第17話「宝庫に机はありますか」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
六日目の朝、京介は金貨の山より先に、パンの残りを数えた。
四人の膝へ同じ数ずつ置き、最後の一個を見つめる。まいも見ていた。
「半分だな」
「あんたが割ると、いつも片方が大きいのよ」
「じゃあ、まいが割って、オレが選ぶ」
「その手つきで言われると賭場みたいね」
まいがパンを割った。京介が大きそうなほうへ左手を伸ばすと、彼女はそちらをシェリルへ渡した。
「今日、重い物を持ってもらうかもしれないでしょ」
「ありがとうございます。……京介さん、そんな顔をしないでください」
「してない。まだしてない」
シェリルが半分を返そうとするので、京介は慌てて両手を振った。右の掌が引きつり、布の下を親指で押さえる。まいの目が一度だけそこへ来た。
マリアは蜜を塗ったパンへ塩を振っていた。隣には、布に包んだ航路帳が置いてある。昨夜、しまう場所を三度変えた末、すぐ手の届くところへ戻していた。
「その食べ方、気に入ったんだな」
「知っていた気もする」
彼女はひと口かじり、眉を寄せた。
「でも、考えると分からなくなる」
京介は水を飲んだ。昨夜から、うまい励ましを幾つも考えている。どれも口にすると、早く元気になれと急かしているようで、出せなかった。
「食べ終わったら行こう。石まで、もうすぐだ」
「うん」
まいが荷を背負った。栗色のポニーテールが肩の上で跳ねる。
「石も宝も見つけるわよ。昨日、サキトたちが登録した品に負けていられないもの」
「天測盤だろ。名前からもう強そうなの、ずるいよな」
「名前で勝てるなら、あんたはとっくに優勝してるわ」
「オレ、そんな名前長かったか?」
「探検家京介様の、華々しい何とか大作戦」
「そこまでつけてないぞ!」
マリアが残りのパンを口へ入れた。笑ったかどうか、膨らんだ頬からは分からなかった。
宝庫への通路は狭く、肩の荷袋が壁を擦った。灯りを低くすると、石の粉が左側に白い帯を作っている。京介は先頭で右へ寄り、三人へ合図した。
「粉が風の筋にたまってる。こっちを通ろう」
天井の割れ目を避け、最後の角へ進む。そこに木札が下がっていた。
『肩をいからせるな。荷がひっかかる』
京介は立ち止まった。右肩の荷が、ぴったり出っ張りにつかえていた。
「……見てるのか、ガッポリーノ」
「二百年前から、あんたが来るのを待ってたみたいね」
まいが荷袋の底を押す。京介は身を斜めにして抜け、笑い返そうとして、口を開けたまま止まった。
銀色の線が、部屋の向こうまで走っていた。
棚の食器から飾り板へ、飾り板から彫刻の肩へ、灯りが跳ねる。蓋の開いた大箱には、金貨の縁が魚の鱗のように重なっていた。手前の銅貨だけでも、京介がこれまで使った金を全部集めたより多そうだった。
シェリルが天井のくぼみへ灯りを送る。暗闇から次々に箱が現れた。奥の壁際では、柱のような水晶が寄り合い、欠けた面に白い光を抱いている。
「……あった」
まいの声がした。
「ほんとに、あった」
彼女は一歩進み、しゃがんだ。床へ手を置いてから顔を上げる。そのときにはもう、笑みを隠せていなかった。
京介の喉も、ようやく動いた。
「ガッポリーノの宝だ」
こんなところを見つけるために、学校で地図を描いたのだ。泥へ膝をつき、退屈な地層の名前を覚え、ミチシルベに報告を突き返されてきた。机の前では遠かったものが、今、ブーツのつま先から先に広がっている。
「ちょっと。今、何を考えた?」
「入場のやり直し。もう一回、もっと格好よく――」
「邪魔。荷を下ろして」
まいに押され、京介は笑いながら歩いた。
箱には古い札が結ばれていた。交易の売り上げ、贈り物、沈没船からの引揚げ品。返す相手を探している品は別の棚に寄せてある。シェリルが札を読む横で、京介は手近な板を机代わりにし、発見票へ箱の位置を書いた。
板は膝からずり落ち、紙の隅が金貨の箱へ突っ込んだ。
「宝を見つけて最初に欲しくなるのが、机とはな」
「わたしは椅子」
マリアが立ったまま航路帳を抱き直した。
「あと、石」
「そっちが先だろ!」
「先に言うと、ほかを忘れそうだった」
彼女の目は奥の仕切りに向いていた。壁の印が、貨物から、椅子に座る人の形へ変わっている。
京介は紙を丸めかけた。
そのとき、来たほうとは別の戸口で、金具の触れ合う音がした。
「朝からいい声だな。そこまで聞こえた」
青糸で縁を縫った革帽子。サキトが戸口をくぐり、続いてハリナが肩から平たい革箱を下ろした。二人の靴は白い粉に汚れている。昨日、外周で会ったときにはなかった汚れだった。
「もう来たのか!」
「上の保管室からつながってた。狭いから荷が多いなら通るなよ」
サキトは帽子を押し上げた。片眉の古い傷が見える。宝庫を見渡す目は忙しかったが、京介のように立ち尽くしはしなかった。
「いい箱だ。持ち帰るだけで骨が折れる」
「今、その心配?」
まいが言うと、ハリナは革箱の留め金を外した。
「今から運び方を考えていたら、明日の日没に間に合わない品もある」
布の中で銀が光った。
皿ほどの丸い盤だった。縁に幾重もの線が刻まれ、細い腕が中心から伸びている。傾けると、重なった輪が別々の速さで動き、穴の列が灯りを透かした。銀は白く磨かれ、ところどころに残った黒ずみが、星の形の印をくっきり見せていた。
「銀の天測盤」
ハリナが盤の縁を持った。
「海の上で星の高さを測った道具。保管室の帳面に、ガッポリーノが使った年と船名がある。発見票は昨日出した」
京介は覗き込んだ。盤の裏には、小さなへこみと擦り切れた文字があった。道具として何度も海へ出た品なのだ。棚に飾られた銀皿より、京介にはずっと強く光って見えた。
「動くのか?」
「この腕はな。傷めたくないから、全部は回してない」
サキトは自慢を隠さなかった。
「上の保管室は水が入ってた。重い箱を全部開けるより、帳面の置き方で探すほうが早かった」
「どういう置き方?」
まいが訊く。サキトは笑った。
「それを全部教えたら、俺たちの仕事がなくなる」
「けち」
「帰り道の沈んだ段は教える。宝の探し方は別料金だ」
京介は盤を見つめた。王城の前で、サキトがこれを掲げているところが浮かぶ。集まった人の目が銀へ吸いつき、自分はその後ろで拍手している。
面白くない。
まだ判定もされていないのに、胸の中で勝手に負けかけた。
「こっちにも、これだけあるぞ」
京介は金貨の箱を示した。サキトは一度見て、すぐ彼へ目を戻した。
「王の前へ全部積むのか?」
「出品の仕方は、これから考える」
「なら、俺たちが一歩先だ」
さらりと言われて、京介は唇を噛んだ。まいの指が、扇子の骨を一本ずつ鳴らしている。シェリルは言葉を探すように盤と宝箱を見比べた。
「でも、井戸なら、この金貨だけで――」
「シェリル」
マリアが呼んだ。
彼女は奥の戸口から戻っていた。閉じた覆いのついた台を指す。声は低かったが、四人の会話の間へ、刃物のようにまっすぐ入った。
「石がある。来て」
京介は胸の奥に残った悔しさを飲み込み、紙をまいへ渡した。
「先に、あっちだ」
サキトは盤を包みながら通路を空けた。
「治療のほうか」
「ああ」
「ここの棚も俺たちは見る。待つ約束はしないぞ」
「してない。追いつくからな」
京介は振り返らずに言った。自分でも、少し力が入りすぎた声だと思った。
*
賢者の石は、片手に収まる大きさだった。
透明な覆いの下に置かれたそれは、金貨よりも灰色に近い。中に光があるようで、目を凝らすと消える。マリアが覆いへ指を伸ばし、寸前で止めた。
シェリルは写しを台に重ねた。
「番号が同じです。昨日、閲覧座は休止しましたから、次はこの保管台を止めます」
まいがミエールくんを巻き、灯りを寄せてもらった。真鍮の筒を覗く十呼吸の間、京介には彼女の横顔がいつもより硬く見えた。
「削れているのは、矢印の先。向きは分かったわ。でも、隣の細かい字まで読めない」
シェリルが身を屈める。指で写しを追い、唇だけを動かした。
「……ここの語を、昨日は『戻す』と読みました。止めることにも使われます。どちらを指しているのか、台の全文を読んでからにしたいです」
マリアの指が覆いの縁をつかんだ。
「どれくらい?」
「分かりません」
シェリルは顔を上げた。答えるのがつらそうだった。
「ごめんなさい。すぐに、と言えなくて」
京介は、シェリルなら読めるだろ、と言いかけた。喉まで出た言葉を飲む。読めない文字を励ましても、文字のほうは折れてくれない。
「ヤシロが外周にいたよな。あいつにも読んでもらおう」
「わたしが戻る」
マリアが立った。椅子を運ぶ前の、空いた床を踏む。
「すぐ行く」
「少し座れよ。顔、真っ白だぞ」
「座ったら、動けなくなりそう」
まいがマリアの前へ出た。
「走って転んだら、その分遅れるわ。シェリルが写す間に座って。椅子を持ってくるから」
マリアはまいを見た。言い返しそうに口が動き、そのまま閉じた。
「……怒ってる?」
「急いでるの。あたしも」
まいはそれだけ言って、部屋を出た。
京介はマリアの横にしゃがんだ。覆いの向こうの石は、腕を伸ばせば届く。五日歩いても届かなかったものが、今はこの薄い一枚に隔てられている。
「怖いか」
「怖い。でも、これを置いて金貨の数は数えられない」
「数えなくていい」
「京介は、勝ちたいでしょう」
「勝ちたいぞ」
声に出してから、京介は膝へ肘を載せた。
「サキトの盤、すごかった。あれに負けたら、たぶん腹が立つ」
マリアは石へ目を戻した。
「わたしも、もう待ちたくない」
二人の間で、灯りが覆いに映った。京介は手を伸ばし、椅子を置く場所から空箱を引いた。
「じゃあ、座って待とうぜ。立ってても腹が立つなら、座ったほうが足は楽だ」
「……それは、そう」
マリアは一度だけ息を吐いた。
*
椅子と机を持ってくると、机だけ先に使われた。
「宝庫一切、発見。場所、宝庫。発見者――」
「待て」
京介は、羽根ペンの先を押さえた。
プレスケが丸眼鏡の向こうから見上げる。
「記載中でございます」
「それは見れば分かる。名前が違うだろ」
紙にはサタンジョの名が大きく書かれていた。その横には、京介たちが置いた発見票。棚の番号まで、そのまま写してある。
「先着順で優勝が決まる大会ではございませんので」
「人の紙を写していい大会でもないぞ!」
プレスケは紙を引いた。京介の掌が痛み、ペン先から手が離れる。その隙に紙を丸めようとしたところへ、まいの扇子がぴしゃりと下りた。
「補給係に二枚とも見せるわ。どっちが先に書いたか、そこの青針組も見てる」
ハリナが顔を上げた。
「写し始めたところから見た」
プレスケは椅子ごと半歩引いた。
「……筆跡見本、ということで」
「次にやったら、大会係へそのまま渡す」
京介は紙を取り戻した。へたな自分の字が、見本と呼ばれるほど役に立ったのは初めてだったが、笑う気にはなれなかった。
入口ではサタンジョが金貨の箱を眺めていた。羽根帽子を押さえ、ひと息遅れて叫ぶ。
「派手に登場、手ぶらで帰らず! さあ、ロクシロウ!」
運搬枠がごろごろと入ってきた。折り畳み式の腕の先に、布を張った受け皿がついている。ロクシロウが長い柄を引くと、腕は高い棚まで伸びた。
「そこの箱は札が外れてる。動かすなよ」
京介が言ったときには、受け皿がもう棚の隅へ入っていた。
「では、その札も一緒にお運びすれば――」
布が棚の金具へ引っ掛かった。
嫌な音がした。木の端が裂け、箱が傾く。京介は飛び出しかけ、まいに上着を引かれた。頭のすぐ前を、古い掃除布がほこりと一緒に落ちていく。
「腕、戻して!」
ハリナが叫んだ。ロクシロウが柄へ両腕を巻きつけ、箱は受け皿へ腹を打ちつけた。銀器が中で激しく鳴る。裂けた棚の端が落ち、京介たちの紙を載せた板へ突き刺さった。
紙に長い穴が開いていた。
京介は板を持ち上げた。
「これ、もう一回書くの、オレたちなんだけど」
プレスケが受け皿を下ろす。箱の蓋はずれ、銀の杯の一つがへこんでいた。
「修理は……わたくしが」
「今すぐ直していいかも分からないでしょ」
まいが杯を箱へ戻した。
「勝手に磨かないで。傷めた場所も、あんたたちの名前も書くから」
サタンジョは口を開き、杯を見て閉じた。
「プレスケ。いったん引くわよ」
「しかし、まだ荷が――」
「その腕が引っ掛からない場所で、続きをやるの!」
ロクシロウは棚から落ちた木を拾った。京介の足元の一本へ手を伸ばし、何か言いかける。京介が板から木片を抜く音に、口を閉じた。
青針組はもう次の棚へ移っていた。手伝ってくれなかった、と京介は一瞬思い、それが八つ当たりだと分かって、破れた紙を裏返した。
書き直しているうちにも、二人の灯りは先へ進む。
京介は立ち上がった。
「こっちの小箱、まだ見てないよな」
金貨の箱の陰に、細長い収納棚があった。浅い引き出しが三段並ぶ。机を動かしたとき、下の一段だけ前板の色が違うのが目に入った。
そっと引くと、固まった埃がぱりぱりとはがれた。
革のくずの間に、金色のものが横たわっていた。
京介は左手へ載せた。掌ほどの大きさなのに、ずしりと重い。縁は丸く磨かれ、表には波を渡る何本もの線が彫られている。裏返すと、同じ線が逆向きに刻まれていた。
「まい。これ、印じゃないか?」
まいが灯りを寄せる。冷ましたミエールくんで縁を覗き、細い文字を読んで、短く息を吸った。
「金の航路印。持ち運んで、航海の証書に押したものみたい。番号もある」
マリアが航路帳を開いた。シェリルも保管台の写しを伏せ、金貨の脇にあった目録から同じ番号を探す。
図が合った。
ガッポリーノが幾つもの港をつないだころ、使っていた携帯の印だ。保管帳には、交易品と同じ欄に納めた日が記されていた。
サキトが近づいてきた。京介は印を隠さず、灯りの下へ持ち上げた。
「こっちも、出品できるぞ」
サキトの目が、彫られた線を追った。
「へえ」
それだけだった。けれど、すぐ次の棚へは行かなかった。
京介は頬が緩むのを止められなかった。これを王の前へ置く。航路帳と自分たちの地図を広げる。そして見つけた瞬間を、できるだけ格好よく話すのだ。
「顔に全部出てるわよ」
まいが言った。
「出るだろ、これは!」
シェリルが笑い、発見票へ印の図を描いた。京介は自分の名を書き、その横へ三人の照合の助力を書き足す。
間もなく宝庫へ来た補給係に、印と帳面を並べて見せた。発見票へ受理の印が押され、控えが京介へ返される。その紙を今度こそ、木片の飛んでこない机へ置いた。
まいは空の小さな木箱を探し、中へ布を敷いた。京介が印を納めると、箱の底が手に重く当たった。
「紙よりは、失くしにくいな」
「紙だって失くさないで。証拠なんだから」
木箱には細い提げ紐をつけた。京介は肩へ掛け、サイコロのポーチとぶつからない側へ寄せる。歩くたびに、箱が腰を軽く叩いた。
もう、サキトが盤を掲げる場面だけは浮かばなかった。
*
隣の作業室で、ロクシロウは曲がった運搬枠を床へ置いた。
外した腕には、棚の木が食い込んでいる。引き抜くと、ほこりが膝へ落ちた。さっきまでは何とも思わなかった汚れが、今は妙に重かった。
「アネゴ。これ、宝を入れる箱より、オイラたちの荷を載せたほうがよかったんじゃないか」
サタンジョは羽根帽子を机へ伏せた。
「宝を運びに来たのよ」
「でも、あの杯、曲がったぞ」
「見たわよ」
強い声のあと、しばらく歯車の音だけがした。
プレスケが図面を広げる。脚のように動く支えと、車輪を兼ねる丸い関節。上には大きな荷台、横には『ガッポリ号』の看板が描かれていた。
「細い腕で取るから難しいのでございます。大きな荷台で、下から受ければ」
「……その看板、まだつけるの?」
「見世物に転用するとき、名前が必要ですから」
サタンジョは図面を引き寄せた。乗っている客の絵が三人。適当に描かれた丸い頭に、全員、笑った口がついていた。
「客席にするなら、縁を高くなさい。うちの客が落っこちたら、拍手どころじゃないわ」
「オイラ、降りる段を作る」
「先に、ささくれを取って。刺さったら嫌でしょ」
プレスケは弁償に使うかもしれない金を財布から出し、木材を買う金と並べた。並べてみると、思ったより残らなかった。
「看板の金色は、後回しになります」
「文字は大きく。色がなくても目立つように」
サタンジョは椅子を引き寄せ、図面の端を押さえた。
向こうの宝庫から、京介の笑い声が響いてくる。
彼女は一度だけそちらを見て、それから自分の機械の名を太く書き直した。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




