第20話「夢にもブレーキを」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
王の荷を載せた台車が、敷居に挟まった。
車輪は古い溝に落ち、箱の縁が壁へつかえている。探索係が差し込んだ板に乗りかけたまま、あと指一本のところで動かなかった。
「枕、そんなに要るのか」
京介は箱を押しながら言った。
「一つだ。眠りの質は重要であるぞ」
「その枕の下、全部銀の皿じゃないだろうな」
王は返事をしなかった。
京介は息を吐き、右手を離した。掌の奥が脈を打っている。自分の航路印の木箱も脇へ置き、ポーチからサイコロWを取り出した。
「浮けば、溝から出る」
まいが、すぐに顔を上げる。
「浮けばね」
「普通に持ち上げる人手が欲しいんだろう。外れたら、荷を下ろす」
京介は王を横目で見た。さっきの印より、こちらには興味を持ったらしい。丸い目がサイコロへ向いている。
ちょっと、いいところを見せたい。
その気分をまいには見抜かれたようだった。彼女は眉を上げたが、何も言わず、探索係と台車へ縄を掛けた。柱の輪を通して引き、京介から五歩より離れたところで身構える。
「その先へ転がしたら、あたしでも止めきれないわよ」
「分かってる。みんな、下がってくれ」
京介は柱に肩を預け、浅い木の盆へ二個を投げた。
二と三。
足元の手応えが、つるりと消える。
「そっちか!」
台車が板を滑り、敷居を越えた。そのまま箱の重さで加速する。まいが引いた縄がうなり、車輪が横へ振れた。
京介の足も滑った。右手を柱へ出しかけ、肩ごと押しつける。盆を左腕と脇で抱え、靴の先を浮かせた。
三秒で床のざらつきが戻った。
車輪が止まり、箱の中で枕が裏返る。探索係が二人がかりで縄を緩める横で、まいが京介をにらんだ。
「浮かすんじゃなかった?」
「動いた。動くには動いた」
「その言い方、覚えておくわ」
京介は二個を回収し、ポーチを閉じた。少し離れた場所で、ロクシロウが目盛りのついた棒を持っている。
「おまえ、見てたなら押せよ」
「オイラたちの荷車が通る幅を測ってたんだぞ。押したら、ここに立てない」
「そういう理由か!」
ロクシロウは敷居を測り直し、首を傾げた。
「でも、横の縄はよかったな。プレスケに言っとく」
「縄の手柄だけ持ってくな!」
王は台車の向こうで、笑い声を上げていた。
「見事。これほど目の離せぬ荷運びは、初めてだ」
褒められた気がしない。京介は航路印の木箱を拾い、肩へ掛け直した。
*
宝庫の奥で、通路の天井が途切れた。
京介は灯りを高く上げ、上げた手をさらに伸ばした。光の輪が届かない。壁が上へ上へと続き、その真ん中に、白銀の大きなものが立っていた。
柱だと思った。
下が太く、上へ行くほど細い。脇に羽のような板がつき、周囲を幾重もの点検廊下が取り巻いている。シェリルの灯りが側面を走ったとき、壁画と同じ輪郭が浮かび上がった。
向きを間違えた舟。
水へ浮かべる底を、地面へ向けた舟だった。
「星舟」
ワクワークが呟いた。
いつもの声量ではない。ひげのある口が、かすかに開いている。
「記録で読むより、大きい」
京介は首が痛くなるまで見上げた。
「これ、海に下ろすんじゃないよな」
「空へ上がる。古い記録には、ロケットとある」
王は壁に描かれた星を指した。
「雲の上へ。月や星が見えるほうへ。余は、あの舟に乗りたかった」
天井の丸い蓋の継ぎ目から、細く風が鳴っていた。あの先は夜の空だ。京介が野営のたびに見ていた空の、もっと上へ、これが行く。
言葉を忘れるほどの光景だった。
だから、まいの声で、京介はようやく王へ振り向いた。
「大会を開く前から?」
「うむ」
「あたしたちに道を開けさせたかったのね」
ワクワークの顔が、ゆっくりこちらを向いた。
「余の調査では、入口の先へ進めなかった。文字の読める者だけでも、地図を読める者だけでも足りぬ。世界中から知恵を集めればと」
「最初に、そう言えよ」
京介の声が石壁へ当たり、戻ってきた。
王は口を閉じた。
「宝を探して競争してるんだと思ってた。ワクワークは最初から、オレたちにここまで来てほしかったのか」
「宝はある。大会の約束も――」
「それは見たよ!」
京介は木箱の紐を握った。右の掌が痛み、余計に腹が立つ。
「見つけて喜んでたとき、ワクワークはその奥しか見てなかっただろ」
まいが隣へ立った。
「探してるものを隠して、あたしたちの探したい気持ちを使ったのよ。賞品があるからいい、で済ませないで」
王はルークを見た。ルークは目をそらさなかった。
「先に話すよう、申し上げました」
「……余が、聞かなかったな」
低い声が落ちた。
京介はすぐに返事をしなかった。巨大な白銀が背後にある。見上げたい気持ちを押さえ、王の顔だけを見ていた。
トトノエが一歩進んだ。
「大会の対象は発見された財宝です。この設備を賞品へ含める変更はいたしません。星舟の試用については、王の責任で記録を残します」
「試用って、どこまで行く気なんだ?」
京介が訊いた。
ワクワークは天井へ目を向けた。
「行けるところまで、見たい」
その顔に嘘はなかった。あまりにまっすぐで、京介は困った。自分だって、知らない山の頂上へ行くとき、同じ顔をするのだろうか。
王は懐から厚い封書を出し、トトノエへ渡した。
「署名は済ませた。留守の仕事と費用の裁量は、書いてある通りに」
「預かります。出発を認めたという意味ではありません」
「分かっておる」
王は答えたが、目はまた船へ戻っていた。
船内には、長く暮らすための部屋があった。水の器へ透明な雫が落ち、薄い格子の向こうから空気が流れてくる。古代の人間も、空腹になり、喉が渇いたらしい。王の枕が置かれた途端、巨大な遺跡の中に、一人分の寝床ができた。
京介はそれを、入口から見た。
銀の皿の代わりに、使い慣れた椀を持っていきたい。朝、窓の外に青い島が見えるのだろうか。雲より高いところで眠ったら、落ちる夢を見ないだろうか。
「乗ってみたいか」
王に言われ、京介は顔を上げた。
「……今、それを聞くの、ずるいぞ」
ワクワークは笑いかけ、京介の顔を見て笑うのをやめた。
*
夕飯の椀に、小さな波が立った。
六日目の夜。四人は入口に近い区画で、探索係と食事をしていた。王は先に食べ終え、席の具合を見てくると言って船内へ戻っている。
低い音が床を伝った。
京介が椀を置くと、ワクワークが足早に戻ってきた。子供のようにうれしそうな顔だった。
「明日の朝だ」
トトノエの手が止まった。
「何が、でしょうか」
「出発の時刻を選べた。日の出にしておけば、よい目印になると思ってな」
ルークが立ち上がった。
「選んだだけですか。それとも、確定を?」
王の笑顔が止まった。
「進める、という印を」
京介は椀から手を離した。
「押したのか」
「予約だ。まだ、支度の――」
頭上で金属が鳴った。
天井の継ぎ目に沿って、ひとつずつ灯りがともる。壁を伝う線が上へ走り、暗かった指示盤が白く照らされた。
ルークとシェリルが同時に表示へ向かった。まいは通路の縁へ走り、京介は探索係の荷が赤い線をまたいでいるのに気付いて引き戻した。
白い文字の帯が流れていた。
「七日目の日の出に、安全蓋が開きます。そのあと、外の足場を収納して、星舟の発進へ」
シェリルの声が、終わりで揺れた。
「取り消せないんですか?」
ルークは下の行を読み、隣の盤へ手を移した。
「今、力を断つのはまずい。発進を延期する仕組みはある。操縦席でレバーを保持すれば、手を離さない間は待たせられる」
「それをやればいいんだな」
京介が言った。ルークは首を横に振る。
「待たせられるのは舟の発進だ。蓋は開くし、周囲の足場も動く。しかも蓋が開いてからは、正午が限界だ」
「日没まで延ばせないの?」
まいが王を見た。
「審査は明日の日没よ。王城で」
ルークの指が、さらに下へ進んだ。
「完全に止めるなら、操縦者が閉じた船内に残り、長い保守操作を続ける必要がある。日没の審査には、どちらにしても戻れない」
京介は木箱へ腕を当てた。
昼間、サキトと交わした言葉が、耳の奥で鳴った。
日没、広場で。
「ふざけるなよ」
声は、自分でも驚くほど低かった。
「オレたちだけじゃないぞ。地上へ戻って、待ってるやつがいるんだぞ」
ワクワークは京介を見た。何か言おうとして、口を閉じる。
遠くで硬い音がした。まいが膝をつき、床の継ぎ目へ灯りを向けている。
「ここ、古い板にあとから土砂が固まってる。蓋を上げるときに、引かれるかもしれない」
京介はすぐ隣へしゃがんだ。石の下に薄い金属が見えた。深くへ潜る板は、船の周囲の廊下へつながっている。
「荷を、この線の外へ。人もだ」
探索係が走る。寝床に敷いた布が引きずられ、パンの入った籠が持ち上がる。夕飯の匂いの中で、誰も続きを食べられなくなった。
王は冠を外した。
「余が先走った。すまない」
「謝ったら朝が来なくなるのか」
京介は立った。言いすぎたとは思わなかった。王の冠も、マントも、今は邪魔な荷物にしか見えない。
シェリルが写しを胸に抱え、王へ向いた。
「わたしたち、今日まで何度も、帰る道を探してきたんです。マリアさんは、やっと帰る家を思い出せたのに」
マリアが帯の上へ手を置いた。
「家へ帰る。ここに残りたくない」
ワクワークは一人ずつ顔を見た。
「余が延期のレバーを持つ。全員が外へ出るまで、離さぬ」
「長い保守に残ることになっても?」
まいの問いに、王は頷いた。
「残る」
京介は拳を握りかけ、右手を開いた。
「なら、今度はルークの言う順にやってくれ。自分で先へ進めないでくれ」
王は冠を机へ置いた。返事を大きな声にせず、ルークが開いた説明の横へ立った。
まいは地図を引き寄せる。紙の端に、朝写した天測盤の船名が見えた。
「外へ出るのが先ね。文句は、そのあとも言うわ」
「オレもだ」
京介は灯りを持ち上げた。
*
夜のうちに、星舟の周りから荷が消えた。
水と食料を壁際の安全区画へ寄せ、動く足場の上に置かれていた道具を運び出す。トトノエは伝令を地上へ送り、補給係二人を整備通路の地上出口へ回すよう手配した。ルークは王を連れて操縦席へ入り、延期の操作を教えた。
京介は運ぶ箱を左腕へ抱え、右の肘を底へ当てた。思ったより高く持ち上がらず、まいが反対側を持つ。
「言ってよ」
「そっち、頼む」
まいはそれで箱を上げた。四歩進んで下ろし、次の箱へ戻る。
荷を運び終えると、二人は宝庫へ入った。金貨も銀器も、灯りの弱い棚で静まっている。まいの大水晶だけが、入口の光を受けて白く浮かんでいた。
「これも運ぶって言うかと思った」
京介が言うと、まいは台の脇にしゃがんだ。
「今から運んだら、通路を塞ぐわ」
彼女は転がり止めの木を押し込み、水晶の尖った角へ布をかぶせる。小さな動作だったが、終わってもすぐ立たなかった。
「迎えに来るから」
透明な面へ言う。
「割れてたら、怒るわよ」
京介は笑わなかった。木箱が腰へ触れる。自分は持っていける。そう思った途端、喜びと気まずさが混ざった。
「戻る道、地図に残してある」
「見せて」
まいが立った。
安全区画へ戻ると、マリアが東側の通路図を広げていた。シェリルが読んだ文字を、余白へ書き加えている。
島の東寄りへ出る整備通路だった。蓋の開放と一緒に開く部分があり、出口から王城の丘へは、外周を回るよりずっと近い。
「この点検板を渡れば、出口側へ行ける」
マリアが図を押さえた。
「夜のうちに、向こうまで歩けるところは見た」
京介も板へ足を乗せた。踏み込んでも、今は横へ動かない。板の下は暗く、支柱の根元には古い土砂が固まっていた。図では、周囲の廊下を畳んだあとも、ここが橋として残る。
まいは図の赤い丸へ指を置いた。
「この目の印、水路のところと似てる」
「赤いヘアバンドを見せたやつか」
「そう。向こうへ行ったら、使えるか見てみる」
京介は自分の朱色の布へ手をやった。頭の後ろの結び目が、朝より固くなっている。
隣の区画からは、まだ木槌の音がした。
サタンジョたちのガッポリ号が、大きな影を壁に落としていた。車輪にも脚にもなる支えが何本も並び、上には縁の高い荷台がある。看板の字だけが、新しく太く書かれていた。
「こんなときまで作ってるのか」
京介が言うと、サタンジョは顔を上げた。
「こんなときだからよ。宝を抱えて歩くより、載せたほうが速いでしょ」
「朝、床が動くぞ」
「聞いたわ。先へ出るから、通路の幅を教えなさい」
まいが腕を組んだ。
「今日、棚を壊した機械の、もっと大きいやつを通すの?」
「その分、脚を増やしました。荷台の重さを――」
「プレスケ。今は自慢しないで」
サタンジョが止めた。
京介は荷台の縁を左手で押した。引っ掛かりはなく、磨いた木の粉が手につく。ロクシロウが下から覗いた。
「人も乗れるぞ。試した」
「何人で?」
「オイラと、プレスケ」
「あたくしもよ。なぜ外すの」
「アネゴは乗ってる間、ずっと怒ってたから」
京介は一度だけ笑い、通路の地図を見せた。
「今、使える幅はここ。動くところに荷を載せたら、お宝ごと持っていかれる。欲張って戻れなくなるなよ」
「あんたにだけは、言われたくないわね」
サタンジョの視線が、航路印の木箱へ止まる。
京介も箱へ手をやった。
「これは持って帰る」
「ええ。あたくしたちも、手ぶらじゃ帰らない」
プレスケが図を読み、ガッポリ号の脚を一つ畳んだ。横幅が縮む。ロクシロウはもう一方へ回り、同じ角度までゆっくり動かした。
*
最後の休憩は短かった。
シェリルは膝に本を置き、まいはその隣で扇子を握ったまま目を閉じた。マリアは航路帳の上に、手紙を書いた残りの紙を重ねている。
京介が隣へ座ると、彼女は顔を上げた。
「さっき、家の戸口を思い出した」
「今?」
「うん。思い出そうと、しなくても」
京介は壁へ背中を預けた。
「どんな戸だ?」
「下の端が、少し削れている。雨が続くと、閉まりにくいから」
「修理屋なのに?」
「人の物を先に直すから」
マリアは笑った。その顔を見ていると、さっき王へぶつけた怒りが、また胸の底から上がってきた。
京介は右の掌を膝へ伏せ、左手でサイコロを転がした。能力を使うつもりはない。小さな二個が、指の間でかちりと鳴る。
夜が明ければ、三回分に戻る。
何が出るかは、分からない。京介は二個をポーチへ戻した。
マリアは水晶の袋を置き直した。
「未来を見るなら、朝。今からだと、その先が三時間に入るか分からない」
「朝、静かなところを探そう」
「うん」
王が来たとき、京介は立たなかった。
ワクワークはマントを脱いでいた。星柄の布をトトノエへ渡すと、細い腕と、思ったより丸い肩が現れた。
「これから操縦席へ入る。延期は余が続ける」
京介は顔を上げた。
「退屈になっても、手を離すなよ」
王のひげが動いた。笑ったのかと思ったが、口を結び直しただけだった。
「離さぬ」
トトノエは王の袖を直し、何も言わず、道を空けた。
ルークが王と船内へ入る。操縦席から近くの点検区画へ声を送る管があり、ルークの声が短く響いた。京介が返事をすると、同じ言葉が向こうへ届いたらしく、王が応じた。飛び立てば切り離される、細い古代の伝声管だった。
探索係の六人は最後の水と食料を運び、奥に残る人がいないか見て回る。その帰りを、京介たち四人が案内することになった。奥をひと巡りすれば、夜明け近くになる。図面で橋として残る点検板を、帰り道に選んだ。
「行ってくる」
京介が立つと、木箱が腿に当たった。紐を肩の真ん中へ直し、ポーチの蓋を押さえる。
ルークは船内から戻り、トトノエと出口側の安全区画へ先行した。整備通路が開いたら、地上へ回した補給係二人と合流して、こちらを迎える。
安全区画を出る前に、京介は一度、宝庫のほうを見た。水晶は暗がりの奥に隠れていた。
「あんたも、迎えに来るんでしょ」
まいが隣で言った。
「ああ」
上のほうで、風の音が変わる。
東から来る冷たい空気が、通路の隙間を抜けた。金属の蓋は閉じたまま、壁の灯りだけが、次のひと目盛りへ進もうとしている。
京介は朱色のヘアバンドを結び直した。
「行こうぜ。六人、連れて戻る」
シェリルが本を抱え、マリアが水晶の袋を引き寄せた。
木箱の角が腰に当たる。その重さを確かめるように、京介は一度だけ左手を添え、先を歩き始めた。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




