第16話「ただいまへの道を引こう」
オープニングテーマ「WONDER VOYAGE」
https://youtu.be/Bs0_T5g4GqI
五日目の朝、京介は、自分の字に足止めされていた。
「こっち、船か?」
「箱」
まいが答える。
「これは?」
「それは読めない」
「ミチシルベにも言われる」
「自慢みたいに言わないで」
昨日借りた札の番号を写し直し、京介は鉛筆を置いた。右の掌をかばって指先だけで握ると、線が弱くなる。力を入れれば最後の跳ねが大きすぎる。まいが横から紙を引き、二つの番号を読みやすい字で補った。
「そこまでしなくても、読めるぞ」
「明日のあんたに読ませるの」
机には三列の札ができていた。
来訪者の記録。保存座の作動記録。外へ運ぶ通路の記録。昨日見つけた時刻札に合わせ、丸と点を揃えると、出来事が少しずつ順番を持ち始めた。
シェリルは朝食を終えてから本を開き、マリアは隣で頁を押さえている。誰かに頼むより早く、マリアの手が次の札へ伸びた。
「この箱の案内、もう一枚あります」
シェリルが格子の奥を指す。
返す途中の札が棚の端へ斜めに入り、下の角だけが見えていた。京介は机の縁へ膝を上げ、まいに襟を掴まれる。
「机、動く」
「……見えたら、すぐ取れると思った」
「そうでしょうね」
彼女は手を離し、低い足台を引いてきた。京介がその上へ乗ると、シェリルが下を支え、マリアが灯りを上げた。
札は抜けない。隣の束が噛んでいた。
「まい、左の束を奥へ少し」
「少し、ってどのくらい」
「この指の幅」
「動かしてる本人の指を見せないで」
京介は手を引き、幅を示した。束が動き、目当ての札が滑る。それだけでなく、上に載っていた古い紙まで胸へ倒れ込んできた。
左腕で受け、身体で押さえる。鼻の先へ埃が舞った。
「取れた?」
「とれ、た」
「その声、機械みたい」
「くしゃみを、我慢、してる」
足台を降りた瞬間、とうとう鼻が負けた。京介は顔を部屋の外へ向け、盛大にくしゃみをした。
まいがポーチを見る。
「今の、能力?」
「普通の鼻だ!」
マリアが一枚の紙を取った。ガッポリーノの字が、太く踊っている。
『家の者が来たら、この帳面と照らせ。髪の結び方だけで親戚を増やすな』
紙を持つまいの肩が揺れた。
「親戚、増えちゃったのかしら」
「この海賊なら、飯を食いに来た全員を親戚にしそうだな」
シェリルがその下の家名の列を読み始めると、マリアは紙へ顔を近づけた。
航路帳を隣へ広げ、古い記録の名と指を揃える。ガッポリーノの娘から、その子へ。何代もの年月を挟みながら、港と名と引き渡した日付がつながっていく。
薄い紙をめくるたび、マリアの指が少し早くなる。
新しい頁の末尾には、曾祖母からマリアへ、とあった。
本人の署名。その下に両親の印。
「ここまで、同じです。ガッポリーノさんから、マリアさんへ続いています」
シェリルが言った。
マリアは、目の前の自分の名から、最初の大きな署名まで指を戻した。
ガッポリーノ。
指が途中で紙の継ぎ目へ引っかかった。青い糸の結び目が、内側でその頁を繋いでいる。
*
最後のほうは、海よりも家の絵が多かった。
鍋。秤。取っ手の外れた桶。窓の下の鉢と、軒から吊った大きな魚。
京介は挟み紙の魚を並べた。口の開き方が、ぴたりと合う。
「店の看板だったんだな」
大陸の住所が添えてある。道具の修理屋。マリアの両親が営む店の名が、少し飾った文字で書かれていた。
絵の中の女性は、マリアと同じ編み房を耳元に垂らしている。
『母が編み直すと、夕方までほどけない。わたしがやると、昼すぎに負ける』
マリアは声に出して読んだ。
「お母さん」
その声を聞き、京介は顔を上げた。いつもの短い返事よりも、ずっと細かった。
隣の頁には、布を巻いた男の親指が描いてあった。
『また自分の道具を後回し。まず自分の取っ手を直すこと』
「お父さんにまで、注意してるのね」
まいが言った。
マリアは自分の鉛筆を持つ手を見た。
「書いたときは、怒ってたかもしれない」
その先に、旅の予定がある。
船で寄る港。天気が悪ければ待つ日。占いの見習いとして、土地ごとの相談を聞いてみたいという覚え書き。そして、古い航路帳に残った島の寄託品を調べる計画。
帰りの船は、まだ決めていなかった。
余白に、二人ぶんの筆跡がある。
『道具は店で直しておく。帰ったら土産話を聞かせること』
『途中で便りを出すこと。甘いものばかり食べないこと』
シェリルが安堵したように息を吐いた。
「よかった。ご両親も、きっとお待ちです」
「うん」
マリアの返事は短かった。彼女は住所を読んで、もう一度母親の絵を見た。
「顔を見たい」
「思い出が戻ったら――」
「今、見たい」
シェリルの声が止まった。
紙の上の女性は横を向いている。マリアはその頭の輪郭を指で辿った。向きを変えれば、こちらを見てくれそうな絵だった。
京介は椅子の背へかけた荷から、新しい紙を出した。
「手紙なら、今日出せる。昨日の係が港へ回るって言ってた」
マリアが紙へ目を移す。
「まだ、思い出してない」
「それも書けばいいだろ」
「心配する」
まいが隣の椅子を引いた。
「してるかもしれないわね。今も」
マリアは長く黙った。
京介は勧めすぎたかと思い、紙を少し引いた。マリアの指が、その端を押さえる。
「書く」
住所を一字ずつ写した。途中で二度見直し、行の足りなくなったところだけ次の行へ送る。封筒の形になるよう紙を折り、まだ何も書いていない内側を開いた。
『お父さん』と書きかけた鉛筆が止まった。
マリアはその手前へ、小さく『マリアです』と書いた。
シェリルが覗きかけ、膝へ視線を落とす。京介は机を離れ、水を飲んだ。まいは一度、口を開いたが、自分の銅貨を磨き始めた。
紙を折る音がするまで、誰も次の箱を呼ばなかった。
*
昼前、三列の記録が一つにつながった。
シェリルは最初の札を右へ滑らせた。
「入室。それから、資料を取り寄せています。この箱の番号は――」
「海賊の絵があったやつだ」
京介が机の下を指す。
外周の席から頼んだ箱は、内側の受け取り台へ運ばれた。ところが引き取りも返却もされず、そこへ残った。革の縁の埃が薄かった理由が、ようやく収まる。
マリアは次の札を置いた。
「このとき、座った」
「はい。手を置く台の記録が続きます」
その先は、印が密集していた。
床の沈み込み。支える部分の異常。座席の傾き。
京介は昨日見た足元を思い出した。壁際の擦り傷と、傾いた床。頭の中で座席が傾き、マリアの手が肘掛けを掴む。
シェリルが図の上へ別の札を重ねた。
「落下を防ぐ輪が働いています。利用者を包んで、外へ運ぶ箱へ」
マリアの救護所の紙には、外周の排出扉で保護、とある。
京介はその場所を地図へ描いた。
「ここへ運ばれて、見つけられたんだ」
マリアは地図の点へ指を置いた。前後には道がある。けれど、そこへ立っていた景色が、本人の中には続いていない。
「記憶は、いつ?」
シェリルは赤い線の入った札を出した。
「人を運ぶ直前です。保存してある記録を退避する仕組みまで動いて……ここに、対象範囲の異常、と」
まいが顔を寄せる。
「保存済みの記録だけを送るはずが、座ってる本人からも送ってしまった?」
「そう読めます。経験の記録が、家の寄託品として登録されていた石へ。言葉や一般の知識、身に付けた動作の記録は、残っています」
マリアは自分の編み房を握った。
編める。読める。占える。
その手が、今は震えていた。
「捨てられては、いない?」
シェリルは札を裏返した。退避先の印と、保存継続の線。まいがミエールくんを覗き、摩耗した角を読んだ。
「継続のほうね。終わりの刻みがない」
シェリルが頷く。
「石に残っています。取り戻す方法を、読めます」
マリアは手を放した。編み房が頬へ落ちる。
「早く」
言ってから、彼女は息を飲んだ。
シェリルは次の札を探した。手が少し急ぎ、二枚を一緒に持ち上げる。まいが下の一枚を受けた。
「順番に。あたしも読むから」
京介は航路帳に挟んだ紙を広げた。
『本当に石へ思い出をしまえるのか、外周で資料を見たい』
マリア自身の字だった。興味を持ち、船を選び、この島へ来た。古い座席が壊れるところまで、旅の予定には書かれていない。
「これ、わたしの考え」
マリアが言った。
「覚えてないのに、また同じものを探してる」
京介は、いいことだと言おうとしてやめた。マリアは笑っていなかった。
シェリルが設備の説明を開く。利用の図には、大人も子どもも、違う服の人も座っていた。家の印は座席の作動欄になく、退避先を探す一覧のほうにある。
京介はその一覧を紙に写した。
「この印の保管台だな」
「うん」
マリアは自分の手紙を荷袋へしまい、その上に航路帳を置いた。ここへ来た理由を見つけても、指先は、もう次の頁を探していた。
*
保管場所の箱は、ほかより重かった。
受け口へ降りたとき、台が低く鳴る。京介が横から支え、まいが蓋を開けると、金銀の名前と数が現れた。
「ある」
まいが言った。
マリアが顔を上げるより先に、彼女は大きな字の欄へ指を滑らせた。
「金の飾り板。銀の食器。宝石、種類ごとに……一番大きな結晶、別置き」
声が、明るくなる。
京介も身体を寄せた。何も持ち帰れないまま終わるという嫌な想像が、頁をめくる音へ押しやられる。
前の欄には、奪った品を返した港と、相手が見つからなかった品が並んでいた。線を引いて直した字の下に、また別の名がある。まいの指はそこで止まったが、次の頁へ戻ると、交易の利益と船の修理代が続いた。
シェリルは、水を運んだ代金の欄を読んでいた。
その下に、大きな書き込み。
『腹を空かせて宝を眺めるくらいなら、道と飯を作れ』
「ガッポリーノさんも……」
シェリルの声に、まいが顔を上げた。
「わたしが話した村も、道があれば、井戸を直す人が来られるんです。ここのお宝なら、きっと」
「先に、見つけたいわ」
「はい。でも、こう書いてありますし、みなさんも――」
「この字が、あたしの使い道まで決めるの?」
机が静かになった。
シェリルは指を引いた。
「そういうつもりでは……」
まいは頁を押さえたまま、彼女を見ていた。シェリルの教本の四角い留め具が、机の端へ触れて音を立てる。
京介は二人のあいだへ手を入れかけたが、マリアが先に薄い札を引いた。
「わたしは、石が欲しい」
その声はまっすぐだった。
「ほかの人を待たせても、今日、戻し方を知りたい」
シェリルは唇を噛み、目の前の札へ視線を戻した。
「……寄託品の欄ですね。ここです」
賢者の石は、家の寄託品として記されていた。航海中の記憶保管と、その回復に使う。必要な者へ返すこと。保管台は宝庫の一角にある。
京介が見取り図を引く。
太い線は中央の穴へ向かい、細い線は外側を回る。重なった角をまいが筒で読むが、一箇所だけ、どうしても繋がらなかった。
「ここ、二枚」
マリアが図の端を持ち上げた。
薄い透明な板が離れると、下に外周から宝庫へ続く通路が現れた。上の板には、大地から集まる太い線と、上向きの舟。
星舟、と書かれていた。
京介は昨日の窓から見た穴を思い出す。真っ直ぐ上へ伸びる壁。天井の向こうへ消えた柱。
「この舟を、動かす道か」
シェリルが図の角を読んだ。
「はい。石の記憶を送る系統は下の図です。こちらの、星舟を動かす系統とは繋がっていません」
京介は透明な板を机の脇へ置いた。宝庫へ行く線が、ようやく一つになる。
その隣には、二つの箱を順番に閉じる絵があった。外周の閲覧座を休止し、そのあと宝庫の保管台を止める。記録の接続を外してから、本人と照らし合わせる。回復の詳しい手順は保管台にある。
マリアは、その下の図から目を離さなかった。
「戻ったら」
彼女は京介を見た。まい、シェリルの順に目を動かす。
「ここで覚えたことは、どうなる?」
京介は答えられなかった。
古い記憶が戻れば、今のマリアが全部喜ぶ。そう思っていた。彼女は違うことを考えていたのかもしれない。
シェリルは図の下の細かい字を、声に出さずに読んだ。まいが灯りを寄せる。二つの輪に違う模様が描かれ、最後の一つの輪には両方の模様が残っている。
「消えません」
シェリルは顔を上げた。
「石へ預けたあとに覚えたことも、本人の記録として残す、とあります」
マリアがその行へ指を置いた。
「家のことも。ここで、喧嘩したことも」
「それ、先に挙げる?」
まいが眉を上げた。
「魚を踏んだことも」
「オレの活躍、踏むところだけ残るんだな」
「紙も飛んだ」
「そこが増えても格好よくならないぞ!」
マリアの口元が動いた。
シェリルも笑いかけ、今度はまいの顔を見てから、図をマリアへ渡した。
「この一枚、写して持って行きましょう」
*
外周へ出る通路には、潮の匂いがあった。
補給係の机が窓の下へ置かれ、隣では担ぎ手が空の籠を重ねている。その向こうに、青い縁の革帽子が二つ見えた。
サキトとハリナだった。
机には、蓋を開けた革の箱があった。内側の厚い布が、丸い盤を覆っている。ハリナが発見票を押さえ、サキトが係の質問へ答えている。
「上部の第三保管室。持ち運び箱は棚の下、留め金に海賊の印。箱と品、同時に届ける」
「この購入年の読みは?」
「京介とシェリルにも読んでもらった。名前は裏にある」
京介は足を止めた。
自分たちが読んだ一行が、いま相手の発見票を進めている。
係の筆が走り、紙へ受理の印が押された。判定は七日目の日没、王の前で、と言い添えられる。サキトは当然のように頷いた。
「そこへ運ぶために、今日届けたんだ」
ハリナが控えを受け取り、革の筒へ入れた。こちらに気付くと、片手を上げる。
「字、使わせてもらった」
「見れば分かる」
まいが答えた。
サキトは京介へ近づき、傷のない左側から肩を軽く叩いた。
「そっちは?」
「石の場所が分かった」
「そうか。取れたのか?」
「明日、行く」
サキトが奥の道を見る。そのあと控えの入った筒へ手を当てた。
「俺たちは、運ぶ準備ができた。まだ奥にも行く。あと二日あるからな」
京介の喉に、負けないぞ、が引っかかった。
昨日と同じ言葉だったが、今日は飲み込まなかった。
「まだ決まってないだろ。王が見たら、こっちのほうが驚くかもしれない」
「何を見せる?」
答えがなかった。
サキトは待たず、革の箱へ戻った。ハリナが蓋を閉じ、二人で荷車へ移す。息を合わせる声が短い。ほかの引揚げ道具の脇へ、箱がぴたりと収まった。
「船を買うなら、これくらいは持ち帰らないと」
サキトが綱を締める。
ハリナはその結び目を押し、一本だけ位置を変えた。
「売れる額は、戻ってから」
「夢まで小さく縛るなよ」
「荷を落として小さくするよりいい」
京介は二人の手を見ていた。まいは、布で隠れた盤を見ていた。
シェリルが一歩前へ出かけ、止まった。マリアは航路帳を抱えたまま、二人へ頷く。
「印、教えてくれてありがとう」
「部屋が違っても、役に立ったならよかった」
ハリナは帽子の縁を下げた。
「明日の道で会ったら、先は譲らないけど」
「こっちもよ」
まいの返事は、すぐだった。
荷車が通路を曲がるまで、京介は見送った。押されたばかりの発見票の印が、目の奥へ残っている。
「行かなくていいの?」
マリアが聞いた。
京介は振り向く。
「銀のほう」
まいが、マリアの抱える帳面を見た。
「今から追っても、あの盤は二つに増えないわ。ここを終わらせる」
不機嫌な声だった。
京介はその声へ頷き、係へ閲覧座の休止を頼んだ。
借りた灯具が、昨日の部屋を照らす。シェリルが読んだ手順に沿って、まいが外側の留め具を動かした。京介は傷のない手で記録板を押さえる。マリアが最後の印を指すと、肘掛けの脇に灯っていた線が消えた。
係は時刻を記し、王城の操作禁止札の横へ、新しい休止札を掛けた。
マリアは座席へ近づいた。
空いた肘掛けへ手を伸ばしかけ、その手を航路帳へ戻す。
「次は、奥」
部屋を出たところで、彼女は封じた手紙を差し出した。
係が宛先を読む。マリアは頷き、差出人の欄を指で押さえた。手紙は港へ回る袋の一番上へ入った。
袋が閉じられてからも、マリアはしばらくそこに立っていた。
*
記録庫へ戻る道では、誰の口数も少なかった。
休憩場所に荷を下ろすと、まいは銅貨を出して膝の上へ置いた。疲れているのに、眠る支度をしない。京介も地図を開いたまま、外周の机の位置へ四角を描いていた。
「悔しいな」
彼が言うと、まいは顔を上げた。
「ええ」
「もう実物を持ってる」
「しかも、あたしたちが文字を読んだ品をね」
シェリルの手が止まった。食事を並べる布の端が、床へ落ちる。
まいはそれを拾い、自分の膝から広げ直した。
「読んだことを責めてるんじゃないわ。あたしも、あの字を見たかったもの」
シェリルはすぐには頷かなかった。
「わたし、手伝うのが当然みたいに言ってしまいます」
マリアが顔を向けた。
「誰かが困っていたら、って。でも、まいさんも、京介さんも、マリアさんも、自分のために来たんですよね」
「シェリルもだろ」
京介が言うと、彼女は教本へ目を落とした。
「わたしも、わたしがしたいことがあります」
その言葉は、机で聞いた援助の願いより小さかった。
マリアはパンを取った。
「わたしは、明日も頼む」
三人を見る。
「石を見つけたい。戻し方を読んでほしい。早く、帰る家の人を思い出したい」
まいは膝の上の銅貨を拾い、ポーチへ戻した。
「宝庫に着いたら、あたしも自分の欲しいものを探すからね」
「うん」
京介は地図を彼女たちの間へ置いた。
「この外側の通路だ。明日は、ここから」
紙の端が反った。右手で押さえると傷が引かれ、指を浮かせる。まいが自分の水筒をそこへ置いた。
掌へは触れなかった。
京介も礼を声にせず、線を描き足した。六日目、宝庫。残るのはその一日と、七日目の日没までだ。
夕食の根菜へ、マリアが塩を足した。
昨日のメモを取り出し、航路帳の後ろの頁と並べる。
『旅に持つなら、甘じょっぱい焼き菓子』
それを読んで、彼女はもう一口食べた。
「同じだった」
「好み?」
まいが聞くと、マリアは頷いた。
「昔も、甘いのとしょっぱいの、一緒が好き」
「じゃあ明日のパンにも、塩を取っとこうぜ」
京介は小さな包みを差し出した。
マリアはその包みを受け取り、航路帳の中へ挟みかけた。まいがすかさず手を出す。
「それは料理の本になっちゃう」
「……そうだった」
マリアは食料の袋へ入れ直した。シェリルが笑い、京介も笑った。まいだけは渋い顔で帳面の頁を払い、塩が入っていないことを見届けてから口元を緩めた。
灯りが低くなった。
京介は地図を枕元へ置き、右手が下にならない向きで横になった。上のどこかで、また荷の動く音がした。
目を閉じると、銀の盤を包む丸い布が浮かぶ。
その横へ、まだ見ぬ自分の宝箱を置いてみる。
明日は、空のままで終わらせるつもりはなかった。
エンディングテーマ「ただいまの地図」
https://youtu.be/laoWeE9esnY




