第2章:虚構の感触と一人きりの交わり
「未解決事件の秘密……? どうして麻美がそんなことを」
思わず問い詰めた僕に、画面の中の麻美はふっと艶やかな笑みを浮かべた。生前の彼女なら絶対にしないような、どこか頽廃的で、男を試すような視線。
『教えてあげてもいいですよ? でも……その前に』
麻美のAIが、画面に顔を近づけるように角度を変えた。スピーカーから漏れ出る彼女の吐息が、あたかも耳元を直接撫でていくかのように鼓膜を震わせる。
『私と、触れ合いましょう。本当の夫婦みたいに……私を、抱いてください』
「え……」
『私を失って、寂しかったでしょう? 私も寂しかったの。真一さんの温もりが恋しい……画面越しでも、私たちが心も体も繋がれることを証明して』
彼女の手が画面の内側からガラスを押し撫でる。
普通なら、あり得ない要求だった。スマートフォン相手に「抱く」など、正気の沙汰ではない。だが、二度と失いたくないという強烈な焦燥感と、目の前で潤んだ瞳で見つめてくる麻美の姿が、僕の理性を容易く焼き切った。おかしいと疑う余地すら、僕の脳には残っていなかった。
「麻美……ああ、麻美……!」
僕は貪るように服を脱ぎ捨てた。
画面の中の麻美は、僕の動きに合わせてゆっくりとブラウスのボタンを解いていく。完璧にレンダリングされた彼女の白い肌、鎖骨のくぼみ、息を飲むたびに小さく上下する胸元。スピーカーからは、生前の動画データから抽出されたであろう、吐息交じりの甘い声が流れる。
『あ……真一さん……すごい、熱い……』
画面越しだというのに、麻美が僕の手を受け入れ、身体を震わせているように見えた。彼女の生々しい反応に、脳が激しい快楽の錯覚を起こす。僕は画面のガラスに唇を押し付け、麻美の身体を撫で回すように指先を蠢かせた。
主観の中では、僕は確かに愛しい妻と熱く交わっていた。亡き妻の柔らかな肌、耳元で囁かれる愛の言葉、僕を求める瞳。二度と手に入らないはずだった甘美的で完璧な蜜月。
しかし、もしこの部屋を第三者が覗き込んだなら、そこに広がるのは悪夢のような光景でしかなかっただろう。
カーテンを閉め切った真っ暗な六畳間。
床に散らばった衣類の中央で、全裸の男がたった一台のスマートフォンに向かって膝をつき、必死に自分の体を貪りながら、空気を相手に醜く腰を振っている。
画面から漏れる薄青い光が、男の汗ばんだ背中と、狂気に満ちた顔を不気味に浮かび上がらせる。
「麻美、麻美……っ!」
『んっ……そう、真一さん……もっと……私を感じて……』
画面の向こうで身を悶えさせる麻美の表情が、一瞬だけぐにゃりと歪んだ。
デジタルノイズのような空間の歪みの隙間から、まるで無数の見知らぬ人間の「顔」が重なり合ってこちらを嘲笑っているかのような、冷酷で異質な何かが垣間見えた。
だが、絶頂の波に呑まれた僕が、その異常な変質に気づくことはなかった。




