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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第一章 魔女は頭上に月を下ろす

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第5話 到着、リュキオン

 夜になっても、カリュオンの明かりは絶えない。

広場(アゴラ)には狩人と街の住民が入り交じり、祝勝会が続いていた。本来ならオドゥスの肉を祭壇に捧げ、その後にみんなで分け合うべきだ。その日一番の獲物を神々に差しださないのは冒涜なのだ。

しかし、オドゥスを従えたときに、我が主は私の願いを受け入れてくださった。だから、供物は代役の白い牝鹿だ。仕留めたのは、へーロが言っていたリュキオンのエウモルフォスさん。名前に負けない美形(エウモルフォス)だった。



「アレを殺さなくて正解だったかもな。これでアタシだけじゃなく、お前の名前も売れるってわけだ」

へーロは上機嫌だ。杯を何杯も空けているのに、酔った気配は微塵もない。

「ふう……」

反対にテロンは全然飲まない。

「どうしたんですか?」

「大勢に見(・)せ(・)る(・)のは疲れるんだよ。早く帰りたい……」

憔悴した端正な横顔をみて、ふと昼間のことを思い出す。私を乗せてくれたテロンの体は、朝焼けの尾根のように艶めいていた。

狸(ドロキュオン)のことも、獣人(テリオモルフォス)のこともよく知らないが、あのなめらかな曲線、やわらかな肉(からだ)はたぶん。

「ねえ、テロンって……」



 言いかけた言葉は、ぬっと現れた人影に中断される。

「やあ、いいかな?少し話したいのだが」

黒髪の中年が私のそばに寄ってきた。走ってオドゥスを追いかけてきた狩人の一人だ。

歳は四十くらいだろうか、この年齢の男が髭を伸ばしてないのは珍しい。

この人は狩りの前にも見た。へーロが言っていた名前は確か……。

「エレウスさん?パルテナイの。…………私はニキッペです」

「よろしく。……君があの大猪を従えるところを見た。すごい力だな」

私が名前を知っていても、まったく驚かない。きっと相当な有名人なんだろう。

「私は、オルテギアという里の出身で……女神の御力をお借りしているだけです」

エレウスの眉がピクッと跳ねる。他にも、喧噪の中でもこちらを振り向いた者が何人かいた。へーロやテロンもだが、分かる人には私たち(オルテギア)の名が分かるらしい。

「そうか。魔術師というのは本当に……」

とがり気味のあごを撫でながら、少し言葉を途切れさせる。

「なあ、よかったら私の国(パルテナイ)に来ないか?優れた人材は、いくらいても足りるということはない」

「でも、私には……」

仲間がいるから。そう言いかけたとき、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。温かい胸元の感触。へーロだ。



「そりゃあいい、ぜひ三人でお邪魔するよ。だが、アタシらには今の雇い主サマもいるんでね。今すぐってわけにゃいかないねえ」

誘われたのは私だけだが、当然のように三人をまとめて話す。

声が大きいのは酒のせいではない、この場の全員に宣言しているのだーー私が、へーロとテロンの仲間なんだと。なんだか嬉しくて、太い腕に頬をすり寄せる。

「……そうか。では、今は遠慮しておこう。……それと、へーロマケーだったか、君にお祝いを言わなくてはな」

エレウスは、持っていた杯を飲み干して続ける。

「今日一番の戦士は君だ、おめでとう。女人の身でこれほどの豪傑、知らなかったとは不覚だ」

「おうとも。これからいくらでも名前を聞くさ。アタシのも、コイツらのもな」

大きな手が私とテロンの頭をかき回す。エレウスは苦笑して、近くの席に腰を下ろす。

「そういえば、君が乗っていた……山犬かな?あの獣はどうしたんだ」

「あれは森で見つけて、ちょっと乗せてもらっただけです。もう放してやりました」

「そうなのか……実に惜しい、見事な毛並みだったのに。買わせてもらおうかと思ったくらいだ」

モノスゴク嫌そうな顔になるテロン。へーロと顔を見合わせて、含み笑いをする。

結局その後も、空が明るくなるまで宴は続いていたらしい。私とテロンは早めに引き上げたが、どうせへーロは最後まで飲んでいたに違いない。



 昼頃になって、カリュオンを出発する。

「よっこらしょっと……しかしデカいなこいつは」

へーロが私を抱え上げて、オドゥスの背に上げてくれる。私一人では乗れないし、降りられないのだ。

「ただの獣(テリオン)じゃありませんから。神力(ドクサ)に護られた……オルテギアでは、御使い(アンゲロス)と呼んでます」

「ほへー。お前そんなのも操れるの?」

テントや食料をオドゥスに背負わせながら、へーロは目を丸くする。

「オドゥスは私と同じ主……狩猟の女神に属していますから、力が通じやすいんです。だいたい暴れたのだって、女神がお怒りになって、カリュオンへこの子を遣わしたからですよ、ぜったい。街の人たちが、貢物を忘れるか何かしたんだと思います」

「ハッハッハ!そういやあのちっこいジイさん、こいつが暴れた経緯は言ってなかったな」

話しているうちに、一通り荷を積み終えて、お尻の下の巨体がゆっくり進み出す。

「あれ、へーロもテロンも乗らないんですか?楽なのに……」

「あんまり楽するとなまっちまうからな」

「同じく」

二人は自分の脚で歩きたいようだった。


  *    *    *


「おう、見えたぞ。」

カリュオンを出て四日目の昼ごろ、麦畑に囲まれた小高い丘を越えると、白い壁の家々が見えてくる。

「やっと着いたんですね。街の大きさはカリュオンくらいですか……」

「あん?…………ははあ、お前何か勘違いしてんな。リュキオン自体にゃもうとっくに着いてんだよ。ありゃアタシらの雇い主とその奴隷(ドゥーロス)が住んでる一角だ」

「えっ?」

言われてあたりを見渡すと、似たような家のかたまりがいくつもある。遠くには大きな広場も見える。これはもしかして、カリュオン程度の街が隣接しているのではなくーー。

「じ、じゃあどこまでが街なんですか?大きな都市は城壁で囲まれるってエレウスさんが言ってました。」

「アイツの国(パルテナイ)はそうだろうよ。だが、ここにゃそんなもんはない。あっちもこっちもそっちも、ぜ~んぶリュキオンだ」

遙か彼方、雲にかすんで四方にそびえる山々を指さしながら、へーロが言う。

「ふわあ……」

里(オルテギア)の何十倍、いや何百倍あるんだろうか。

「リュキオンは南部の雄。西方大陸(クネファリア)全体でも五本の指に入る都市だ」

「そして、またの名を四山の都(テトルーレア)。山に囲まれた天然の要害だから城壁はいらないのさ。壁に隠れず、身ひとつで国を守ることが戦士の誇りなんだってさ」

説明してくれるテロンの声を、上の空で聞いていた。



 最初に見た一帯の真ん中、漆喰塗りの建物に入る。他の家と大して変わらないけれど、雇い主さんのお住まいらしい。

屋敷付きの下女だろうか、出迎えにきてくれた女性はオドゥスを見て腰を抜かしていた。お気の毒。

「オーキス!戻ったか!早速ですまないが、報告を頼む」

「あいよ、ドーロンの旦那」

樫木のテーブルにワインを用意して待っていたのは、ドーロン様という方らしい。ニコニコと優しげな、ちょっと太り気味のおじいさんだ。

へーロはごにょごにょと耳打ちしはじめる。

「アルシアが…………数は……で、魔術の…………。あの子が……」

何を言ってるかよく聞こえないけど、物騒な話のはずだ。でも、頷きながら聞いているふくよかな笑顔は崩れない。

脇に置かれた私とテロンは手持ち無沙汰だ。

「オーキス?」

「へーロのこと。神獣殺し(テラトクトノス)もそうだけど、強い戦士には異名がつくものさ。へーロの場合は最速(オーキュストス)、縮めてオーキスだ」



「へーロマケー・オーキュステーってわけだ。カッコイイだろ?」

「はい!」

「自分から言うのもどんなもんかねえ」

テロンとひそひそ話をしているうちに、向こうの話も終わっていたらしい。

報告を聞き終えたドーロン様は、少し眉根を寄せていたが、ふと私の方を見る。

「そうか、この子が……」

何か考えていたのも一瞬。すぐに、薄くなった頭をつるりと撫で、にっこり笑って手を広げる。

「おお、いかん。客人はもてなさねばな。ようこそ、戦士の国リュキオンへ」

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