第5話 到着、リュキオン
夜になっても、カリュオンの明かりは絶えない。
広場には狩人と街の住民が入り交じり、祝勝会が続いていた。本来ならオドゥスの肉を祭壇に捧げ、その後にみんなで分け合うべきだ。その日一番の獲物を神々に差しださないのは冒涜なのだ。
しかし、オドゥスを従えたときに、我が主は私の願いを受け入れてくださった。だから、供物は代役の白い牝鹿だ。仕留めたのは、へーロが言っていたリュキオンのエウモルフォスさん。名前に負けない美形だった。
「アレを殺さなくて正解だったかもな。これでアタシだけじゃなく、お前の名前も売れるってわけだ」
へーロは上機嫌だ。杯を何杯も空けているのに、酔った気配は微塵もない。
「ふう……」
反対にテロンは全然飲まない。
「どうしたんですか?」
「大勢に見せるのは疲れるんだよ。早く帰りたい……」
憔悴した端正な横顔をみて、ふと昼間のことを思い出す。私を乗せてくれたテロンの体は、朝焼けの尾根のように艶めいていた。
狸のことも、獣人のこともよく知らないが、あのなめらかな曲線、やわらかな肉はたぶん。
「ねえ、テロンって……」
言いかけた言葉は、ぬっと現れた人影に中断される。
「やあ、いいかな?少し話したいのだが」
黒髪の中年が私のそばに寄ってきた。走ってオドゥスを追いかけてきた狩人の一人だ。
歳は四十くらいだろうか、この年齢の男が髭を伸ばしてないのは珍しい。
この人は狩りの前にも見た。へーロが言っていた名前は確か……。
「エレウスさん?パルテナイの。…………私はニキッペです」
「よろしく。……君があの大猪を従えるところを見た。すごい力だな」
私が名前を知っていても、まったく驚かない。きっと相当な有名人なんだろう。
「私は、オルテギアという里の出身で……女神の御力をお借りしているだけです」
エレウスの眉がピクッと跳ねる。他にも、喧噪の中でもこちらを振り向いた者が何人かいた。へーロやテロンもだが、分かる人には私たちの名が分かるらしい。
「そうか。魔術師というのは本当に……」
とがり気味のあごを撫でながら、少し言葉を途切れさせる。
「なあ、よかったら私の国に来ないか?優れた人材は、いくらいても足りるということはない」
「でも、私には……」
仲間がいるから。そう言いかけたとき、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。温かい胸元の感触。へーロだ。
「そりゃあいい、ぜひ三人でお邪魔するよ。だが、アタシらには今の雇い主サマもいるんでね。今すぐってわけにゃいかないねえ」
誘われたのは私だけだが、当然のように三人をまとめて話す。
声が大きいのは酒のせいではない、この場の全員に宣言しているのだーー私が、へーロとテロンの仲間なんだと。なんだか嬉しくて、太い腕に頬をすり寄せる。
「……そうか。では、今は遠慮しておこう。……それと、へーロマケーだったか、君にお祝いを言わなくてはな」
エレウスは、持っていた杯を飲み干して続ける。
「今日一番の戦士は君だ、おめでとう。女人の身でこれほどの豪傑、知らなかったとは不覚だ」
「おうとも。これからいくらでも名前を聞くさ。アタシのも、コイツらのもな」
大きな手が私とテロンの頭をかき回す。エレウスは苦笑して、近くの席に腰を下ろす。
「そういえば、君が乗っていた……山犬かな?あの獣はどうしたんだ」
「あれは森で見つけて、ちょっと乗せてもらっただけです。もう放してやりました」
「そうなのか……実に惜しい、見事な毛並みだったのに。買わせてもらおうかと思ったくらいだ」
モノスゴク嫌そうな顔になるテロン。へーロと顔を見合わせて、含み笑いをする。
結局その後も、空が明るくなるまで宴は続いていたらしい。私とテロンは早めに引き上げたが、どうせへーロは最後まで飲んでいたに違いない。
昼頃になって、カリュオンを出発する。
「よっこらしょっと……しかしデカいなこいつは」
へーロが私を抱え上げて、オドゥスの背に上げてくれる。私一人では乗れないし、降りられないのだ。
「ただの獣じゃありませんから。神力に護られた……オルテギアでは、御使いと呼んでます」
「ほへー。お前そんなのも操れるの?」
テントや食料をオドゥスに背負わせながら、へーロは目を丸くする。
「オドゥスは私と同じ主……狩猟の女神に属していますから、力が通じやすいんです。だいたい暴れたのだって、女神がお怒りになって、カリュオンへこの子を遣わしたからですよ、ぜったい。街の人たちが、貢物を忘れるか何かしたんだと思います」
「ハッハッハ!そういやあのちっこいジイさん、こいつが暴れた経緯は言ってなかったな」
話しているうちに、一通り荷を積み終えて、お尻の下の巨体がゆっくり進み出す。
「あれ、へーロもテロンも乗らないんですか?楽なのに……」
「あんまり楽するとなまっちまうからな」
「同じく」
二人は自分の脚で歩きたいようだった。
* * *
「おう、見えたぞ。」
カリュオンを出て四日目の昼ごろ、麦畑に囲まれた小高い丘を越えると、白い壁の家々が見えてくる。
「やっと着いたんですね。街の大きさはカリュオンくらいですか……」
「あん?…………ははあ、お前何か勘違いしてんな。リュキオン自体にゃもうとっくに着いてんだよ。ありゃアタシらの雇い主とその奴隷が住んでる一角だ」
「えっ?」
言われてあたりを見渡すと、似たような家のかたまりがいくつもある。遠くには大きな広場も見える。これはもしかして、カリュオン程度の街が隣接しているのではなくーー。
「じ、じゃあどこまでが街なんですか?大きな都市は城壁で囲まれるってエレウスさんが言ってました。」
「アイツの国はそうだろうよ。だが、ここにゃそんなもんはない。あっちもこっちもそっちも、ぜ~んぶリュキオンだ」
遙か彼方、雲にかすんで四方にそびえる山々を指さしながら、へーロが言う。
「ふわあ……」
里の何十倍、いや何百倍あるんだろうか。
「リュキオンは南部の雄。西方大陸全体でも五本の指に入る都市だ」
「そして、またの名を四山の都。山に囲まれた天然の要害だから城壁はいらないのさ。壁に隠れず、身ひとつで国を守ることが戦士の誇りなんだってさ」
説明してくれるテロンの声を、上の空で聞いていた。
最初に見た一帯の真ん中、漆喰塗りの建物に入る。他の家と大して変わらないけれど、雇い主さんのお住まいらしい。
屋敷付きの下女だろうか、出迎えにきてくれた女性はオドゥスを見て腰を抜かしていた。お気の毒。
「オーキス!戻ったか!早速ですまないが、報告を頼む」
「あいよ、ドーロンの旦那」
樫木のテーブルにワインを用意して待っていたのは、ドーロン様という方らしい。ニコニコと優しげな、ちょっと太り気味のおじいさんだ。
へーロはごにょごにょと耳打ちしはじめる。
「アルシアが…………数は……で、魔術の…………。あの子が……」
何を言ってるかよく聞こえないけど、物騒な話のはずだ。でも、頷きながら聞いているふくよかな笑顔は崩れない。
脇に置かれた私とテロンは手持ち無沙汰だ。
「オーキス?」
「へーロのこと。神獣殺しもそうだけど、強い戦士には異名がつくものさ。へーロの場合は最速、縮めてオーキスだ」
「へーロマケー・オーキュステーってわけだ。カッコイイだろ?」
「はい!」
「自分から言うのもどんなもんかねえ」
テロンとひそひそ話をしているうちに、向こうの話も終わっていたらしい。
報告を聞き終えたドーロン様は、少し眉根を寄せていたが、ふと私の方を見る。
「そうか、この子が……」
何か考えていたのも一瞬。すぐに、薄くなった頭をつるりと撫で、にっこり笑って手を広げる。
「おお、いかん。客人はもてなさねばな。ようこそ、戦士の国リュキオンへ」




