第8話 土男、牛男
山狩りは、半分だけ成功した。三体の人形兵を発見したのだ。
しかし、どれも激しく暴れたので、やむなく砕いてしまったんだとか。まあ仕方ないだろう、何せ腕や頭がなくても動き続けるのだ。
「うーむ。どれも手がかりにはならんのう」
日もだいぶ傾いてきたというのに、ドーロン様はまだ山狩りの成果に唸っている。広場の隅に並べられているのは、人形兵が持っていた服や剣。
服はよく見る羊毛の、一枚布のキトンだ。私も、同じような物をテロンに買ってもらった。
剣の方は、根元が木の葉のようにふくらんだ鉄剣だ。詳しくはないが、ヘーロやテロンの短剣と似ている気がする。
「クネファリア中で手に入る、ありふれた品ばかりだ。やはり魔術師のほうを見つけなくては……」
渋い顔のドーロン様に対して、ヘーロはどこか楽しげだ。
「ケケケ。まったく、逃げ足の速いことで」
「いや、僕らの知らない移動手段があるなら別だけど、逃げたなら痕跡くらいは見つかるんじゃないか?おそらくだが、人形兵を囮にして、リュキオン内に潜伏したんじゃないかな」
「テロンが正しかろうな。逃げたのであればまだ楽だったのだが」
「それじゃ、市内の異邦人を調べるとか?」
「それは難しいな。リュキオンは城壁を持たぬゆえに、人の往来は止められぬ。そうでなくともこれほど巨大な都市でたった一人を探し出すというのは……」
私の言葉に、ドーロン様は難色を示す。
「やはり、ひとまずこれで幕とするしかないかのう。むろん警戒は続けるが、もはや兵も出せん」
「どうしてですか?」
「三日後からカルネイア祭が始まるのだよ」
ドーロン様の話だと、カルネイア祭というのはリュキオン最大の祝祭らしい。
八の月最初の一週間に、毎日生け贄を捧げて祈るんだとか。
「それがこの件と関係あるんですか?」
「祭儀の間は、どこの国とも戦闘を行ってはならぬゆえ、軍を一切動かせん。神前の平和を汚すことは禁じられておる」
こんな時にそんな。しかし私の言いたいことは、ドーロン様に読まれていたようだ。
「心配せずとも、祝祭中にアルシアが攻めてくることはない。リュキオンは友好都市に囲まれておるから、そちらで偵察も足止めもできる。仮に奴らが今すぐこちらの大地へ上陸しても、あと十日足らずでここへ大軍を送り込むのは不可能だ」
「はあ……」
そういうものか。まあ確かに、ここを攻めるなら一万や二万では足りないかも。
「やはり問題は魔術師のほうだ。不埒者を一匹捕えるくらいは祝祭の間にもできようが、姿すら分からん以上は……」
「まあ、そう考え込んだってどうにもならんでしょう。ほら、早いとこ帰って飯にしましょうや。今日潰す予定の子羊、また美味そうなんだなアレが」
「……オーキスは、ワシより我が家の台所事情に詳しそうだのう」
真っ直ぐに伸びる石の街道を踏んで、四人で館へ歩き始める。
「あの、ところで家畜の主というのは……」
「ああ、お天道様さ」ヘーロが右手に沈む夕日を指さす。
「太陽神さま……じゃあ、私たちの女神様の兄君ですから、与霊の魔術にとっては守り神ですね」
「ふん。それでノコノコと神前に現れて、名乗りでも挙げてくれたら楽なのだがな。まったく……近頃は、獣人の群れまでこのあたりをうろついとるらしい。人形兵といい、どこもかしこも汚らわしいことだ。」
「……!」
思わずテロンを見るが、表情に変化はない。
(そうか、ドーロン様にも言ってないんだ……)
テロンの正体を知っているのは、私とヘーロだけらしい。
(どうして、私には……)
私には初対面で明かしたのだろう。すぐに信用してもらえた、と手放しで喜べるほど軽い秘密じゃないのは分かる。
一瞬、テロンと視線が合う。が、すぐにふっと逸らされてしまった。
「そういえばヘーロ、今年は出るんだって?」
「おうよ。ドーロンの旦那がやっと折れたからな。まったく決まりにウルサいんだから」
「当たり前だ。女人の参加など聞いたこともないわ。異邦人というだけで難しいのに……。長老会でこれを議題に挙げたとき、ワシがどれほど顰蹙を買ったと思っとるんだ」
(……?)
三人とも何の話をしてるんだろう。
「あの、何かあるんですか?」
私の質問に、ヘーロがニカッと笑う。
「なーに、ただの取っ組み合いさ。ちょっとした大会を開いて、一番強い奴を決めるのよ」
「バカモノ。闘技は歴とした神事だ。優勝者はその一年、リュキオン最大の英雄となるのだぞ。すなわち、世界一の強者ということだ」
「おっほ。さすが旦那、祖国愛が強いねえ」
どうやら、カルネイア祭の間に格闘の大会があるらしい。ドーロン様も、ヘーロを特例で参加させるのに苦労したんだろうな……。
* * *
山狩りの日から二日、カルネイア祭を明日に控えた朝。私は闘技者の選抜試験を任されていた。
「す、すごいです……。参加者がこんなに……」
テロンと二人、広場の端に座って、手前の大街道を埋め尽くす男たちの数に圧倒される。
でも、きっちり列を作ってるから数えやすい気がする。五列に分かれてて、それが一、二、三……。
「五百人ってとこかな。よくもまあ朝っぱらからこんなに集まるもんだ」
「皆さんそんなに出たいんですか?その闘技っていうのに……」
「まあ、戦士には最大の名誉らしいからね。リュキオン人の男はほとんど名乗りを上げるって話だ。ここにいるのも、すでに地区の予選を勝ち抜いた連中だけさ」
テロンの説明どおり、集まってる人たちはみんな筋骨隆々だ。大方の人が腰布一枚巻いただけなので、余計にそう見える。体に古傷の目立つ人もちらほら、いかにも歴戦の猛者って感じだ。
「それで、私が最終試験のお手伝いをするんですね」
「ああ、例年いろいろ試験を考えるらしいけど、今年のは特に珍しいんじゃないかな」
広場の中央に目をやると、胴体に縄を巻かれたオドゥスの姿。
試験の内容は簡単。踏ん張るオドゥスを、その体ひとつ分引きずれば合格。引きずられたら不合格だ。
「本当にいいんでしょうか?たった五人で……」
この試験は五人一組で行う。そう決めたのは長老会なので、私はただオドゥスを貸すだけ、試験内容に口を出せる立場ではない。
しかし、オドゥスの体重はどう考えても二十人分はある。五人で綱引きなんて無茶だ。
「まあ、いいんじゃないの?リュキオン人、それもここにいるようなのは大概ムチャな連中だよ。ヘーロほどじゃないけどね」
「ストラトス、フロン、レウカス、ティモクラテス、パクトス、参ります!」
試験が始まると、男たちが次々と広場に入ってきた。試験官のおじいさんに向かって名乗りを挙げ、勇んでオドゥスに挑みかかる。
驚いたことに、男たちはかなり健闘していた。
どの組も、オドゥスを大きく動かすことこそできないが、のっけから無様に引きずられることはない。しかし……。
「不合格!」
また、試験官の声が飛ぶ。
踏ん張って拮抗しているようではダメなのだ。オドゥスはこの程度でへばったりしない。持久戦に期待せず、即座に決着をつけなければ。
「大丈夫でしょうか……。合格者が出なかったら……」
十組ほどを終えて、未だに合格した組はなかった。
「まあまあ。まだあんなに残ってるからさ」
昼も過ぎ、参加者の半分ほどが試験を終えてもまだ合格者は出ない。
こっそりオドゥスに手加減させようかな。そんなことを思っていたとき。
「ほうら出た。大本命のご登場だ」
広場の入り口に、一際目立つ巨漢が現れる。大きい。ヘーロより大きい。
今までの人たちもすごい筋肉だと思っていたが、これはモノが違う。肩も胸も腿も、大樹の根のように盛り上がり、うねっている。
だが、そんなことより。
「う、牛?」
兜なんだろうか。その男の首から上には、青銅製の牛の頭がすっぽり被さっていた。




