしい。
それはそれで、不吉だった。
*
旧市場の入り口には、屋根だけになった門が立っていた。
敷居に車輪の跡がくぼみ、木の根と草に埋まった石畳へ、商売人の声が響いていた。
「ようこそ、幸運のお客様!」
門の向こうで、サタンジョが両腕を広げていた。
えんじ色の羽根帽子が大きい。紫の上着の袖も大きい。背後の、横倒しにした水車のような物は、さらに大きかった。
外側には木の車輪。内側にはぐるりと円い床。床の端に、小さな椅子と荷物箱が固定されている。中央に立つ柱には、手描きの旗がはためいていた。
『本日開店 宝への近道』
その下に、小さく書き足されている。
『お一人でも大歓迎』
まいが扇子で看板を指した。
「大歓迎って書いてある入口から、入りたいと思ったことないわ」
「ご心配なく。わたくしども、昨日とはひと味違います」
プレスケが丸眼鏡を押し上げた。作業服の油染みは昨日と大差ないが、本人は気にしていない。
「本日の自信作、その名もクルクル先回り号。回転する床に乗っていただけば、あっという間に、進むべき方向へお連れします」
京介は門の両側を見た。
市場へ入る道はほかにもある。しかし、この門から北へ続く石畳がいちばん歩きやすい。その上にからくりを置いて、通る者をぐるぐる回して帰らせるつもりらしかった。
ロクシロウが大きな取っ手を握り、上機嫌で胸を張る。
「オイラが回すんだぞ。ゆっくりも速くもできるんだ」
「聞いてないのに動力が分かったわ」
まいが言った。
京介は荷物の肩ひもを締め直した。
後ろから、サキトとハリナ、巻き図の青年が来た。二人の革帽子が門の幅をなぞるように動く。サキトが店の切れ目を顎で指すと、ハリナは無言で彼の荷から図面を受け取り、古い壁の向こうへ回った。
巻き図の青年は、それを見ていなかった。
「回るだけなら、途中で降りられるんじゃないかな」
言いながら、円い床へ足を乗せる。
床が、くるりと回った。
「おおっ」
青年は半周したところで手すりをつかんだ。巻き図の端が床に擦れ、紙の裂ける音がした。放そうとしても体がついていかず、低い出口へ押し出されると、膝をついたまま破れた端を拾った。
サタンジョが笑った。
「どう? 方向転換もできて、気分転換にもなるでしょう!」
「市場に入りたいんだけど」
「入るとは限らないのが、冒険よ」
「ただの通せんぼだろ!」
京介が叫ぶと、サタンジョは扇のように指を開いた。
「足止めは認められておりますもの。そのために手すりも敷物も、わざわざ付けさせたのよ。そちらの紙は、長すぎるんじゃなくて?」
「通る人を戻すために、門を塞いでいいわけないだろ」
「遠回りがお嫌なら、あたくしたちに道を譲ればいいのよ」
サタンジョは、青年の図へ落とした目をすぐに上げた。
プレスケが口を開きかけ、閉じる。ロクシロウの回す取っ手だけが、きいきい鳴った。
まいはその隙に、門の脇へ一歩出た。
からくりの外側から回りこむつもりだ。しかし石畳の端から先は、古い排水溝になっていた。幅は跳べる程度だが、草で底が見えない。
「そこは足を入れるな」
京介が止めた。
「浅く見えて、底の石が抜けてる。昔、雨水を川へ落としてた溝だ」
「あんたの忠告で引き返したら、あんたの勝ち?」
「下、見ろ。石が一枚ない」
まいが草を扇子の先で押すと、刃のように薄い影が川の方へ落ちていた。
「ハリナは、向こうを抜けたのに」
「あっちは店の裏だ。ここから跳んだら、壁の外へ出る」
まいは靴を引いた。敷石へ戻る底の音が強かった。
マリアは、ハリナの消えた壁を指した。
「わたしたちも、横の古い店を抜けたら?」
プレスケの手が、歯車の箱で止まった。
サタンジョが、低い声で名前を呼んだ。
「プレスケ」
「いま修正いたします。ロクシロウ、取っ手を二番の溝へ」
「二番って、上から? 下から?」
「書いてある数字をご覧なさい」
「回ってるから読めないぞ」
円い床の外側が持ち上がった。
それまで地面に接していた四つの小さな車輪が、石畳の上に姿を現す。クルクル先回り号は、その名のとおり、回るだけでなく先回りもできるらしい。
「ロクシロウ、待ちなさい。そっちは――」
「アネゴ、回るところが増えたぞ!」
からくりが、ぎこちなく前へ転がりだした。
京介は後ろの参加者へ腕を振った。
「下がれ! 門の外へ!」
木の車輪が石畳のくぼみに入り、横へ跳ねた。円い床が回り、全体も回る。サタンジョの帽子の羽根は、風向きを決められず、右へ左へ激しく揺れた。
「違う、そういう派手さは注文してないわ!」
「少々お待ちください、床と車輪の回転が、計算より仲良く……!」
「仲直りさせる前に止めなさい!」
からくりは、門を抜けた広場で大きく曲がった。
その進路には、地図を広げていた青年が残っていた。長い巻き図が足へ絡みつき、よけようとするほどほどけていく。
京介は走った。
「図は置け!」
「でも、これ、借り物で」
「巻くな、こっちへ投げろ!」
青年の腕をつかんで引き寄せる。シェリルが飛び出してきて、もう片方の肩を支えた。まいが靴先で巻き図の端を踏み、風で広がるのを止める。
木の車輪が青年の靴の踵をかすめた。泥が京介の頬へ跳ね、木の軸から伸びた留め金が、さっきまで人のいた石を引っかいていく。
すれ違う瞬間、箱のひとつが開いた。
中から転がり出たのは、きらきらと光る石だった。
まいの目が、反射的にそちらへ向く。
「……!」
「まい!」
「分かってる!」
彼女は光る石ではなく、青年の巻き図を拾った。
からくりは広場の中央へ出た。そこには、半円形に沈んだ古い荷下ろし場がある。雨水は抜けているが、縁には段差があった。
このままでは、車輪の片側だけが落ちる。
サキトが門の柱へ縄を回していた。輪にして投げた端がからくりの横枠へ掛かるが、車輪は縄を引きずったまま荷下ろし場へ近づいていく。
「あと半回転で落ちる!」
サキトの靴が石を擦った。京介は彼の手元へ飛びつきかけ、縄が引く角度を見た。車輪を横へ振るには、敷石の溝にはまった縁を浮かせなければならない。
からくりは、五歩の範囲へ迫っていた。京介はポーチからサイコロWを取り出した。
まいがすぐに気付く。
「何が出るか分からないんでしょ!」
「ああ。だから、みんな離れろ! オレの周りから!」
シェリルが青年を連れて下がる。まいも巻き図を抱えて退いた。
サキトは柱の側へ身を寄せた。京介は車輪と並ぶように走り、荷下ろし場の縁へ背を向けずに腰を落とす。粉でも、くしゃみでも、出たあとは自分の手で止めるしかない。
足元の隙間を避け、白い二個を掌に載せた。
サイコロを投げた。
石の上で白い二個が跳ね、止まる。
一と五。
合計は六。
京介のブーツが、地面から離れた。
「うおっ」
からくりが、ふわりと上がった。近くの落ち葉も、転がっていた光る石も、足元の小石も、そろって腰ほどの高さへ浮く。
サタンジョの帽子が、頭に乗ったままさらに高くなる。
「今度は上に行くの!?」
「三秒だ!」
京介は浮いた体を前へ倒し、横枠に掛かった縄を車輪の縁へ引き上げた。
「引け!」
柱の向こうでサキトの背が沈む。張った縄に引かれ、地面を離れた車輪が横へ振れた。京介の体も一緒に持っていかれ、木の枠が胸に当たる。
沈んだ床の縁が、足の下からずれた。
ロクシロウは取っ手にぶら下がり、プレスケは眼鏡を押さえた。
まいが叫ぶ。
「着くわよ!」
京介は手を離し、膝を曲げた。
ブーツが石へ落ちる。からくりも落ちる。
どしん。
車輪は沈んだ場所の外側へ向いた。前の勢いを失い、二回、ゆっくり揺れた。
止まった。
京介は息を吐き、両手を膝に置いた。
「よし……」
その次の瞬間、円い床だけが最後の一回転をした。
サタンジョ、プレスケ、ロクシロウが、柔らかい出口の敷物へ順番に送り出された。
最初に羽根帽子。
次に丸眼鏡。
最後に、大きな尻。
どす、ぱす、ぼふん。
サタンジョは起き上がろうとした。手をついた敷物の端で、巻き図の切れ端が風に揺れている。その向こうの石には、留め金が削った白い跡が残っていた。
「……プレスケ」
「分かっております」
プレスケは眼鏡を外した。片方のつるを直す指が、二度、滑った。
「図の方にも、お詫びを」
「その前に車輪を止めて。まだ動いてるわ」
今度のサタンジョの声に、飾った調子はなかった。
ロクシロウが、転がっていた楔を車輪へ押し込んだ。
京介はしゃがみ、二個のサイコロを探した。片方は敷石の間で角だけを見せていた。爪を入れると石の粉が詰まり、二度目にようやく取り出せた。
背中で、縄をほどく音がする。
「サキト。助かった」
「縄、回してくれてよかった」
サキトは手早く輪を作って肩へ掛けた。掌についた泥を膝で拭い、京介が立つのを待たず、北の通りへ顔を向ける。
「ハリナは?」
「先に行ってる」
「こういうときも?」
「俺が残っただろ」
京介は、ポーチの口を閉じ損ねた。
サキトは振り返って手を上げ、そのまま走り出した。木陰の切れ目を抜ける足取りに、無駄がない。京介は一度だけ追う形に体を向けたが、足元に、巻き図の切れ端が落ちていた。
顔を上げると、まいが手を差し出していた。
「立てる?」
「立ってるぞ」
「じゃ、これ」
光る石が、掌へ置かれた。
透き通った青。小指の先ほどの大きさだ。
京介はまいを見た。
「いいのか?」
「ガラス。箱から落ちたから、あいつらの私物でしょ。返してきて」
まいはわざとらしく扇子を開いた。
「市場の宝を見つけた数には、入れないから」
京介は青いガラスを握り、転がった部品の山を見た。
「やり直しだな、勝負」
「向こうは、待ってくれないわよ」
まいは北の通りを見た。今度は京介も、言い返せなかった。
*
しばらくあと、クルクル先回り号は市場の裏手へ引き込まれていた。
プレスケが車輪の間へ頭を突っ込み、ロクシロウが床を押さえ、サタンジョが羽根帽子の形を直している。
「敗因を述べなさい」
「移動の留め金が、回転の軸に触れておりました」
プレスケは外した部品を並べた。曲がった針金の先へ、長い図から裂けた紙が絡んでいる。
「そこを、直せばいいのね」
「はい。ただ、次は、人を乗せる前に――」
「乗せない」
ロクシロウが言った。
サタンジョは彼を見た。大きな両手が円い床を押さえたまま、動いていない。
「止める取っ手ができるまで、オイラは回さないぞ」
短い沈黙が、荷台の下へ落ちた。
「……そうしなさい」
サタンジョは、帽子の羽根の先を折れた軸へ向けた。
「ここに、新しいのをつける。今度こそ、あたくしが止めろと言ったら止まるものを」
ロクシロウが、からくりの椅子に座ってみた。
円い床は半分壊れていたが、外側の車輪はまだ動く。足を伸ばすと、荷台はごろりと少し進んだ。
「アネゴ。これ、回る床をやめたら、荷物いっぱい運べるんじゃないか」
「お宝を?」
「お客さんも。見世物小屋の道具も」
サタンジョは口を閉じた。
木で組んだ舞台。折り畳みの椅子。雨をしのぐきれいな天幕。そこへ人を呼ぶ、音の大きなからくり。
彼女は帽子の羽根を立て直した。
「……まず、お金を手に入れるのよ。それから、回す床と回さない床を別々に作るの」
ロクシロウの腹が鳴った。
サタンジョとプレスケが、同時に彼を見る。
「悪かったぞ。オイラ、魚のにおいがするたびに腹が鳴るんだ」
「においだけで足止めされるなんて、あたくしたちの機械より安上がりじゃないの」
サタンジョは足元の青いガラスを拾った。
京介が返してきたものだ。宝石そっくりの、見世物に使う飾り。
泥を拭けば、まだ光った。
見回りの係が通りかかり、傷のついた門柱を指した。プレスケは帽子を取る代わりに、作業布を胸へ引き寄せた。
「直す木材は、こちらで出します。図の修繕も」
「そっちの荷に名前を結んでおいてくれ。あとで話を聞く」
係が去ると、サタンジョは財布を開いた。中の硬貨を数え、閉じ、もう一度開く。
「次は、お宝で荷車いっぱいだからね」
返事の代わりに木槌が鳴った。今回は拍手に似ていなかった。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




