第7話 もう一人の……
「これが、その人形兵なのかね。その、霊なき者に霊を与えるという……」
テロンが持ち帰った土の欠片を眺め回しながら、ドーロン様が唸る。
「与霊の魔術の……遺物です。こんなものが残ってるなんて」
「君の術とは別物なんだったね」
「はい。私たちの縛霊の魔術は、生き物が元々持つ霊を縛るものですから……」
上の空で答えを返す。今はもっと重要なことがあるのだ。
「あの、へーロは……」
「ああ、もう大丈夫だ。ほれこの通り」
テロンを付き添いに、へーロが部屋へ入ってくる。信じられないことに、あの傷が消えている。左腕はすっかり元通りだ。
「本当に大丈夫なんですか?だって、あんなに血が出てたのに……」
「人よりちょっとばかし頑丈なのさ、アタシは。ほれほれ」
駆け寄った私を左腕一本で抱え上げ、ひょいひょいと上下させる。
「相変わらず凄まじいな、オーキス。リュキオンでも、お前ほどの強者はそうおらん」
「貯蔵庫はだいぶ寂しくなりましたけどね。僕はほどほどにしとけって言ったんですよ」
ヤケ食いして治したらしい。そんなバカな。
とにかく回復したへーロは、樫の椅子にどっかり腰を下ろす。私は抱えられたままなので、ちょこんと膝に乗せてもらう。
「ふー……。そんで、問題はあの泥ン子どもの主人がどこの誰かってことだ」
「うむ。アルシア帝国……とは限らんが、我々の敵ではあるらしい」
「しかも、大変な戦力だ。頭を破壊されても動いてたし、完全に砕かなきゃ倒せないんだろう。あの三体で全部ならまだいいけど、何十、何百といるなら大事だよ。ニキッペ、人形兵の数や性能については知らないの?」
テロンの言葉とともに三人はこちらを見るが、与霊の魔術は専門外なのだ。
「すみません……。数百年前に、土の軍団を作った天才がいたとしか……」
「まあ、知らぬものは仕方あるまい。……それに、分かったこともある。これは我がリュキオンの土だ」
人形兵の欠片を掲げながら、ドーロン様は断言する。
「へえ、さすが旦那。そういうことが分かるんですかい」
「うむ。見ろ、この見事な白。他所の赤土を焼いてもこうはならん」
言いながら、手に持った欠片を、壁際の酒甕に近づける。確かに二つの色合いはそっくりだった。オリーブの油を浮かべたヤギの乳のような。
「そうなると、人形兵を作ったその里っていうのは、この近くにあったのか?数百年前の話だってことだけど、ドーロン様はご存じないんでしょう?」
「知らん。むろん、現存もしておらぬだろう。この一帯にはリュキオンの目が行き届いておる。リュキオンの建国が三百年ほど前だから、その里とやらはそれ以前に滅びたはずだ」
「やはり古代の遺物……。しかも天才の作だというなら、今後増えることはない、と思っていいのかな。今何体あるのか分からないが……」
テロンは考え込んでしまった。代わりに、ヘーロが口を開く。
「人形がなんぼ大昔の骨董品だとしても、魔術師の方は生身の人間だ。まだそう遠くへは行けませんよ、旦那」
「分かっておる。すでに長老会を招集した、明日にでもこの件を審議する。男衆で山狩りを行えば、人形兵とその使い手の手がかりくらいは出るだろう。君も頼むぞ」
肯いてみせるが、自信はなかった。
もう夜だから引きあげさせたけれど、さっきまでずっと動物たちにあたりを探らせていたのだ。しかし、収穫は皆無だった。
「ニキッペでも厳しいかもな。向こうはコイツを知ってるみたいだったんでね」
見上げると、私の頭を撫でるへーロの表情は、いつもより固い。
「あの時、コイツが命令を出す前から、連中は動いた。魔術師だってことも、魔術の中身もバレてたってことだ」
「私、狙われてるんでしょうか……?」
「そう思っといた方がいいかもな。……とにかく、山ほど人数を集めて探すしかない。頼みますよ、旦那」
「任せておけ」
力強いドーロン様の返事を最後に、席はお開きになった。
翌日の朝、私はドーロン様と一緒に、会議場へ来ていた。
へーロとテロンは、身分が足りず同席を許されていない。私だってもちろん足りないが、証人役で特別だ。
リュキオンには大きな建物が少ないけれど、ここは違う。へーロでも抱えきれないだろう太さの柱が、周りを縦横に囲んでいる。中心にある大理石のテーブルは、磨き上げられて鏡のようだ。
「…………なので、人形兵と魔術師は、この付近にいると思われます。以上です」
私は、自分の生い立ちから、与霊の魔術と縛霊の魔術の由来、昨日の出来事のあらましまでを長々と説明させられた。
説明を終えると、一瞬の静寂の後、議場の老人たちが口を開き出す。
「アルシアの手の者か……。しかし、信じられん。今の世に魔術が生き永らえておったとは」
「この娘とてそうだ。獣人すら操れるとは、真なら大変な価値が……」
「こんな小娘に頼らずとも。リュキオンの精兵を持ってすれば、なんのアルシアごとき……」
どの人も、値踏みするように私を見ている。あまり好きな視線ではなかった。
「諸君!」
ざわつく議場に対抗するように、お腹を揺すってドーロン様が立ち上がる。
「これは我らが都市と矜持の危機ですぞ。速やかに戦士たちを……」
演説が始まったので、そそくさと私は後ろに下がる。当然、席はない。
演説を聞き流しながら、あたりを眺める。
長老会の顔ぶれは二人の王を含む三十名、とドーロン様は言っていた。私は別として、今ここにいるのは二十五人。ちょこちょこと欠席があるようだ。
(……あの人が王様なんだろうな。ちょっとエウモルフォス様に似てるかも。)
奥の二席だけ、足下に段差がもうけられて高くなっていた。その一つに座る男性を盗み見る。
周りは老人ばかりだが、この人は四十そこそこといった感じだ。
王家は二つあるのだから、エウモルフォス様がこちらの息子とは限らないが、黒髪に青い瞳、それに立派な体格は血のつながりを感じさせる。でもこの王様はかぎ鼻で眉も太いし、眼光も鋭くて、美形と言うにはちょっと怖い。
(もう一人の王様はどうしたのかな……)
玉座のうちの一つは空席だった。
「よかろう。祭りも近い。結論は急がねばならぬ」
ドーロン様の演説が終わると、王様が椅子から腰を浮かせる。途端に全員が立ち上がり、右手を掲げる。
(これが礼なのかな?)
私も慌てて真似をする。肘を直角に曲げ、拳をつくって顔の真横に。
「決を採ろう。ドーロンの提案通り、山狩りを行おうという者は拍手を」
結局、ドーロン様の提案は満場一致の拍手で受け入れられた。すぐさま伝令が走り、広場に男たちが集まってくる。手に手に槍を持ち、鋼の胸当てを身につけている。集まったそばから隊列を組み、西へ、東へと散っていく。
入っては出ていくその列が、いつまでたっても途切れない。これほど多くの兵士を、いや人間を見るのは初めてだった。
「……すごい。全部で何人くらい集まるんですか?」
「軍団が三つ程度、人数で言えば二千といったところか。即座に動員できる数はこんなものだのう」
こんなものだと言われても、私の里なんて百人くらいしかいなかったのだ。
* * *
同時刻。
「まったく、二体もまとめて壊されるとは。もっと連れてくりゃよかったかなあ。でも疲れるしなあ」
四山の都を囲む山々。その東の一角、メラペー山を仰ぐ市場の外れ。
長い栗色の髪をいじりつつ、男がぼやく。
「無傷で残ってりゃ、逃げる手もあったんだけどなあ」
無残にも頭を砕かれた人形兵の姿を思い出し、何度目かのため息をつく。
「あの娘も、神獣殺しのオッサンから逃げたんだし、それだけ手強いってことかねえ。…………いや、そっちはわざとかな、やっぱり。何考えてんだか」
ブツブツと文句を言いながら、口元には笑みが浮かんでいる。
「まあ、そのおかげでボクはお仲間に会えるんだけど。……しかも女のコ。いやあ悪くないね」




