第2話「開会式から大さわぎ!」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
王城の広場に着くと、最前列はすでに埋まっていた。
京介は、参加証を握りしめる。
早く着いて堂々と立つ予定だった。実際には、途中で看板とパンとからくりに足を止められ、立って見える場所を探すところから始まった。
広場の真ん中には、木の柵で囲まれた細長い区画がある。浅い砂地と低い台、小さな木箱が並んでいた。
その向こうに、星柄の旗が掛けられた壇。
まいは柵を見るなり、楽しそうに目を細めた。
「腕試しもあるのね」
「宝の持ち帰り競争だ。開会式の見本用だけど、勝ったやつは前に立てる」
「さっきの看板には詳しくなかったのに、そういうのは知ってるんだ」
「大事な情報だからな!」
見本競技の札には、優勝や宝の所有権には関係しない、と小さく書かれていた。
京介も、そこは承知している。
けれど、最初に名前を覚えてもらう機会は大切だった。
参加の札を取ろうとしたところで、小さな声がした。
「あの……その、札は、ひとり一枚で……」
京介が目を向けると、薄青いローブの少女がいた。
大きな肩のふくらみから、四角い留め具が前と裾へ並ぶ。亜麻色の長い髪は真っすぐで、青いヘアバンドに押さえられていた。緑の目が、京介の手と、札を交互に見ている。
京介は手元を見た。
重なっていた札を、二枚まとめて取っていた。
「おっと、悪い。こっちは戻す」
「いえ、その……よかったです」
少女は胸に抱えた本を、少し持ち上げた。表紙には六つの点が、サイコロの目のように並んでいる。
「きみも参加者か?」
「はい。シェリルといいます。魔法使い養成学校で、勉強しています」
「オレは京介。探検家養成学校だ。学校同士、よろしくな」
「あたしは、まい。よろしく、シェリル」
「京介さん、まいさん。よろしくお願いします」
シェリルは二人を順に見て、参加札を握り直した。
まいが、軽く顔を傾ける。
「一人で来たの?」
「船では学校の皆さんと一緒でした。大会に参加するのは、わたしだけですけれど……受付の手続きも、泊まるところも、教えていただいたので」
「そう。いくつ?」
「十四歳です」
京介は、四つ年下の少女を見た。
自分よりずっと静かで、ずっと小さな荷物で、海を越えて来たのだ。
「何か困ったら、聞いてくれ。この島のことなら任せろ」
「ありがとうございます」
「ただし今日の通行止め以外ね」
まいが添えた。
京介は聞こえなかったことにした。
シェリルの本から、細長い紙が覗いていた。点と曲線がいくつも描かれ、普通の地図とは違う字が添えてある。
「地図か、それ?」
「あ、これは、古代の航路図の写しです。ルーク先生に教わったところで……まだ、全部は読めないのですけれど」
「古代? 遺跡へ行くつもりなのか」
シェリルは本を抱き直した。
「はい。ガッポリーノの財宝を、探したいんです」
「ふうん」
まいの声が、少しだけ変わった。
明るい笑顔はそのままなのに、競争相手を測る色が加わる。
京介にも、それは分かった。
シェリルが抱き直した本の端で、航路図の紙が揺れた。京介はもう少し見たいと思ったが、まいの目も同じ紙を追っていることに気付き、尋ねるのをやめた。
鐘が鳴った。
星柄の幕が開き、壇上に王が現れた。
ワクワーク五世は、想像よりも小柄だった。けれど、腕を広げたときのマントは、想像よりずっと大きかった。
「ようこそ、ザックリ島へ!」
声が広場の隅まで届く。
「待ちに待った、宝さがし大会である!」
歓声が上がった。京介も負けずに声を張り上げる。
王の隣には、細身の副官が立っていた。ぴんと伸びた背筋と、書類を持つ手の角度が、妙にきちんとしている。
「開始は明日の朝、終了は七日目の日没。この広場に宝と発見票を持ち帰ってください。副官のトトノエです」
「一番たくさん集めたやつが勝ちか?」
客席の声に、王が身を乗り出した。
「余が、最もすごいと認めた者が優勝だ!」
京介の背筋が伸びた。すごい、なら任せてほしい。何をすればそう見えるか、目の前の王を見ながら考える。
「個人戦で、優勝者は一人です。途中の協力は自由。大会対象の宝は、誰が発見した品も、すべて優勝者のものになります」
ざわめきが広場を渡った。
正面の人垣に青糸の革帽子が見える。サキトは腕を組み、口元を緩めていた。隣のハリナは配られた規則の紙に目を落とす。
「自分が見つけたものまで取られる、ってことね」
まいが呟いた。腰の小袋を、腕でそっと隠している。
「持参した私物や持ち主のいる品、生活の道具、公共設備、誰かの治療に必要な品は対象外です。古い井戸のふたなどは、どうぞその場に残してください」
前にいた男が、鉛筆で何かを消した。
トトノエは一呼吸置いて、紙を下ろした。
「発見票には立会人を。工夫による足止めは認めますが、人に大けがを負わせた者は失格です。最後まで、審査をするのは王様お一人。万一その判定が行われなければ、宝は一時預かり、元の権利を調べたうえで発見者と扱いを協議します。私が代わりに優勝者を選ぶことはありません」
「判定はするぞ!」
王が胸を張ると、人々から笑いが返った。
京介も笑いかけたが、まいは規則の紙を見ていた。『すべて優勝者のもの』の一行へ、爪を軽く当てている。
「あんた、まだ笑える?」
「勝てばいいんだろ」
「簡単そうに言うわね」
すぐ前で、ハリナがサキトへ紙を渡した。
「船一隻に届くかな」
「届かせるさ。雇われで荷を上げるのは、そろそろ終わりにしたい」
サキトの声は、騒がしい広場でも聞き取れた。こちらへ言った言葉ではない。それが、京介の耳に残った。
シェリルは隣で規則に線を引いていた。細い指が止まり、『治療に必要な品』のところを読み返してから、丁寧に紙を畳んだ。
王は、広場の北の向こうへ目を向けた。
ジャングルの緑。その奥にかすむ断崖。そして、青い空。
「島の奥には、開かれていない道がある。古代の人々が残した、大きな、大きな夢が眠っておる。余は、諸君の知恵を信じている!」
その声に、京介の胸が熱くなった。
学校の教室の地図ではなく、まだ白いままの場所へ。
誰も知らない何かを、最初に見る。
王が何を見上げているかまでは、気に留めなかった。
*
見本競技の目的は、砂地の先にある木箱を取り、出発線まで持ち帰ることだった。
箱の中には、『大会の規則を読みましょう』と書かれた紙が入っていた。そこに金貨を入れたがった王と、それを止めた副官の会話が、京介にもだいたい想像できる。
出場者は順に組み分けされる。京介、まい、サタンジョの組になると、周囲から妙に大きな拍手が起こった。
さっき市場でからくりを見た人が、また何か起きると期待しているらしい。
「お宝先取り一号、競技仕様でございます!」
プレスケは柵の外から、からくりの板の手を示した。
旗は短くなり、サタンジョの帽子は少し曲がっている。
「乗り物は、相手を押さなければ使ってかまいません。助手は区画の外にいてください」
係の言葉に、プレスケとロクシロウが両手を上げた。
サタンジョは一人、堂々と座席に座る。
まいは扇子を軽く開いた。
京介はブーツの底を砂にこすりつけた。足が沈む深さ、砂の乾き方、箱までの距離。頭の中に道筋ができる。
能力を使わなくても走れる。
それでも、人々の前で大きく勝ちたいという気持ちが、腰の袋へ手を伸ばさせた。
「サイコロ?」
まいが目を向ける。
「オレの骨能力だ。賽の目ギャンブラー」
「結果まで、運任せってこと?」
「運を呼びこむのも実力のうち!」
京介は自信たっぷりに答えた。
運に、呼ばれた自覚があるかは分からない。
開始の笛が鳴った。
まいが駆け出す。
からくりの車輪が、がたごと回る。
京介は力を引き出す感覚を腹の奥でつかみ、二つのサイコロを、線の内側に敷かれた平らな板へ投げた。
白い角が跳ねる。
二つとも、二。
「ゾロ目!」
京介の向いた方向へ、風がどん、と押し出された。
届く範囲は、自分を中心に五歩ほど。その中の砂と服の裾が、同じ向きにはためく。
合計四の効果は、向いた方へ押す風。
いつもなら三秒で終わる。しかし、同じ目が二つなら、十二秒続く。
長く続けば得だとは限らない。
風に背を押された京介は、一気にまいへ追いついた。そこまでは、実に格好よかった。
問題は、京介が嬉しくて、横を向いたことだ。
「どうだ、まい――うおっ!」
横へ向いた風に、体まで押される。
あわてて正面へ戻ると、また前へ。
「顔ごと曲がるな!」
「その助言、あたしが言いたいわよ!」
まいが怒鳴り返した。
そこで、風がやんだ。
十二秒は終わった。しかし、押されてついた勢いは、すぐには消えない。京介は砂を蹴り、走る向きを立て直した。
木箱が目の前に迫る。
サタンジョのからくりも、横から板の手を伸ばしてきた。大きな手は京介より先に箱へ届き、ぱたんと指を閉じる。
「いただきよ!」
持ち上げたのは、箱のふただった。
肝心の箱は、その場に残っている。
「プレスケ! 底は!」
「つかむ位置を、少し下へ!」
「先に言いなさい!」
まいが箱へ踏みこんだ。
その瞬間、彼女の扇子に、真っ赤な炎が咲いた。
炎は腕を伝うように広がり、木箱の向こうで大きくうねる。小さな家ほどの赤い壁が、京介の行く手に立ち上がった。
「燃えた!?」
京介は、とっさに水場の方へ顔を向けた。
足を止めたその横で、サタンジョも炎に驚き、車輪を急に切った。小さな車輪は砂に食いこみ、前の手が地面に突っかかる。
がこん。
からくりは止まり、板の手だけが、勢いよく前へ倒れた。
その手に、ふたを載せたままで。
板の手が砂をえぐり、座席の片側が浮いた。
京介は身を低くして潜り込み、車体の横枠をつかんだ。重みが肩へ食い込む。サタンジョが立とうとして、座席がさらに傾いた。
「座ってろ! 足を上げろ!」
サタンジョの踵が砂を離れる。京介は枠に押されながら横へ踏み、片膝をついた。木が軋み、車体がゆっくり倒れてくる。喉から声を出して受け流すと、座席の背が砂へ触れ、ようやく重みが抜けた。
サタンジョの帽子が、顔までずり落ちた。
京介は枠から手を離せなかった。指がこわばっている。柵の外でプレスケが叫び、ロクシロウが枠を押さえに来た。
「そっち、持ったぞ」
その声で、やっと立ち上がる。
目の前には、まだ赤い炎があった。
けれど、汗をかいた頬に熱が来ない。木も焦げず、煙も上がらない。その向こうを、箱を抱えたまいが走っていた。
「幻……?」
扇子が閉じられ、炎が薄い紙のように消えた。
京介は追おうとして、出発線に置いたサイコロを思い出す。二つとも拾うまで、次は使えない。まいはもう半分以上戻っている。
それでも追った。砂を蹴るたび、重いブーツが半歩ぶん沈む。彼女が木箱を線の外に置いたとき、京介の指先は、その背中にも届いていなかった。
拍手が起きた。
まいが胸を張って一礼しかけ、片手を腰へ戻す。京介は隣で両膝に手をついた。息が喉に引っ掛かる。顔を上げると、まいは競技場の横倒しの車体を見ていた。
「座席、大丈夫だった?」
「見れば分かるだろ」
思ったより尖った声が出た。
まいの目が京介へ戻る。
「火に気を取られて、車が倒れたんだぞ」
「倒れるとは思わなかったわ。こけおどし大火炎は、見えるだけ。熱も煙もないの」
「先に教えろよ」
「教えたら、引っ掛からないでしょ」
正しい答えなのが、いっそう腹立たしかった。
「オレがあっちを支えてる間に――」
まいの扇子を持つ手が止まった。
「だから、あたしも待つべきだった?」
言いかけた言葉を、自分で聞きたくなくなった。京介は歯を食いしばる。
誰かに頼まれたから横枠をつかんだわけではなかった。転がる座席へ体が動いた。それを今、彼女に差し出して勝ちを取り返そうとしている。
「……いや」
顔を横へ向けると、最前列のサキトと目が合った。腕を組んだまま、京介の立つ場所と出発線のサイコロを交互に見ていた。
「助けたことを、負けた理由にしたくない」
「そう」
まいは扇子を閉じた。
「でも、悔しいんだよ!」
「それは、あたしに言われても困るわ」
彼女の耳飾りが揺れた。口元には勝った者の笑いがあり、その目はすぐには京介から離れなかった。
係が賞品の札を持って来た。まいが受け取るあいだ、京介は出発線へ戻り、砂の付いたサイコロを一つずつ拾った。
賽の目ギャンブラーは、一日に三回。夜明けに三回へ戻り、残った回数は持ち越せない。今日の分は、あと二回だ。袋の中で二個がぶつかると、その音まで人に聞かせたくなくて、口を強く結んだ。
トトノエは倒れたからくりの横にいた。
「けがはありませんか」
「あるわ。あたくしの威厳に」
サタンジョが帽子の砂を落とす。副官は車体の前についた大きな手を見た。
「競技区画の外へ運び出してください。修理する場所を案内します」
「威厳のほうは?」
「そちらは、ご自身で」
周囲が笑った。サタンジョは立ち上がりかけ、京介へ目を向けた。
「あんた、手を放すのが一拍遅かったら、あたくしごと倒してたわよ」
「放したら、本当に倒れてたんだぞ!」
ロクシロウが車体の端を持ち上げながら、京介へ頷いた。サタンジョは帽子をかぶり直し、今度は礼とも文句ともつかない声で、何か短く言った。
聞き返す前に、次の組の笛が鳴った。
*
開会式が終わるころ、広場には午後の影が落ち始めていた。
まいが引換券を京介の目の前で振った。見本競技の賞品は、三枚つづりの飲み物の券だった。
「シェリルには渡した。あんたもいる?」
京介は券を見た。受け取るだけで、今の不機嫌までなくなったことにされそうだった。
喉は、ひどく渇いている。
「いる」
「さっきより元気ないわね」
「負けた直後だからな」
「じゃ、冷たいのを飲んで」
まいは券を押しつけた。指が触れる寸前に手を引き、先に屋台へ向かう。京介は券を折りかけて、伸ばした。
三人は果物水の屋台の前へ並んだ。シェリルは礼を言って、薄い色の飲み物を両手で持った。
「すごかったです、まいさん。あんなに大きな炎、どうやって形を保つんですか」
「慣れね。見える範囲なら、二十歩くらい先まで作れる。でも、一分も続ければ、かなりくたびれるわ」
「魔法の灯りとは違って、木箱の下が明るくなっていなかったので……不思議でした」
「周りを照らす力はないの。暗い穴でやっても、見えるのは火の形だけ」
京介は果物水を飲みながら、木箱の下の影を思い出した。あんなに明るい炎だったのに、足元の影は消えなかった。シェリルはそこを見ていたのか。
彼女の抱えた本へ目が行く。今日は静かにしているこの少女とも、明日には同じ物へ手を伸ばすことになる。
「シェリルは、ああいう競争は出ないのか?」
「はい。人とぶつかったり、倒したりするのは……少し苦手で」
「走るだけでもよかったんだぞ」
「でも、箱が一つだったので」
なるほど、と京介は思った。
この大会では、同じ宝へ何人も手を伸ばす。それが分かっていて、彼女はここへ来たのだ。
何のために、とは聞かなかった。まいの手掛かりと同じように、話したくない理由があるかもしれない。
そのとき、屋台の脇で、硬貨の落ちる音がした。
銀灰色の短い髪をした少女が、足元を見ていた。あごの下で切りそろえられた髪の耳元に、細い編み房が一本。深緑の上衣を帯で留め、その下に紺の長いスカートが広がっている。
眠たげな紫灰色の目は、落ちた硬貨を追っていなかった。
代わりに、手に持った二枚の引換札を見比べていた。
「飲み物は、どちらでも同じ?」
屋台の人が、頷く。
「赤い札なら甘い果物水。白い札なら、ただの水だよ」
「わたしは、甘いほうが好き?」
「それは……飲んでみないとね」
京介が転がった硬貨を拾い、差し出した。
「落ちたぞ」
「ありがとう」
少女は硬貨を受け取り、赤い札を出した。
ひと口飲み、少しだけ首を傾ける。
「冷たい」
「味はどうだ?」
京介が聞くと、少女はもうひと口飲んだ。
「飲める」
「すごく幅の広い感想だな」
まいが笑いかけたとき、少女の胸元から小さな参加証が見えた。
同じサイコロ型だった。
「きみも、宝さがしか?」
「うん。マリア」
「オレは京介。こっちは、まいとシェリル」
「マリアさん、よろしくお願いします」
シェリルが頭を下げた。
マリアは三人を順番に見て、頷いた。
荷袋の口から、水晶玉を包む厚い布が覗いている。その脇に、折り畳まれた紙が一枚。
風にめくれた端に、星と波を組み合わせた模様が見えた。
京介の目に留まったのは、一瞬だけだった。
マリアは紙を押さえ、果物水をもうひと口飲んだ。
「名前は、覚えた」
淡々とした声だった。
ただ、その言葉を言うまで、ほかの誰より少し長く、三人の顔を見ていた。
*
その日の夕方、城下の空き地では、三人だけの反省会が開かれていた。
議長はサタンジョ。議題は、なぜあたくしが砂まみれになったのか。
「わたくしの考えでは、予想外の横風が原因です」
プレスケは、欠けた歯車を並べながら言った。
「横風くらいで倒れるようでは、島を一周できないでしょう!」
「島を一周する予定は、まだ設計に入っておりません」
「今、入れなさい」
「紙の上なら、すぐに」
ロクシロウが、車体の横板を外した。
「アネゴ、ここ、飾りが重すぎたと思うぞ」
きらきらする金属板が、がらがらと落ちる。
プレスケは目を丸くした。
「これほど付け足していたのですか。道理で、重心が……」
「お宝を手にする者には、相応の輝きが必要なのよ」
「重い飾り、外すぞ」
ロクシロウは返事を待たずに板を下ろした。飾りの下から、折れかけた細い横木が現れる。プレスケが眼鏡を押し上げ、その断面に指を寄せた。
サタンジョも黙った。
車輪の代金だけで、持ってきた財布はずいぶん薄くなっている。広場から運び出す間に、外れた板が店の荷台へ当たり、その修理代まで請求された。派手に登場したところまではよかったのだ。
「取り返すわよ」
サタンジョは、床に散った飾りを踏まないように跨いだ。
「明日からが本番よ。あたくしたちの見世物小屋には、大きな舞台が必要なの。雨漏りしない屋根も、座って見られる客席も」
「働くからくりを見せる場所も、欲しいですねえ」
「オイラ、屋台で焼いたお菓子を配る係がいいな」
「配ってどうするの。売るのよ」
「一口くらい、味見してもらってもいいだろ」
三人は、しばらく完成前の見世物小屋を思い描いた。
遠くの道を行く旅人が、壊れたからくりをちらりと見て、足を速めた。サタンジョはその背中を睨む。完成した天幕の前なら、あの足も止まるはずだった。
サタンジョは帽子の羽根を直した。
「そのためにも、お宝よ。明日は勝つ。次は荷車いっぱいよ!」
「荷車から直すよ、アネゴ」
ロクシロウの言うとおりだった。
*
夜、京介は学校の宿舎で地形図を広げた。
明日の出発点から北の休憩所まで、指で道をたどる。
早さなら西の坂。足元のよさなら中央の道。東の低地は、雨のあとには避けたほうがいい。
地図の隅に、今日見た通行止めを書き加えた。
実地帳面を開き、『第一日』と書きかけて線を引いた。今日はまだ準備日だ。大会すら始まっていない。
その下へ、風が自分の顔の向きにつられることを書いた。知っていたはずなのに、人に見せようとして忘れた。
次の行に『救助』と書き、鉛筆を止めた。
窓から夜風が入る。指で押さえた紙の向こうに、勝ったまいの顔が浮かんだ。箱を運ぶ足の速さも、振り返ったときの目も。
救助の二文字は消さなかった。その隣に、『競技は負け』と書き足した。
字が妙に大きくなり、次の欄まではみ出した。
窓の向こうに、王城の明かりが見える。
その上には星があった。
京介はまだ、地図の中の北ばかりを見ていた。
「待ってろ、ガッポリーノ」
大昔の海賊に向かって言い、京介は帳面を閉じた。
「オレが見つけてやるからな」
机の脇には、明日の朝食として配られた紙包みがあった。
開くと、ほしぶどうパンだった。
京介は無言で包み直した。
大冒険は、翌朝のパン交換交渉から始まることになった。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




