第24話「お宝の話は終わらない」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
城の広場に着いたのは、日没よりずいぶん早い午後だった。
それでも受付の列は門まで延び、京介たちは最後尾へ並ぶ前に三度呼び止められた。空を飛んだ銀のものは何か。王はどこか。地下から財宝を全部積んできたのか。
「全部なんて、この荷車に載るか!」
京介が答えると、列の先から声がした。
「で、おまえの一個は載ってるのか」
青い縫い糸の革帽子が見えた。
サキトは低い石塀に腰掛け、細長い包みを膝へ載せている。ハリナは隣に立ち、銀の盤の縁を柔らかな布で拭いていた。
「先に出したのか」
「朝一番。傷も増えてない」
サキトが包みを開く。
銀の天測盤は、城で見るとまた違った。森の緑も地下の暗がりもなく、薄い円の中へ澄んだ空が入っている。刻まれた目盛りをなぞる針と、折り畳まれた小さな腕。宝庫で見たときより、手で使った道具の形がくっきりしていた。
京介は腰へ手をやり、そこで止める。
「落とした」
「何を」
「航路印。発射竪穴に」
サキトの顔から笑みが消えた。
ハリナが布を畳む。
「取りに戻れる場所?」
「無理だ。箱ごと落ちた」
「登録は?」
「残ってる。班長も見てる」
サキトは天測盤を膝へ戻した。
「そうか」
それだけだった。
京介は空いている左手を握り、開いた。
「持って帰るところは、そっちが先だったな」
「当たり前だろ。それ込みで動いた」
サキトの声は変わらなかった。「見つけたら終わりじゃ、引揚げの仕事にならない」
「……うん」
横からまいが口を出しかけたが、京介が首を振った。
サキトは彼の右手を見た。何か聞きかけ、代わりに天測盤を光へ傾ける。
「見せたかったな。並べて」
「オレのほうが光ったぞ」
「金だからな。光ればいいなら、あっちの焼き鍋も強い」
「鍋と一緒にするな!」
ハリナが二人の間へ布を差し込んだ。
「唾が飛ぶ。いま磨いた」
京介が口を閉じると、城のほうからトトノエが歩いてきた。サキトは立ち上がり、今度は笑わずに聞いた。
「王は、本当にあれで出たのか」
「はい。日没の審査について、時刻になりましたら私からお話しします」
「時刻になれば、戻る?」
「戻れません」
サキトの指が包みの端を強く握った。
ハリナは、天測盤を静かに布へ伏せた。
*
広場の端でミチシルベに捕まったとき、京介は一瞬だけ、学校へ戻ったような気がした。
「帰ったな」
「帰った」
「手は」
「切った。もう手当てした」
先生は包帯の外から指先を見て、それから京介の顔を見る。
「報告書には、それも書くように」
「そこ、先に言うのか?」
「見せてもらえるか。地図」
京介は丸めた紙を出した。ミチシルベは広げ、魚の絵のところで止まる。
「この染みは」
「スープ」
「こちらは」
「魚の脂」
「紙まで食事をしたようだ」
まいが背後で吹き出した。
京介は取り返そうとしたが、先生は地図を少し遠ざける。新しい整備道を目で追い、出口の印で指を止めた。
「君が最後に通ったのは、こちらだね」
「そう。古い床が残ってる。運搬の人には、係と入ってもらう」
「この崩れた道は?」
京介は包帯の手を膝へ下ろした。
「オレが崩した。行けると思って、先にやった」
ミチシルベは頷き、地図を返した。
「清書は必要だな。読める字で」
「いまの説明でも足りない?」
「君が隣でずっと説明する地図なら、地図より君を雇ったほうが早い」
「それ、仕事にならないか」
「地図を直してから相談してくれ」
京介は肩を落とした。先生の手が、その肩へ一度触れた。
「まずは、帰ってきてよかった」
顔を上げる前に、先生は列の向こうで呼ばれた。京介は地図を丸め、今度は食べ物の袋と反対側へしまった。
日没の鐘が鳴り始めた。
*
王の椅子は、空いていた。
トトノエはその横へ立ち、鐘が鳴り終わるまで待った。広場の影が長く延び、棚へ載せられた宝の半分を覆っている。
「七日間の宝さがし大会は、ただいまをもって終了します」
人々の声が収まった。
「ワクワーク五世は、古代の星舟で島を離れました。王による判定は行えません。優勝者の指定もなく、代理の審査も規則で認められていません」
サキトが、包みを抱えたまま顔を上げた。
「今回の大会は、無判定です。優勝者は、いません」
初め、音がしなかった。
それから、広場のあちこちで声が上がった。
「ふざけるなよ」
サキトの声は、近くだからよく聞こえた。彼は人の間を前へ出て、銀の盤を抱き直す。
「俺たちは今日のために帰ったんだ。まだ見てない棚も道も、残してきた。間に合わせるために」
トトノエは彼を見た。
「はい」
「戻ってこないなら、最初から開催するなよ!」
その声に、後ろから幾つも声が重なった。旅費を払った者。店を休んだ者。子どもを親戚へ預けてきた者。誰かが受付の机を叩き、係が宝の入った皿を持ち上げた。
ハリナはサキトの隣へ出た。
「私たちは、優勝できると思っていた。負けたら、何が届かなかったか考えられた。見てもらえずに終わったら、それもできない」
京介は王の椅子を見ていた。
喉の奥で、朝に怒鳴った言葉がまた膨らむ。あの丸い顔があったら、同じことをもう一度言っていただろう。
トトノエは封書を開いた。
「王は、ご自身が大会の目的をすべて話さずに人を集め、先走った発進予約によって危険と損失を生じさせた責任を認めています。謝罪と、必要な修復への支払いを書き残しました」
「それで、拍手しろって?」
ハリナの声だった。
「いいえ」
トトノエは紙から顔を上げる。「皆さんの異議も、王へ渡す記録に残します」
「返事は空から来るのかよ」
別の参加者が言った。
「帰還を待つことになります」
また騒ぎが広がった。京介も、腹の底にたまった息を吐く。
誰かがこちらを指した。
「地下で王を助けた連中に、内緒で賞を出してるんじゃないだろうな」
「もらってない!」
京介はすぐ返した。
サキトが振り向いた。京介は人の間を抜け、その横へ出る。
「オレも勝ちたかった。あいつと同じ時間に、ここで見てもらうはずだったんだ」
天測盤の縁が、最後の夕日を拾った。
京介の手には、参加証しかなかった。
しばらくしてサキトが盤を包んだ。ハリナがその端を押さえる。二人は台へ礼をせず、広場の端へ戻った。
京介も戻った。
まいが隣の場所を空け、シェリルは何も言わず、両手で教本を抱き直した。
*
すぐに次の話を始めることはできなかった。
城の窓に灯りが入り、受付の列が短くなってから、トトノエは宝の扱いを告げた。品はいったん預かり、元の持ち主のいるものは返し、大会対象の品は発見者たちと相談する。初日に掲げられていた無判定時の条項を、係が机へ出した。
シェリルが立ったのは、その机に人が集まり始めてからだった。
「ガッポリーノさんの宝庫の分で、お話ししたいことがあります」
朝、柱を持った手には、まだ力が入りきらない。彼女は帳面の写しを台へ置いて開いた。
「井戸と、学校の食事に使いたいんです。遺跡で皆さんにお話しした分を、進めたいです」
まいが彼女の隣へ立つ。京介とマリアも、台へ寄った。
サキトとハリナは少し離れた場所にいた。シェリルは二人を見て、言葉を付け足す。
「天測盤のことまで、お願いしているのではありません」
「そこは、忘れないで」
ハリナが答えた。
シェリルは頷いた。その返事に笑顔を返そうとはしなかった。
帳面の写しには、ガッポリーノの言葉が残っている。
『腹を空かせて宝を眺めるくらいなら、道と飯を作れ』
近くの男が覗き込み、鼻を鳴らした。
「豪勢なことを言う。道具を買う前に、今夜の飯がいるやつもいるぞ」
「はい。食べるものは先に。それから、壊れた井戸を直す人に来てほしいです。わたし、力で桶を上げても、井戸そのものは直せません」
トトノエが村から来た一枚の図を出した。滑車の軸と、崩れた縁の絵だった。
「この相談から始められます。工事を頼む代金と、金銀を運ぶ代金を計算します」
「運ぶほうなら、俺もできる」
男が言う。
少し離れていたサキトが、こちらへ顔を向けた。
「荷の重さと、岸の深さが分かれば、港から先は見積もれる」
「仕事として頼みたいです」
シェリルの声に、サキトは頷いた。
「なら、図を一枚くれ。金額が合ったら受ける」
まいがすぐに京介の地図を押した。
「魚の絵は、休憩所よ」
「説明が必要な地図にするな」
サキトが言った。
「清書する!」
京介の返事に、ハリナの口元が初めて動いた。
マリアは別の受付へ行き、内袋から賢者の石を出した。家から預けられ、本人へ返された記録をトトノエに示す。
「これは、帰るときに持っていく。父と母にも見せたい」
「返却済みで、治療に必要な品としても対象外です。預かり直しません」
石をしまうマリアの指が、編み房の先へ触れた。
「よかった」
その一言で、彼女の肩が下がった。
まいが手を上げる。
「あたしの大水晶も、忘れないで」
台の周りにいた人たちが、一斉に振り向いた。
「あれは欲しいの。ほかのことに使うからって、欲しくなくなったことにはしないわよ」
トトノエが紙へ目を落とす。
「宝庫で希望された、一番大きな無色の水晶ですね」
「そう。それ」
「運び出しに、かなりの費用が要ります」
「働くか、ほかの取り分を減らすかする。相談する気はあるわ。諦める気はないけど」
サタンジョが後ろから顔を出した。
「あたくしたちの荷車なら、載るかしらねえ」
「直してから言ってください、サタンジョ様」
「先に仕事を取るの!」
まいは振り向いた。
「傷をつけたら、運搬代から引くわよ」
「そこは信用なさいな!」
「信用なら、前の道で落としてきたでしょ。拾ってきてからね」
サタンジョが言葉につまった。プレスケは作業服の裾を引き、見積もり用の紙を受け取る。
トトノエは二人へ、前に壊した道と備品の修理額も渡した。救助の作業代とは差し引いて払うという話に、サタンジョは長く紙を見つめた。
「……数字って、嫌なほど記憶がいいわね」
ロクシロウが背後から覗き、指で引き算を始めた。
京介は水晶の絵と井戸の図が並ぶ紙へ名を書いた。まい、シェリル、マリアも続く。持ち主の調査が済んだ宝庫の品から、返還分を除いてこの案を進める。ほかの立会人も、残す金額と運ぶ仕事の欄を読んでから署名した。
*
夕食の長机で、京介は三杯目のスープを前にしていた。
まいは水晶を載せる台の絵を描き、シェリルは井戸の図へ小さな疑問符を足す。マリアは便箋の前に塩菓子を並べ、蜜をつけて食べていた。
「紙、汚れるぞ」
京介が言うと、三人が一斉に彼の地図を見た。
「オレも今は気をつけてる!」
マリアは菓子を一枚、彼の皿へ置いた。
「じゃあ、持ってて」
「預かるだけか?」
「食べていい」
京介がかじると、塩のあとから蜜が来た。
「好きな味も、思い出したんだな」
マリアは自分の菓子を見て、首を少し傾けた。
「思い出した。でも、きょう食べて好きなのは、きょうのわたし」
もう一枚かじってから、マリアは便箋に書き始める。
『お父さん、お母さん。わたしは元気です』
「元気だけじゃ、朝のことが入っていませんね」
シェリルが言った。
「全部書く。何枚になるか、まだ分からない」
マリアは二枚目の便箋を横へ用意した。
京介は空いた王の台へ目を向けた。椅子は、もう運び出されている。
あそこで優勝の挨拶をするところまで、何度も考えていた。最初に島の話をして、学校のやつらを驚かせて、そのあと金の航路印を掲げる。
隣のまいが鉛筆を止めた。
「まだ、悔しい?」
「すごく」
「でしょうね」
「楽しかったのも本当なんだ。だから、余計にさ」
京介は匙を持ち直した。
「勝って終わりたかった」
まいは台の絵の横へ、大水晶の輪郭を強く描き足す。
「あたしも。負けてあげるつもり、最後までなかったわ」
「知ってる」
「次もないから」
「それも知ってる」
シェリルが二人を見て、困ったように笑った。
「次は、審査の方に先に予定を聞きたいです」
「行き先もな。空は困る」
マリアが便箋から顔を上げる。
「宇宙の予定は、三時間前でも遅い」
京介は笑い、その拍子にスープをこぼしかけた。まいがすかさず紙を持ち上げる。
「ほら! 水晶の台が魚味になる!」
「魚味の台にはしない!」
向こうの席でサキトとハリナが、船の値段の紙を広げていた。サキトが一行を指し、ハリナが首を振る。やがて二人とも身を乗り出し、違う船の欄に指を置いた。
京介は参加証を胸へ戻し、皿の残りを食べた。
明日も空腹になる。その次も。
食べ終わったら、まず地図を広げようと思った。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




