第6話 二つの魔術
ドーロン様は、なぜか私のことをよく知っていた。
「君が、猪馴らしのニキッペかね。表におった大猪がそうか。いやあ大したものだ」
(……今のって私のあだ名?)
もしや、今後はニキッペ・カプロダマスティスと呼ばれるんだろうか。ださい。
「そんな顔しなくても、他に功業をすれば名前は増えるさ。」
「そうそう。あのエレウスなんて異名が百はあるぜ。」
相変わらずテロンは酒に手をつけないが、へーロの方は葡萄酒をガブガブ飲んでご機嫌だ。ハチミツを塗った上等そうなパンもどんどん卓上から消えていく。
「じゃあ私、獣の王者を従えてみたいです。竜とか、獅子とか……。」
「はっはっはっ。ぜひやってくれたまえ。竜退治は誉れの極みだが、竜馴らしは歴史にないぞ」
太ったお腹を揺すって、楽しげなドーロン様。へーロの鯨飲馬食を止めないし、きっと食べ物はたっぷり蓄えてるんだ。
「ところで、ドーロン様。さっきの短い時間で、へーロから私のことをそんなに詳しく?」
「いいや。大体はエウモルフォス様から聞いたのだ。君たちより先に帰ってこられてな。カリュオンで会ったのだろう?」
涼やかな青い瞳を思い出す。話はしてないが、目立つ人だった。
(……ん?「様」?)
「けっこう若そうな方でしたけど、ドーロン様より偉いんですか?」
「我がリュキオンの王子だ。」
「王子!」
「といっても、リュキオンは少し変わっていてな、二つの王家がある。そして、二人の王を含む30名の長老会が政治を動かすのだ。ワシも、長老の一人なのだよ」
「はー……」
やっぱりこの人は相当エラいのだ。
杯をおいて、ドーロン様が深く椅子に座り直す。
「ワシのことより、君の話が聞きたいのう」
「私ですか?」
「恥ずかしながら、オルテギア……というより魔術の歴史についてはとんと知らんのでな。故郷のことを思い出すのは辛いかもしれんが、老人のわがままと思って……」
口では謝っているが、断れる雰囲気ではない。人の好さそうな笑みがすっかり消えている。
テロンもへーロも、食事を止めてこちらを見つめる。
「分かりました。大ババ様……長の言っていた里の伝承では……」
「千年の昔、神祖マーゴスが魔術の道を開きました。神楯ふるう大神の息子であるマーゴスは、全ての生き物に命を下すことができたんです」
「マーゴスには息子と娘がいました。彼はその兄妹に、魔術を分けて伝えたと言います。兄には、霊なき者に霊を与えて従わせる術を。妹には、霊ある者の霊を縛って従わせる術を。」
「オルテギアは、その妹、開祖クリュシッペ様が開いた里です。昔は他にも魔術の里があって、特に兄の術では様々な分派が栄えたようですが、どれも全て滅んだと聞いています」
(そして、オルテギアも……)
リュキオンに比べたらケシ粒のような、粗末な小屋の群れがひどく懐かしい。ほんの一週間かそこらで、こんなところまできてしまった。
魔術の里など、もうどこにもないのだ。
三人は黙って聞いていたが、ふとへーロが口を開く。
「その、兄妹の術はどう違うんだ?生き物ならどれでもココロくらいあるだろ。」
「へーロが言ってる生き物というのは、獣や鳥や、魚だけのことでしょ?それは全部、私たちの領分です。でも、厳密に言えば、肉を持つ全てのものは生きています。土も石も水も、矛盾するようですが死体もです。彼らにないのは霊だけ。」
「では、兄の方の流派は土や水や死体を操れるというのかね!?」
「操れた、ですドーロン様。もはや絶えた魔術ですから。それに、何でもかんでも操れるのは神祖マーゴスくらいです。里でも、そこらの獣を四、五体従えられれば優秀な部類でした。」
「ふうむ……ならば君は天才というわけだ。数多の鳥獣を目とし、狼を駆り、一瞬で大猪を従えたと聞いておる」
……微妙に誇張されてる気もするが、だいたいその通りだ。
黙って肯くと、ドーロン様は、ぐいっと身を乗り出す。顔にはすっかり、柔和な笑みが戻っている。
「いや、ありがとう。よく話してくれた。……それで、もう一つ頼まれてくれんかね?」
「……まったく、ドーロン様ったら夕飯の獲物を捕ってこいだなんて。絶対いろいろ蓄えてるのに、勝手なことばっかり言って。」
ぶうぶう言いながら、屋敷近くの山を登る。ドーロン様がオドゥスをよく見たいと言うから、麓へおいてきたので徒歩だ。それがまた腹立たしい。
「まあお偉いさんってのはそんなもんだ。諦めてトリ飛ばして、獲物を探すんだな」
「もうやってますぅ。……それに、わざわざヤギだなんて……本当にいるんですかあ?」
なぜか、ドーロン様の注文はヤギだった。
「いないな」「いないよ」
「えっ?」
「家畜のなら麓にいっぱいいるけど、野生のヤギなんかこの辺にはいない」
「じゃあなんで……」
「そりゃあ、ニキッペの偵察力を試したいのさ。多分、食べる予定の家畜を、あらかじめ放しておいたんでしょ」
テロンの説明を聞くとますます腹立たしい。……とそこへ、飛ばしていたヒヨドリが戻ってくる。
「東へやった子ですね。もお~」
鳥たちの偵察に従って進むと、ヤギ自体は簡単に見つかった。やっぱり家畜の個体なのか、動きはのろいしへーロなら一瞬で……。
「下がれ!」
突然の大声に思わず身をすくめる。顔を上げると、人影が二つ、へーロに襲いかかっていた。
「むっ」
テロンにも一人。二人とも即座に短剣を抜いて応戦をはじめる。
「おい、なんだこの連中は!」
へーロが驚くのも無理はない。兵士と見えたそれらは、人間ではなかった。
衣を着て、武器を持っているが、土だ。体が乾いた土でできている。これは。
「ぺ、人形兵!」
聞いたことはあった。「もう一つの魔術」を奉ずる里の一つで、土の兵士が作られたことがあると。
だが、もう霊なき存在を操る術は絶えた。与霊の魔術は滅んだはずだ。
(どうしてこんなものが?術者はどこに?)
「チッ、痛みはないのか!?」
しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。
人形兵たちは強かった。二体がかりとはいえ、あのへーロが攻めあぐねている。テロンも一体を捌くので精一杯の様子だ。
(援護、援護しなきゃ!)
すぐそばの松の木に止まったキツツキが目に入る。呪言は省略だ。『戦え』ーーー
だが、それすら言わせてもらえない。口を開こうとした瞬間、へーロと戦っていた内の一体がこちらへ突進してくる。
「ガラクタ野郎が!」
へーロの判断は速かった。残った人形兵の短剣を左腕で受ける。
深々と白刃が食い込むのも意に介さない。右手に持った短剣で向こうの右腕を叩き切り、そのまま顔面を刺して拳をねじ込む。人形兵の頭に大穴が空いた。
「遅い!」
倒した兵には見向きもしない。私の方へ来ていた一体に一跳びで追いつき、横殴りに頭部を削ぎ飛ばす。
「はあ、助かった……。ごめん、僕が援護すべきだったのに」
へーロが勝ったことで、テロンと戦っていた人形兵は撤退したらしい。驚いたことに、頭部を失った二体も、そのまま動いて逃げていった。
「仕方ないさ。そこそこやる連中だった」
「へーロ、血が、血が……」
二の腕についた傷は深そうだった。テロンが持っていた白布をグルグルと巻き付けるが、みるみる赤がにじみ出す。
「気にすんな、すぐ治る。だがヤギはナシだな。とっとと帰るぞ」




