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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第一章 魔女は頭上に月を下ろす

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第6話 二つの魔術

 ドーロン様は、なぜか私のことをよく知っていた。

「君が、猪馴らし(カプロダマスティス)のニキッペかね。表におった大猪がそうか。いやあ大したものだ」

(……今のって私のあだ名?)

もしや、今後はニキッペ・カプロダマスティスと呼ばれるんだろうか。ださい。

「そんな顔しなくても、他に功業をすれば名前は増えるさ。」

「そうそう。あのエレウスなんて異名が百はあるぜ。」

相変わらずテロンは酒に手をつけないが、へーロの方は葡萄酒をガブガブ飲んでご機嫌だ。ハチミツを塗った上等そうなパンもどんどん卓上から消えていく。

「じゃあ私、獣の王者を従えてみたいです。竜(ドラコーン)とか、獅子(レオーン)とか……。」

「はっはっはっ。ぜひやってくれたまえ。竜退治(ドラコノクトノス)は誉れの極みだが、竜馴らし(ドラコノダマステース)は歴史にないぞ」

太ったお腹を揺すって、楽しげなドーロン様。へーロの鯨飲馬食を止めないし、きっと食べ物はたっぷり蓄えてるんだ。



「ところで、ドーロン様。さっきの短い時間で、へーロから私のことをそんなに詳しく?」

「いいや。大体はエウモルフォス様から聞いたのだ。君たちより先に帰ってこられてな。カリュオンで会ったのだろう?」

涼やかな青い瞳を思い出す。話はしてないが、目立つ人だった。

(……ん?「様」?)

「けっこう若そうな方でしたけど、ドーロン様より偉いんですか?」

「我がリュキオンの王子だ。」

「王子!」

「といっても、リュキオンは少し変わっていてな、二つの王家がある。そして、二人の王を含む30名の長老会(ゲルーシア)が政治を動かすのだ。ワシも、長老(ゲローン)の一人なのだよ」

「はー……」

やっぱりこの人は相当エラいのだ。



杯をおいて、ドーロン様が深く椅子に座り直す。

「ワシのことより、君の話が聞きたいのう」

「私ですか?」

「恥ずかしながら、オルテギア……というより魔術の歴史についてはとんと知らんのでな。故郷のことを思い出すのは辛いかもしれんが、老人のわがままと思って……」

口では謝っているが、断れる雰囲気ではない。人の好さそうな笑みがすっかり消えている。

テロンもへーロも、食事を止めてこちらを見つめる。

「分かりました。大ババ様……長の言っていた里の伝承では……」



「千年の昔、神祖マーゴスが魔術の道を開きました。神楯(アイギス)ふるう大神の息子であるマーゴスは、全ての生き物に命を下すことができたんです」

「マーゴスには息子と娘がいました。彼はその兄妹に、魔術を分けて伝えたと言います。兄には、霊(こころ)なき者に霊(こころ)を与えて従わせる術を。妹には、霊(こころ)ある者の霊(こころ)を縛って従わせる術を。」

「オルテギアは、その妹、開祖クリュシッペ様が開いた里です。昔は他にも魔術の里があって、特に兄の術では様々な分派が栄えたようですが、どれも全て滅んだと聞いています」

(そして、オルテギアも……)

リュキオンに比べたらケシ粒のような、粗末な小屋の群れがひどく懐かしい。ほんの一週間かそこらで、こんなところまできてしまった。

魔術の里など、もうどこにもないのだ。



三人は黙って聞いていたが、ふとへーロが口を開く。

「その、兄妹の術はどう違うんだ?生き物ならどれでもココロくらいあるだろ。」

「へーロが言ってる生き物というのは、獣や鳥や、魚だけのことでしょ?それは全部、私たち(オルテギア)の領分です。でも、厳密に言えば、肉(からだ)を持つ全てのものは生きています。土も石も水も、矛盾するようですが死体もです。彼らにないのは霊(こころ)だけ。」

「では、兄の方の流派は土や水や死体を操れるというのかね!?」

「操れた、ですドーロン様。もはや絶えた魔術ですから。それに、何でもかんでも操れるのは神祖マーゴスくらいです。里(オルテギア)でも、そこらの獣を四、五体従えられれば優秀な部類でした。」

「ふうむ……ならば君は天才というわけだ。数多の鳥獣を目とし、狼を駆り、一瞬で大猪を従えたと聞いておる」

……微妙に誇張されてる気もするが、だいたいその通りだ。

黙って肯くと、ドーロン様は、ぐいっと身を乗り出す。顔にはすっかり、柔和な笑みが戻っている。

「いや、ありがとう。よく話してくれた。……それで、もう一つ頼まれてくれんかね?」



「……まったく、ドーロン様ったら夕飯の獲物を捕ってこいだなんて。絶対いろいろ蓄えてるのに、勝手なことばっかり言って。」

ぶうぶう言いながら、屋敷近くの山を登る。ドーロン様がオドゥスをよく見たいと言うから、麓へおいてきたので徒歩だ。それがまた腹立たしい。

「まあお偉いさんってのはそんなもんだ。諦めてトリ飛ばして、獲物を探すんだな」

「もうやってますぅ。……それに、わざわざヤギだなんて……本当にいるんですかあ?」

なぜか、ドーロン様の注文はヤギだった。

「いないな」「いないよ」

「えっ?」

「家畜のなら麓にいっぱいいるけど、野生のヤギなんかこの辺にはいない」

「じゃあなんで……」

「そりゃあ、ニキッペの偵察力を試したいのさ。多分、食べる予定の家畜を、あらかじめ放しておいたんでしょ」

テロンの説明を聞くとますます腹立たしい。……とそこへ、飛ばしていたヒヨドリが戻ってくる。

「東へやった子ですね。もお~」

鳥たちの偵察に従って進むと、ヤギ自体は簡単に見つかった。やっぱり家畜の個体なのか、動きはのろいしへーロなら一瞬で……。



「下がれ!」

突然の大声に思わず身をすくめる。顔を上げると、人影が二つ、へーロに襲いかかっていた。

「むっ」

テロンにも一人。二人とも即座に短剣を抜いて応戦をはじめる。

「おい、なんだこの連中は!」

へーロが驚くのも無理はない。兵士と見えたそれらは、人間ではなかった。

衣を着て、武器を持っているが、土だ。体が乾いた土でできている。これは。

「ぺ、人形兵(ペーロプリテス)!」

聞いたことはあった。「もう一つの魔術」を奉ずる里の一つで、土の兵士が作られたことがあると。

だが、もう霊(こころ)なき存在を操る術は絶えた。与霊の魔術(プシュコドシア)は滅んだはずだ。

(どうしてこんなものが?術者はどこに?)



「チッ、痛みはないのか!?」

しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。

人形兵たちは強かった。二体がかりとはいえ、あのへーロが攻めあぐねている。テロンも一体を捌くので精一杯の様子だ。

(援護、援護しなきゃ!)

すぐそばの松の木に止まったキツツキが目に入る。呪言は省略だ。『戦え(マケステ)』ーーー

だが、それすら言わせてもらえない。口を開こうとした瞬間、へーロと戦っていた内の一体がこちらへ突進してくる。

「ガラクタ野郎が!」

へーロの判断は速かった。残った人形兵の短剣を左腕で受ける。

深々と白刃が食い込むのも意に介さない。右手に持った短剣で向こうの右腕を叩き切り、そのまま顔面を刺して拳をねじ込む。人形兵の頭に大穴が空いた。

「遅い!」

倒した兵には見向きもしない。私の方へ来ていた一体に一跳びで追いつき、横殴りに頭部を削ぎ飛ばす。



「はあ、助かった……。ごめん、僕が援護すべきだったのに」

へーロが勝ったことで、テロンと戦っていた人形兵は撤退したらしい。驚いたことに、頭部を失った二体も、そのまま動いて逃げていった。

「仕方ないさ。そこそこやる連中だった」

「へーロ、血が、血が……」

二の腕についた傷は深そうだった。テロンが持っていた白布をグルグルと巻き付けるが、みるみる赤がにじみ出す。

「気にすんな、すぐ治る。だがヤギはナシだな。とっとと帰るぞ」


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