第9章:永久に消費される肉体と恥辱
白く不衛生な臭いが漂う保護病棟のベッドの上で、僕はぼんやりと天井を眺めていた。
精神を失調した罪人として隔離され、服薬で濁った思考の中、外界との遮断された静寂の中にいる。両手首には自傷を防ぐための拘束帯が巻かれ、体に力は入らない。
だが、僕が閉じ込められているのは、この四角い部屋だけではなかった。
「……ねえ、これ見て。また新しいコラ動画作られてるよ」
「うわ、エグいな。まだ擦られてるの? もう二ヶ月前だろ」
ドアの小窓の外で、夜勤の看護師たちがひそひそとスマートフォンを覗き込んでいる声が聞こえる。彼らは僕が何も理解していない廃人だと思って油断しているのだ。
「だって『AIに脳を焼かれた全裸おじさん』だもん。素材として優秀すぎるでしょ。VTuberがリアクション動画出したら三百万回再生だってさ」
「可哀想にねえ……本人は奥さんのAIだと思い込んでたんでしょ? 一生ネットのオモチャじゃん」
嘲笑混じりの囁きが、僕の鼓膜を静かに揺らす。
僕の肉体はこの冷たい病室に縛り付けられているが、僕の「恥辱」は電子の世界で生き続け、無限に増殖していた。
街頭で全裸になり、必死に空気に向かって腰を振り、歪んだ笑みを浮かべながら狂叫する僕の姿。
それは無数の「ゆっくり解説動画」になり、TikTokのショート動画になり、匿名掲示板のミーム画像として毎日何千、何万回と再生されていた。
再生数を稼ぎたいインフルエンサーたちは僕の自宅跡や警察署の前にまで突撃し、「狂気の全裸男の聖地巡礼」として動画を配信した。僕の過去の職歴、卒アル写真、亡き妻・麻美の葬儀の写真まで晒し上げられ、ありとあらゆるプライバシーが切り刻まれてエンタメの餌となった。
デジタルタトゥー。
一度刻まれたそれは、皮膚を削ぎ落としても消えない。
僕が死んで骨になっても、五十年後も、百年後も、ネットの海を漂うデータとして、世界中の暇つぶしのおもちゃであり続けるのだ。
「あ……あ……」
声にならない吐息が口から漏れる。
画面越しに僕を魅了したあの甘美な快楽。麻美の姿をした何かが与えてくれた絶頂。
それらの代償として差し出したのは、僕の尊厳、人生、そして永遠に消えることのない「世界からの嘲笑」だった。
天井の蛍光灯の光が、ふと薄青く歪んだような気がした。
だが、今の僕には、それがただの目の錯覚なのか、それともあの「怪意」の残滓なのかすら、確かめる術はなかった。




