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第22話「全員まとめて、十二秒!」

オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」

https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI

 六人の探索係が荷台へ移るたび、ガッポリ号は低く軋んだ。


 プレスケはそのたびに車体へ耳を近付ける。三人目でサタンジョが耐えかねた。


「音を聞いて何が分かるのよ」


「頑張っております」


「もっと具体的に!」


「右の歯車を、今後は買い直します」


 京介は返す言葉を失い、代わりに荷台へ伸びる綱を引いた。


 外側ではトトノエと補給係二人が、太い石の環へ綱を通している。ルークの結界は、丸窓の扉の上を覆っていた。土壁に開けた短い横道は、車幅よりわずかに広く、動く廊下を避けて扉のすぐ手前へ通じている。入口をまたぐ点検板が上がるまでは、荷台からそちらへ移れなかった。


 ガッポリ号を橋板へ載せ、出口まで引く。綱は二本。片方が伸びたら、もう片方が止める。


 最後の探索係が座った。サタンジョが帽子を脱ぎ、羽根を折らない向きを探して膝へ置く。


「定員は?」


 まいの問いに、プレスケが一瞬止まった。


「まだ決めておりませんでした」


「今決めなさい」


「全員です」


 サタンジョが短く頷いた。


 京介は木箱を車体中央の平らな床へ置き、外へ渡す綱の端を持ち上げた。箱の肩紐は外れた金具ごとまとめてある。車輪が段を越える前に、新しい固定綱を回すつもりだった。


 同じ綱の束へシェリルが手を伸ばす。


「先に下へ行きます。そこ、通ってもいいですか」


「待って。ロクシロウ、そっちを寄せてくれ!」


「おう!」


 石台は荷台の横、膝を曲げれば降りられる高さにある。その間を、動く廊下から外れかけた金属の継ぎ板が跨いでいた。プレスケが車輪を止め、ロクシロウが手すりを持つ。


 シェリルは下を見て、継ぎ板を避け、石台へ片足を伸ばした。


 そのとき、廊下の奥で何かが外れた。


 長い金属音と一緒に、継ぎ板が横へ跳ねる。ガッポリ号の脚へぶつかり、車体が傾いた。


 京介の靴に小木箱が当たった。


 縁へ向けて滑る箱を、左手で掴む。箱の縁に指が掛かった。右肘を手すりへ突き、箱を胸へ引こうとした。


 視界の端で、薄青い袖が落ちた。


 継ぎ板の端に足首を押され、シェリルの靴が石台から滑っている。片手は手すりを掴んでいたが、指先だけだった。下は発射竪穴。足を伸ばしても、踏めるものがない。


 箱を右へ渡そうとした。


 包帯の掌に力を込めた途端、傷が引きつった。右肘を外せば、京介自身も手すりの外へ転ぶ。後ろでロクシロウがベルトを掴むのが分かった。


 シェリルの指が、一本外れた。


 左手を開いた。


 木箱が指の間を抜ける。


 京介はそのまま左腕を伸ばし、シェリルの手首を掴んだ。細い腕が、がつんと掌に入る。


「膝、こっち!」


 ロクシロウが京介の腰を引いた。シェリルは手すりを離し、空いた手を石台へついて、片膝を載せる。ローブの裾が岩に引っかかり、彼女はそれを自分で引き抜いた。


 下で、硬い音がした。


 木箱が竪穴の内壁に当たって跳ね、蓋を開いた。金の印が一度だけ回る。斜めの朝日を受けて、航路の細い線が、掌で見たときよりずっと遠くで光った。


 京介は左手を離さなかった。


 箱も金色も、船体の下に消えた。


 音は、もう返ってこなかった。


「京介さん」


 石台に座り込んだシェリルが、息を吸った。「わたし、乗れました」


「……うん」


 掴んだままだった手首を離す。


 京介の左手は、何も持っていなかった。箱から外れた紐だけが荷台に残り、車輪の振動に合わせて震えている。


「オイラが引くぞ」


 ロクシロウに腰を支えられ、京介は荷台へ戻った。


 まいが膝をつく。何か言う顔だったが、京介が先に首を振った。


「あとで」


 まいは唇を噛み、足元に落ちた紐を拾った。


 シェリルは石台に両足を載せ直し、ずれた青いヘアバンドを押し上げた。目の下が白かった。重い支柱へ向けた手も、一度止まる。


「交代するか」


 京介が聞いた。


 彼女はかぶりを振る。


「ここから持ちます。次は、綱のあるほうへ戻ります」


 その声を聞いて、京介も綱を石台まで下ろした。今度は手すりと柱の間を通し、シェリルの前へ垂らす。


 ルークは出口から、二人の手元を見ていた。


「二十呼吸より前だ。つらくなるまで待たなくていい」


「はい、ルーク先生」


 シェリルは深く息を吐き、支柱の前へ立った。


     *


 まいは冷えたミエールくんを使い、丸窓の縁を最後まで追った。


「視覚弁は三つ。赤を出すのは、ここから全部二十歩以内。車体が動いても、最後の一つは振り向けば見える」


「一分より短く済ませる」


 京介が言うと、彼女は扇子を閉じた。


「長話したやつを、途中で降ろすわ」


「お客にそれは禁句よ」


 サタンジョが口を出す。


「料金、取ってないでしょうが」


「無料だからこそ、次につなげるの!」


 プレスケは二人の間で、切り離す支えの留め具を抜いた。太い木の支えは、いまは脚の内側に抱えられている。車輪へ荷重を移すと、押し出して柱の下へ残せる仕組みだった。


 マリアが指示盤を見上げる。


「二本目を越えた。三本目で、扉が閉じる」


「火を見せてても?」


「発進の閉鎖が先。横に書いてある」


 京介は腰の袋を開き、サイコロWを左手へ出した。


 木箱を持っていた手だった。


 二つの角を包み込むと、指が勝手に強く閉じる。彼は一度手を開き、サイコロの重さだけを掌へ戻した。


「最後の段で振る。何が出ても引けるようにするぞ。粉なら目を閉じる。滑るなら、この綱。音で聞こえなくなったら、指で合図する」


「明かりだけでも引きます」


 外の補給係が答えた。


 誰も出目を聞かなかった。


 京介は荷台の中央に固定した浅い木皿へ目を落とす。ここからなら、車体も座った人も五歩に収まる。柱を持つシェリルの石台は、その外側だ。彼女が荷を支えに渡してから、京介が縁へ寄って迎える。


 マリアは中央の綱の内側へ座った。水晶玉の袋と教本を預かり、まいが見られない側の車輪を目で追う。


「道は、開いたら教える。足元を見てて」


「頼む」


 京介は伝声管の口へ向いた。


「ワクワーク、あと少しだ!」


『分かった。余も、あと少しだ』


「そっちが先に終わるな!」


『語弊があった!』


 返事に紛れ、王が歯を食いしばる音がした。京介は出口へ手を上げた。外の三人が綱を張る。


 シェリルが石台の上で靴底をずらした。片足を奥へ置き、支柱に両手を添える。薄青いローブの肩と腕が、内側から張った。


「ザ・マッスル。数えます」


 支柱が持ち上がる。


 斜めだった点検板が、軋みながら水平へ戻った。ロクシロウが操作棒を押すと、ガッポリ号の木の脚が一歩、また一歩と板の下へ入る。


 まいの扇子が開いた。


 赤い炎が、廊下に咲いた。


 木の脚をなぞり、丸窓へ伸びる。熱も煙もなく、天井の影さえ明るくならない。赤い像を受けた目の印が動き、扉の縁に白い線が現れた。


 一つ、二つ、三つ。


 扉が左右へ退く。


「こけおどし大火炎。出口は、あちら!」


 まいは扇子を差し向けた。


 ガッポリ号が進んだ。脚を畳むと、後ろで歯車の歯が飛んだ。金属が二度跳ね、プレスケの眼鏡へ光が走る。


「右側、車輪だけで持たせます!」


 荷台が傾く前に、ロクシロウが操作棒へ両腕を掛けた。前輪は橋板へ乗ったが、後輪が段の角へ当たる。車体がつかえ、折り畳まれた脚の間で木の支えが止まった。


「八呼吸!」


 シェリルの声が、低く響いた。


 プレスケが留め具を押す。支えは入らない。車体の重さが、金属の縁を押しつけていた。


 京介は中央の木皿へサイコロを投げた。


 からり。


 二つとも止まった。


 三と、三。


「十二秒!」


 足裏から重さが消えた。


 ガッポリ号が腰の高さへ浮き、後輪が段から離れる。座った人の綱が張った。プレスケが木の支えを押し切る。


「入った!」


「十呼吸、離します!」


 シェリルが柱から手を離す。


 京介は荷台の縁へ寄った。五歩の範囲に入ったシェリルの体が浮く。彼女は目の前の綱を掴み、京介の差し出した左腕へ手を伸ばした。


 ロクシロウが京介のベルトを引く。


「乗った!」


 マリアの指が出口を示した。


「引け!」


 外の三人が走った。


 綱が鳴り、荷車が土壁の切れ目へ引き込まれる。短い曲がり角で荷台の縁が壁をかすめ、そのまま丸窓の間を抜けた。まいは扇子を伸ばしたまま、最後の視覚弁を肩越しに見る。


 赤い像が、窓へ貼り付いた。


 白い石の縁が後ろへ過ぎる。


 十二秒。


 車輪が地面へ落ちた。


 どすん、と全員の尻が跳ねる。横腹の名札が裂け、『ガッポリ号』の『リ』を載せた木片が、京介の靴へ飛んできた。


「つ、着地の上品さは、今後の課題です!」


 プレスケが叫んだ。


 まいの炎が消える。彼女は扇子を閉じきれず、そのまま膝へ手を置いた。


 ルークの蝶結びがほどけ、最後の石片を地面へ落とす。彼が丸窓の外へ跳び出すのを見て、マリアが立った。


「帆の場所へ。まだ、扉は閉じてない」


 京介は浅い木皿から、二つのサイコロを拾った。片方が欠けていないか指が触れたが、すぐ袋へ戻す。


 荷台の中央には、四角い場所が空いていた。


     *


 出口の石段には、朝露をためた草が伸びていた。


「六人!」


 班長が、荷台の仲間へ指を向けた。


「三人。帽子もあるわ!」


 サタンジョは帽子を持ち上げ、それから壊れた歩行脚を見下ろした。プレスケが横腹に手を当て、首を振る。


「歩行脚は、もう使えません」


「……車輪が残ったなら、押せるでしょ」


 サタンジョは帽子をかぶった。寝た羽根を、今度は直さなかった。


 トトノエが地上の二人へ頷き、ルークの顔を見る。最後にマリアが仲間を順に数えた。


「四人」


 京介は返事をしようとした。


 喉から出たのは、息だけだった。まいが彼の肩を一度叩き、先に「四人」と答える。


 シェリルは石段に座り、水を飲んでいた。探索係が渡したパンを小さくちぎって口へ運ぶ。指の震えで、ひとかけらが膝へ落ちた。マリアが拾い、包みの上へ戻す。


 その隣に、木の巻き上げ機が立っていた。太い索の先に白い帆が畳まれ、端から四つの輪の印が覗いている。


「わたしも」


 シェリルが立とうとすると、京介は索を彼女の座る場所へ寄せた。


「そこから持てる」


 左手で索を握る。まいがその上、マリアが下を持ち、シェリルが最後の空いたところへ指を掛ける。


「せーの!」


 索を引き下ろす。


 次を引くために、四人の手が上へ動いた。


 背後の針が、三本目の白い線へ重なる。丸窓の扉が、人のいなくなった廊下を閉じた。


 白い帆が空へ開く。


 朝の風に、四つの輪が伸びた。


 マリアはそれを見上げ、長く息を吐いた。


「一時間、たってない」


 京介は索を握ったまま、彼女の横顔を見た。


「そうか」


「見えたとおりだった」


 その声は少し震えていた。マリアは空いた手で、胸の内袋を押さえる。帰る家のある顔が、風の中でやっと緩んだ。


 京介も帆を見上げた。


 眩しかった。竪穴で最後に見えた金色が、目の奥に残っている。


 シェリルが彼の左腕へ触れた。


「あの、箱」


 京介は首を振った。


「今、言ったら、変な声が出そうだ」


 彼女は手を下ろし、隣に座り直した。


 まいは拾ってきた箱の紐を、京介の膝へ置いた。彼はそれを二つに折って、腰の袋へ押し込む。


 出口の伝声管から、王が何か呼んでいた。


 トトノエが近付き、口を寄せる。


「陛下。全員、外へ出ました」


 管の向こうで、椅子が軋む音がした。


『……よかった』


 京介はゆっくり立った。白い帆が、頭の上ではためく。


 怒鳴りたいことは、山ほどあった。


 まずは管の口を、手の甲で一度叩いた。


「ワクワーク。聞こえるか」


『聞こえる』


「そっちも、生きて出ろよ」


エンディングテーマ「ただいまの地図」

https://youtu.be/laoWeE9esnY

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