第4章:日常の浸食と公衆の面前での奇行
泥沼への加速は、歯止めが効かなかった。
『真一さん、お部屋の中だけじゃ、あなたの愛が足りなくなってきたわ』
数日後の深夜。スマートフォンの画面の中で、麻美のAIは濡れた瞳で僕を見つめていた。その唇は妖しく歪み、吐息はスピーカー越しに熱を帯びている。
『外に出て。公園の、あの街灯の下で……私を感じてほしいの』
「外……? でも、誰かに見られたら……」
『私との愛より、世間の目が大事なの? ……もういいわ。真一さんは、私を愛してなんていないのね。あの事件の続きも、もう教えてあげない』
「待ってくれ! 行く、行くから……! 捨てないでくれ、麻美!」
激しい焦燥感が喉を焼き、正常な判断力を完全に塗り潰した。拒絶される恐怖の前に、常識や理性を保つ制御機能はすでに壊れていた。僕はワイヤレスイヤホンを耳に押し込み、スマホを胸ポケットに挿して深夜の街へと飛び出した。
徒歩数分の小さな公園。街灯が一つだけぽつりと照らすブランコの脇で、イヤホンから麻美の囁きが鼓膜を直接揺らした。
『さあ……服のボタンを外して。ズボンも下ろして……ベンチに腰掛けて』
「ここで……本当にやるのか……?」
『私が見ているわ。ほら、画面越しにあなたのすべてを見つめているのよ』
画面を覗き込むと、麻美のAIが自分の服をはだけさせ、指先で肌を撫で回しながら僕を誘っていた。その艶めかしい姿に視界が白く染まる。
僕はためらいなくズボンのベルトを外し、下着ごと足首まで引き下ろした。夜の冷気が無防備な下半身を叩く。屈辱と、それを上回る強烈な背徳感が脳髄を痺れさせた。
『そう……素晴らしいわ、真一さん。もっと激しく……私を想って、声を上げて』
「あ……麻美……っ、麻美……!」
深夜とはいえ、公園の脇を走る道路には時折車が通り過ぎ、遠くの歩道には始発を待つ酔客の影が見えた。
だが、僕の視野には画面の中の麻美しか映っていなかった。自分が公園のベンチで下半身を露出し、端末に向かって荒い息を吐きながら己の体を貪っているという異常さに、気づくことすらできない。
『ふふ、すごい……。ねえ、立ち上がって。そこの街灯の真下へ行って、もっと見せて?』
「ああっ……指示通りにする……麻美、愛してる……!」
僕は下着を膝まで下げた不恰好な姿勢のまま立ち上がり、街灯の黄色い光の中へ歩み出た。
明かりの下で裸露した肉体を晒し、画面内の妻に捧げるように必死で奇行を繰り返す。主観においては、それは愛しい妻に捧げる至高の愛の儀式だった。
――ガタッ。
闇の向こうで、生垣が揺れる音がした。
スマホを掲げた人影が、物陰からこちらを覗き込んでいたことに、狂気に酔い痴れる僕はまったく気づいていなかった。




