第83話 マレアの戦い④金獅子奮迅
「討ち取ったぞ!」
「猪馴らしが大猿を制した!」
左右の味方から歓声が上がった。いよいよ勢い込んで敵陣へ向かっていく。
「どうする、我々も行くか?ここからでも撃てんことはないが」
弓を持ったまま、背中越しにオノスが尋ねてくる。じわじわと下がる敵の楯列へ、いつでも突撃できる構えだった。
「……はい。冶金兵に周りを固めさせて、それに……」
足下で倒れ伏すオドゥスを見た。
もう命はない。月の女神の恩寵、光り輝く神力が失せていた。
(ごめんなさい)
何がごめんなさいだ。
(最後に一度だけ)
霊ごと縛ったくせに白々しい。今度は霊を与えてまでも。
『立て!オドゥス!』
白銀の毛針をバキバキと折りながら、深緑の四つ足が立ち上がった。
頭蓋から流れ出る血はどろりと淀み、虚ろな瞳を覆っていた。
『踏み破れ!リュキオンに道を作るんだ!』
重苦しい蹄の響きに乗せて巨体が走る。低く構えた長大な牙が、楯ごとアルシア兵を吹き飛ばした。
「おお!」
また、歓声が上がった。
* * *
ヒュポロタス川の畔で展開される、アルシアとリュキオンの歩兵戦。
リュキオン方の左陣では、魔術師と戦士達の合力が、はっきりと優勢を示していた。アルシアの前列は完全に崩れ入り乱れて、もはや後方、プテレアの長弓部隊も射撃を迷う有様。
しかし右陣、川べりの戦場はまた違った様相を呈していた。
「方陣を崩すな、疾く進め!」
三つの軍団を束ねるデニケスは、彼方から飛来する矢衾の中を駆け回っていた。七枚皮の大楯を頭上に構え、兵を叱咤して敵へ向かわせる。
サクッ。
だが、黄金の突進がまた一つ方陣を突き崩した。よろけた兵を引きずり出し、頭蓋を噛み砕く。兜など気休めにもならない。その間にも、止まぬ射撃が方陣の穴を穿ち広げていった。
口元を真っ赤に染めて、獅子は次の獲物を探す。
この怪物が戦場を駆け回っているために、方陣は敵へたどり着かず、たどり着いても寡兵の戦いを強いられる。リュキオンの旗色は悪かった。
「化け物が!獣人、こちらを見ろ!」
死を予感しながら、デニケスは最強の敵を呼ばわった。握り潰さんばかりに力を込めて、長槍を構えた。
「イスキオスの子デニケスが、成敗してくれる!」
「チッ、よそ見しやがって!」
レオニダスが膝をたわめた瞬間、もう一筋の黄金が追いすがった。
「アタシが相手してやるってんだ」
ヘーロマケーは拳闘に用いるヒマンテスさながらに、兜を拳に纏わせて獅子の背を殴りつけた。青銅の拵えが無残にひしゃげる。
わずかによろめいたが、レオニダスはすぐ反撃に転じた。
振り向きざま、爪の一撃が後ろをなぎ払う。
「おっと」
だがヘーロマケーは瞬時に跳び退り、必殺の横薙ぎは金髪を数本掠め取るのみに留まった。
空を切った攻撃に執着するでなく、獅子はあっさり背を向けた。
「またか、この野郎!」
転がる死体から拝借した兜、原形を留めない青銅の塊を投げ捨てて、ヘーロマケーは後を追いかけた。
だが、彼女に鋼鉄の外皮はない。矢の雨を悉く躱すことは出来ても、突き進むことは出来ないのだ。
最速の脚をもってしてもレオニダスの猛攻を止めがたい理由がそれだった。
「レオニダス!!」
その時、戦場全てを大喝が打った。
誰もが一瞬、声の主を探す。
「ここへ来い!」
戦線の南、草原の切れ間。河原の砂を踏みしめて、その男は立っていた。
「これなるはラボタスの子ダレオース、覇王ミノスの血に連なる者」
青眼を見開き、高々と槍を突き上げた。
その槍は並に倍する太さがあり、穂先も柄も全てが黒鉄で出来ていた。
「願ってもない……」
すぐにレオニダスは駆け出した。居並ぶリュキオン兵に目もくれず、矢雨の護りも抜け出して、一直線に河原へ向かう。
「王!援護を……」
デニケスはダレオースの危機を感じたが、尻すぼみに言葉が消えた。繰り出す槍が、虫に刺されたほどの痛痒も与えない。あの相手に数を恃んで何の力になるというのか。
屈辱に歪む顔の前に、フワリと黄金の長髪が広がった。
「アンタはここ何とかしなよ。あっちはアタシが行くからさ」
言い残して、瞬く間に駆け去った。
* * *
「ハイテスの子レオニダス。……近頃は一騎打ちが流行りなのか?」
河原に降り立った獅子は、周囲を取り巻くリュキオン兵など存在しないかのごとく、ただ静かにダレオースと視線を交わした。
爪が砂利を噛み、一歩ずつ距離を詰める。
「悪いが一騎打ちのつもりはない。……オーキュステ―!」
呼び終えるより早く、一陣の風がその場に飛び込んできた。
「さぁすが、王サマ!そう来なくっちゃ」
戦場を駆け抜けた勢いそのままに、レオニダスの脇腹を蹴り飛ばす。
「レオーンの娘ヘーロマケ―!」




