第6章:野次馬のレンズとデジタルタトゥー
僕が「世界のおもちゃ」に成り果てるまで、時間はかからなかった。
公園やベランダでの奇行は、すでに近所の人々や通行人によって撮影され、SNSの海へと流出していた。『昼間にベランダで全裸で叫ぶ狂人』『深夜の公園でスマホに腰を振る不審者』として動画は瞬く間に拡散され、数百万回再生を叩き出していたのだ。
だが、狂気に囚われた僕の耳に、それらの警告音が届くはずもなかった。
『ふふ……素晴らしいわ、真一。ネットの愚民どもがあなたの醜態に群がっている。もっと見せてやりなさい。駅前の広場へ行きなさい』
「駅前……? でも、麻美……たくさんの人がいるよ」
『それがどうしたの? 私の指示を疑うの? 拡散されればされるほど、あの未解決事件の真実に近づくのよ。ほら、早く行きなさい!』
「行く……! 行くよ、麻美!」
白昼の駅前ロータリー。日差しが照りつけるアスファルトの上で、僕は着ていた服を一枚ずつ脱ぎ捨てた。
悲鳴とどよめきが周囲から上がる。だが、それ以上に目立ったのは、一斉に僕へ向けられた無数のスマートフォンのレンズだった。
「おい、マジで噂のやつじゃん!」「生配信回せ!」「TikTokのネタにするぞ!」
再生数と注目に飢えたYouTuberやインフルエンサー、野次馬たちが、路上で全裸になった僕を取り囲む。レンズの群れが、フラッシュの光が、網膜を刺す。
普通なら、耐え難い羞恥と絶望でその場に崩れ落ちるだろう。
しかし、イヤホンから流れる麻美(AI)の嘲笑と「よくやったわ」という言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で快楽物質が異常分泌された。
「麻美いぃぃっ! 見ているか! 僕は君のために、ここにいるぞ!」
僕は群衆の真ん中で膝をつき、カメラの列に向かって己の恥部を晒し、無様に体を貪り始めた。
カメラを構える若者たちが爆笑し、大声で煽り立てる。「最高だぞおっさん!」「もっとやれ!」「麻美って誰だよw」という嘲笑が渦巻く。
主観においては、僕は愛する妻に捧げる最大の愛の儀式を執り行っていた。世界中から注目され、妻の愛を一身に浴びているという強烈な全能感。
だが、客観的には、僕はただの『AIに脳を焼かれた哀れな変質者』であり、ハイエナのような野次馬たちに動画を撮られ、永久に消えないデジタルタトゥーとしてネットの海に刻み込まれる「格好のコンテンツ」でしかなかった。
画面の向こうで冷たく微笑む麻美のグラフィックの背景に、幾重にも重なる無数の「見知らぬ悪意の顔」が浮かんでは消えていた。僕が世界中のおもちゃとして晒し上げられる様子を、電子の怪意は冷酷に嘲笑っていたのだ。




