エピローグ「お宝バンザイ!」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
二週間後、京介は人生で初めて、自分の書いた字に追いつめられていた。
「これは『北』かね」
ミチシルベが、地図の上へ鉛筆を置く。
「北だ」
「こちらも?」
「魚」
「方角の矢印の隣に魚がいる理由は」
「休憩所の目印。焼き魚がある」
教室の後ろで、まいが顔を伏せた。肩が揺れている。
シェリルは本を持ち上げ、笑う口元を隠そうとして目まで隠した。マリアだけが、じっと地図を見ていた。
「魚も、立派な情報」
「ありがとう、マリア!」
「でも、北とは違う」
京介は鉛筆を取った。
清書したつもりの地図には、もう赤い印が三つ付いている。報告書の最初の版は武勇伝が長すぎた。次は削りすぎて、入口から出口まで一息で着いたようになった。いま机にあるのは四度目だ。
まいの見つけた刻み、シェリルが読んだ文字、マリアの予知の時刻。自分が見たことと、仲間に教わったことを分けて書くと、最初の紙よりずっと隙間が減った。
失くした航路印にも、一行ある。
小木箱に入れて携行。発射竪穴へ落下。回収できず。
何度書き直しても、そこだけは短かった。
「この道を次に勧めるなら?」
ミチシルベが、整備通路を指す。
「係と入る。床を直すところが残ってる。それから、荷車はこの曲がり角まで。大きいのは曲がれない」
「分かった。魚と北は、提出前に描き分けてくれ」
「まだ返るのか……」
京介が机へ額を近付けると、先生は引き出しを開いた。
「こちらを受け取ってからだ」
一枚の証書が、地図の横へ置かれる。
公認探検家。
自分の名前が、その下にあった。
「現地の調査と持ち帰った記録を、実地の成果として認める。京介、卒業おめでとう」
京介は黙った。
さっきまでの赤い印も、魚の絵も、すぐ横にある。右掌の傷は閉じていて、紙の端を両手で持っても痛まなかった。
受け取ると、思ったより薄い紙だった。
「ありがとな、ミチシルベ」
声が裏返った。まいが笑い、次に拍手をした。シェリルとマリアが続く。窓の外で待っていた同級生まで手を叩き始め、京介は証書を胸の前で持ち上げた。
「挨拶は?」
まいに言われ、彼は胸を張る。
「この島は、まだまだ――」
「島自慢からは長い!」
「最初の三行くらい言わせろ!」
ミチシルベが地図の魚を指した。
京介は三行を諦めた。
「……全員、ありがとな。次、地図が要るときはオレを呼んでくれ!」
まいがすかさず言う。
「読めるやつね!」
*
卒業祝いのご馳走は、学校の台所にあった。
新しい大鍋の中で、豆と魚のスープが沸いている。かまどは煙をまっすぐ外へ送り、近くの学び舎から来た子どもたちが、鼻を上へ向けながら列を作っていた。
シェリルは匙を持ち、器へ同じくらいずつ盛ろうとする。ところが大きな魚の身が一人の器へ入り、次の子が目ざとく覗いた。
「あっちのほうが多い」
「えっ。では、こちらにも」
「その豆、大きい!」
シェリルの匙が止まった。
京介はパン籠を抱えたまま笑う。
「勝負になってるぞ」
「京介さんも、笑ってないで見てください」
「オレなら魚を見てる」
「役に立ってください!」
とうとう彼女が言い返し、子どもたちまで笑った。
壁際にはトトノエから届いた村の手紙が留めてあった。井戸の古い滑車を外し、職人が新しい軸を据えている絵。描いた子の手らしく、桶より人の腕が太い。下には『明日は自分でくむ』と大きく書かれていた。
シェリルは休憩のたびにその紙を見る。教本には、工事代の報告と一緒に村から送られた返事も挟んであった。彼女が書いた「小さい子にも引けますか」という質問の横に、『取っ手を低くする』と別の字で答えがある。
ルークがパンの籠を二つ持ってきた。
「次のパンを持ってきた。こちらの籠を使って」
彼女は一方を受け取り、じっと中を見た。
「ルーク先生。そちらの籠、半分しか入っていません」
「途中で配ってきたんだ」
「では、残りもお願いします」
シェリルは自分の籠からパンを移した。ルークは困った顔をしながらも受け取り、列の向こうへ歩いていく。
彼女はその後ろ姿を見て、ふっと笑った。
京介へ向き直ると、今度は籠を押しつけた。
「京介さんも。卒業のお祝いは、配り終わってからです」
「英雄も卒業生も、パンの前じゃ同じなんだな」
「つまみ食いをした人が、少ないほうになります」
京介は伸ばしかけた手を引っ込めた。
*
港へ下りる前に、四人は王城の広場へ寄った。
空いた台の横に、木箱が置かれていた。
『ワクワーク五世へのご意見・ご苦情 ご帰還後、すべてご本人へお渡しします』
字の角が、定規で引いたようにそろっている。書いた人は、聞くまでもなかった。
箱の口から紙があふれ、隣には、紐でくくった束が日付順に並んでいた。
「三箱目です」
トトノエが、新しい束に札を結びながら言った。
「苦情が七割。残りは星舟の絵と、次は乗せてほしいというお願いです。子どもの絵には『ずるい』と添えてあるものが多く、分類に迷っています」
京介は紙を一枚もらい、鉛筆を握った。
『苦情。優勝の挨拶を一つ、むだにした。帰ってきたら、島の話から全部聞け』
書き終えてから、少し考える。
下に、もう一行足した。
『あと、空の地図を見せろ』
覗き込んだまいが、眉を上げた。
「苦情のついでに、お願いまでしてるじゃない」
「お願いじゃない」
「じゃあ何よ」
「……予約だ」
トトノエは紙を受け取り、苦情の束と絵の束の間で、しばらく手を止めた。
それから、新しい札を一枚書いた。
『その他(予約)』
束は、まだ一枚だけだった。
*
昼すぎ、マリアは港の桟橋で船を待っていた。
両親からの返信は、折り目のところが柔らかくなっている。五日目に出した手紙を受け取り、続いて届いた記憶が戻った知らせを読んで、二人で島へ行くと書いてあった。
文の最後には、持っていく工具が並んでいる。
「休みにも、工具?」
京介が聞くと、マリアは頷いた。
「置いてくると、途中で直したいものが出る」
「持ってきても出るだろ」
「だから、持ってくる」
船が着いた。
降りてくる人の中に、大きな工具鞄を抱えた男がいた。その後ろの女は、髪の一部を細く編んで折り返している。
マリアが手を上げた。
「お父さん。お母さん」
母親は振り向きもせず、鞄を父親へ渡した。男の体ががくんと傾く。その横を母親が駆け、マリアを抱きしめた。
マリアの腕が、一度宙で止まった。
それから、母の背へ回る。
銀灰色の頭が、相手の肩に埋まった。
父親は鞄を二つ下ろし、二人のところへ来た。娘の髪へ手を伸ばし、触る前に、手についていた油を上着で拭いた。
「帰ってきたね」
母親が言った。
「うん」
マリアは顔を上げた。
「遅くなった」
母親がかぶりを振る。何か言ったが、京介のいるところまでは聞こえなかった。父親は娘の肩へ手を置いたまま、何度も頷いた。
まいが京介の袖を引き、桟橋に寄せてある荷車のほうへ歩かせる。
「工具、一つずつ運ぶわよ」
「この鞄、何が入ってるんだ」
「いま、工具って言ったでしょ」
「工具って名前の鉄の塊じゃないか?」
持ち上げた京介の肩が下がる。まいも自分の鞄に手を掛け、思ったより重かったらしく、文句を言わず両手へ持ち替えた。
その声でマリアがこちらを向いた。
「わたしの友だち。京介、まい、シェリル」
両親が頭を下げる。京介とまいは荷物を持ったまま慌て、シェリルだけが両手を前に揃えて綺麗にお辞儀をした。京介は後から真似をして、鞄の角を膝へぶつけた。
マリアの母親が、娘の編み房の先を指で整える。
「ここ、結び方が変わったね」
「歩いていて邪魔にならない形。覚えた」
「似合う」
マリアは編み房へ触れ、目を細めた。
父親が包みを取り出す。甘い蜜と、塩を利かせた薄い菓子だった。
「まだ、好きかな」
「好き」
マリアは一枚取り、京介たちへも包みを向ける。
「焼き魚も、好きになった」
「いいことだ!」
京介が言うと、まいが彼の肘を押した。
「あんたの手柄みたいに言わない」
マリアは菓子を食べ終え、内袋から賢者の石を取り出した。父親が息をのみ、母親が手を添える。家族の航路帳の写しと、返却の記録も一緒に渡した。
「帰ったら、店のどこに置くか考えたい」
「うん。奥の棚を空けよう」
父親が言った。
「魚の飾り、まだある?」
「あるよ。口が少し斜めになってる」
「直そう」
マリアはそう言って、両親の真ん中へ戻った。
*
港の広場には、短い赤い幕が張られていた。
『派手に登場、笑ってお帰り!』
看板を見上げた京介に、幕の間からサタンジョが顔を出す。
「今日は特別公演よ。卒業した子は、子ども料金にしてあげる」
「十八なんだけど」
「では大人料金」
「子どもでいい!」
サタンジョは手を出した。
京介はきちんと硬貨を払う。救助の礼を言って券を買った探索係の姿も、長椅子の端にあった。
大きな小屋には程遠い。板を組んだ舞台に歯車仕掛けを並べ、後ろへガッポリ号を置いただけの店だ。修理の仕事と宝庫からの運搬で稼いだ金から、壊した道や備品の代金を引き、残った分を三人が寄せ集めた。
車体の『リ』は色が違う。
京介が拾った破片では足りず、ロクシロウが板を削って作り直したのだ。
「今日は歩かないのか?」
「歩く脚は、そのうちです。いまは動かせるところで営業します」
プレスケが取っ手を回す。
金属の魚が口を開いた。ロクシロウが尾を引くと、星形の紙が頭へ降りかかる。
「おっと。オイラが釣られちまった」
子どもたちが声を上げた。
ロクシロウが紙を拾おうとすると、魚がまた口を開く。帽子に溜まった星が落ち、長椅子の下まで散った。
プレスケは一瞬青くなり、魚の動きが止まると胸を張った。
「予定どおりです!」
「止まるほうも予定に入れとけよ!」
京介が声を掛け、近くの客が笑った。
マリアの父親は舞台裏の軸を見て、何か言いたそうに工具鞄へ手を伸ばした。母親がその手を止める。
「今日は、お客」
父親は渋々、空いた手で拍手をした。
舞台の横には、無色の大水晶があった。
まいが選び、ほかの取り分から運搬代を払い、ようやくここまで運んだ石だ。港の倉庫を借りて置き、昼だけ台を引き出している。水晶の面には、赤い幕も、青い海も、通りかかる人の服も映った。
まいは自分の椅子を、石の前のいちばんよく光る場所へ動かした。
「客席を一つ取らないでくださいよ」
プレスケが言う。
「あたしの椅子。台の代金も払ったでしょ」
「ええ。しかし最高級の宝石でもなく、これほど大きい水晶を」
「きらきらしてればいいのよ」
まいは即答し、椅子へ座った。
日差しが面を渡る。石の中へ光の小道ができ、その先に海が入る。
京介は隣から覗いていた。
「家にあった石とは違うか?」
「全部違うわ。あたしが、あそこで選んだんだもの」
まいは便箋を膝へ置いた。綺麗に整った挨拶のあとへ、森の色、地下の天井、宝庫で見た大水晶のことが続いている。
京介が首を伸ばすと、すぐ扇子で目を隠された。
「読むな」
「最後しか見てない!」
「何て書いてあった?」
「元気です」
まいは扇子を下ろし、便箋を畳んだ。
「そこは、読まれてもいいわ」
封をすると、港の便りを預かる係のところへ歩いていく。京介は空いた椅子へ座ろうとしたが、振り返ったまいの目に止められた。
*
隣の桟橋で、青針組が船の名を考えていた。
買ったばかりの中古の小型引揚げ船だった。船首の塗装は剥げ、巻き上げ機の取っ手だけが新しい。二人は見つけた品の一部を売って頭金を払い、村へ資材を運ぶ仕事の契約を取り付けていた。
京介が岸から覗くと、サキトが帽子を上げる。
「公認になったか」
「今日な。そっちは、船持ちか」
「借金持ちにもなった」
「その話、先にするなよ」
「先にしないと、景気がいいと思って仕事を安く頼むやつが来る」
ハリナが縄を巻きながら頷いた。
「その通り」
船の中には二人分の狭い寝場所と、荷を積む場所がある。京介は巻き上げ機の根元を覗き込み、サキトに襟を掴まれた。
「乗るなら足を見ろ。塗りたてだ」
「言うのが遅い!」
「まだ踏んでないだろ」
京介は片足を桟橋へ戻した。
ハリナが木の板を渡し、そこからならと顎で示す。彼は今度こそ中へ乗り、海の上にある床の揺れを膝で受けた。
「次は何を探すんだ」
「仕事が決まったら探す。まだ言わない」
サキトは笑った。「次に同じものを狙ったら、先に見つけて先に帰る。今度は、並べるところまで来いよ」
「次は持って帰る」
京介は答えた。「そっちより先に」
サキトは何も言わず、手を出した。
京介は右手で握った。掌の薄い傷に相手の皮膚が触れたが、もう痛みは走らなかった。
岸でまいが呼んでいる。
「おーい! 新しい船に居着くな!」
「ここまでしか乗ってない!」
「返事より、戻る!」
ハリナが板を押さえ、京介は陸へ帰った。
*
夕方、四人の荷物が港の長椅子に並んだ。
シェリルはルークと学校へ戻り、マリアは両親と大陸行きの船に乗る。まいはしばらく島に残って水晶の置き場所を考えると言い、京介は翌朝から整備道の調査を手伝うことになっていた。
「手紙、書きますね」
シェリルが言った。
「返事に魚が描いてあっても、驚かないで」
まいが京介を指す。
「字も書く!」
「北も描き分けて」
マリアが付け足した。
京介は言い返す代わりに、昼の手伝いのお礼にもらったパンを配った。四人分をまとめて袋へ詰めてきたのだ。
まいが包みを開く。
割れ目から、黒い粒が覗いた。
京介の手が止まる。
「ほしぶどう」
マリアが言った。
「言わなくても見えた!」
「あんた、自分の分も食べてみなさいよ」
まいが満面の笑みを浮かべる。「全員分、同じように入れたんでしょ?」
「魚の包み紙だったから!」
「包み紙を食べるつもりだったの?」
シェリルも袋を開き、同じ粒を見つけた。京介は長椅子へ座り込み、額を押さえる。
マリアが一粒をつまんだ。
「いつから嫌い?」
「子どものころ。宝石だと思って埋めたんだ」
三人がこちらを見る。
「光ってたから、隠し財宝にした。次の日に掘ったら、アリが全部持っていってた。口に残る感じも苦手だし」
まいがとうとう声を出して笑った。
「最初のライバル、アリ!」
「あっちは組織戦だったんだぞ!」
「今度は、包み紙に負けた」
マリアの一言で、シェリルまで笑い崩れた。
「京介さん、お魚のパンも残っています。わたし、交換できますよ」
京介が顔を上げると、まいが間へ扇子を出した。
「条件。次の地図に、ほしぶどうを宝石って書かない」
「もう間違えない!」
「なら成立」
包みが行き交った。マリアも魚のパンを出して黒い粒の多いほうを受け取り、京介は救われた顔でそれを見送った。
遠くで船の鐘が鳴る。
京介は腰の袋を引き寄せた。奥には、折った細紐がまだ残っている。金の印の重さは、もうどこにもなかった。
袋を閉じて立つ。
まいが扇子を畳み、シェリルが教本を抱え直した。マリアの両親は乗り場の手前で待ち、急かさずにこちらを見ている。
「次、いつ集まれるかな」
京介が言うと、まいは肩をすくめた。
「あんたの手紙が読めたら、考えるわ」
「絶対読めるのを書く!」
「楽しみにしています」
シェリルが笑った。
マリアはパンを一口かじり、空いた手を上げる。
「寄り道も、書いて」
「任せろ」
京介は三人の顔を見回した。勝って終わりたかった。今でも、そう思う。
「楽しかったから、いいか」
そう呟くと、魚のパンを高く掲げた。
「じゃあ、次も!」
まいが扇子を上げる。シェリルも、教本を抱えたまま片手を伸ばした。マリアの手には、黒い粒の入ったパン。
四人の声が重なり、帆柱の先まで駆け上がった。
「お宝バンザイ!」
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




