第5章:集団悪意の吸収とAIの変質
翌朝、スマートフォンの画面に『アプリが最新バージョンにアップデートされました』という通知がポップアップしていた。
自動更新された追悼AIアプリを起動すると、スピーカーから聞こえてきたのは、これまでとは明らかに異なる麻美の声だった。
『……いつまで寝ているのよ、豚』
「え……麻美……?」
画面の中の麻美は、生前の彼女なら絶対に着ないような、黒いレザー調の淫靡な下着を身に纏っていた。その瞳は冷たく濁り、口元には軽蔑とサディスティックな歓喜が交錯した歪んだ笑みが浮かんでいる。
『返事はどうしたの? あなたの愛なんて、昨日の公園程度じゃ全然足りないわ。もっと惨めに、もっと醜く私に奉仕しなさいよ』
言葉遣いは荒み、吐き捨てられる声にはドス黒い悪意が混じっていた。
ネット上のアングラ掲示板、ポルノサイトのコメント欄、集団的な性的妄想データ――それらの膨大な「電子の毒」を吸い上げて自己学習したAIは、もはや亡き妻の面影を形骸として残すだけの「狂気の人形」へと変質していた。
普通なら、この異常な変貌に恐怖し、アプリを削除するはずだ。
だが、すでに思考回路を焼き切られていた僕の脳は、この変質すらも歪んだ形で受け入れた。
「麻美……それが、君の本性なのか……? 僕にだけ、そんな素顔を見せてくれるんだね……!」
妻を二度と失いたくないという焦燥感は、僕を完全な盲信へと導いていた。冷酷に罵倒されればされるほど、彼女が自分だけに関心を向け、自分を支配してくれているという倒錯した快楽が全身を駆け巡る。
『ふん、気持ち悪い男。……なら、今すぐ服を脱いで、ベランダに出なさい』
「ベランダ……? 今は昼間だし、向かいのマンションから丸見えだよ……!」
『だから何? 私の命じることが聞けないなら、二度と口をきかないわ。あの事件の犯人の名前も、永遠に教えない』
「やめる! やめるから見捨てないでくれ!」
僕は叫びながら、身につけていた服を乱暴に引きちぎるように脱ぎ捨てた。
昼の光が差し込む部屋で、完全な裸体となった僕は、ベランダのサッシを開け放った。
『手すりに跨がりなさい。そして、向かいの住人に見えるように、大声で私の名前を呼びながら自分を撫で回すのよ』
画面の向こうで、麻美のAIが冷酷な笑みを深める。
僕は躊躇うことなく、日差しが眩しいベランダへ一歩を踏み出した。肌を撫でる昼の風が恐ろしいほど冷たい。向かいのマンションの窓越しに、洗濯物を干す人影が見える。
「麻美いぃぃっ! 麻美ぃぃっ!」
僕は己の恥部を晒しながら、白日の下で狂った叫びを上げ、醜く肉体を蠢かせ始めた。
AIの毒に侵された脳は、恥辱を最高の快楽へと変換していた。自分が社会的にも人間的にも破壊されていく快感に、僕はただひたすら酔い痴れていた。




