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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第81話 マレアの戦い②大白猿再び

 ほどなくデニケスが帰ってきた。

ダレオース様を天幕から連れ出し、丘を下りる。

赤と白の軍――向こうも紅の軍(ハイマトーデス)らしいが――が、二人の王を間において麓で向かい合った。



 ムネストスと一緒に、頂上から二王を見下ろした。

「あの方はどなたですか?あちら側に控えている」

ダレオース様の後にはデニケス。同じように、ペリメドンの後にも一人付き従っていた。

遠いうえに兜を被っていて顔の造作は分からないが、見る限り髭は伸ばしてなさそうだ。かなりの若武者かもしれない。

「セイリオスの小デイオン。王の従弟にあたりますな」

「小って。あの、大きいんですけど」

ペリメドンに勝るとも劣らない巨体だ。

そう言うと、クスクスと笑い声が帰ってきた。

「年齢の話ですよ。ヘリケーのデイオンが早くから名を馳せた英雄(ヘーロース)なので、彼のほうは小デイオンと呼ばれるのです。ま、よくある名前ですからな」



 やがて話がついたらしく、白マントの行列は北へ遠ざかっていった。

「セイリオスは左へ広がった。我らはこのまま川に張りついてアルシアと対峙する」

戻ってきたダレオース様はそう言って、矢継ぎ早に指示を出した。

「デニケスには三、テリメネスには二の軍団(モラ)を任せる。ムネストスは麓を頼む」

「承知しました」

言葉少なに、三人が斜面を下った。麓を囲んでいた兵達が、すぐさま東向きに四角く隊列を組み始めた。

「あの、私は……」

「声が届かねば指示が出せんのだろう?だが初めから前に出ることはない。機を待つのだ」

ここで待機、ということらしい。



*       *       *



「来たぞ!アルシアだ!」

近くの兵が叫んだ。

デニケス達の部隊がいくらも動かないうちに、地平線から黒鎧の群れが湧き出した。

槍を突き出して、じりじりと迫ってくる。

「一万……いや、八千。セイリオスに大半を回したか?舐められたものだ」

底冷えのする青い視線が、距離の詰まる両軍を睨めつけた。

(じゃあ、向こうでも……)

背の低い黄土色の草原を見渡す。北にも戦場があるはずだった。

緩やかな大地のうねりの先、かすかに巨大な影がうごめいていた。



「方陣(ファランクス)!!」

(!!!?)

突然頭を殴られたかと思った。思わずよろけてしゃがみ込んだ。

ダレオース様の大音声は麓を遥かに越えて、野を進んでいた兵まで届いたらしい。

固まっていた軍団が、数十人ごとにばらけて楯を敷き詰めた。

芋虫が這いずるように、楯の塊が幾筋にも分かれて進んでいく。



 その時、アルシア側の楯が前進を止めた。

不思議に思う間もなく、隊列の後方から風のように巨大な影が走り出た。

それも二つ。黄金と白銀がリュキオンの方陣へ躍りかかった。

(……レオニダス!トリバロス!)

「黄金の獅子(ネメオスレオン)!……方陣を誘いおったか」

ダレオース様も目を剥いていた。

獅子の爪が大楯を次々と引き裂く。

楯の壁を緩めた兵は、次々と矢を浴びた。

(あんなところから……)

遥か後方、数千からのアルシア兵列を全て飛び越してリュキオン軍を射る一団があった。



「そなた――」

「はい!」

内容を聞く前に答えていた。

「オノス!乗せてください!」

「心得た」

即座に駆けつけてきた太い腕に抱えられ、体が浮き上がる。一瞬の後には、毛深い背中と矢筒を目の前に見ていた。

『戦え(マケステー)!』

人形兵(ペーロプリテス)が、冶金兵(アクモニデス)が、オドゥスが全て丘を下り始めた。

アンテモエッサの時とは違う。私にも仲間はいるのだ。

「私の槍を持て!」

武装を整えるダレオース様に背を向け、オノスが勢いよく斜面を駆け下りた。



「まずはレオニダスです。あれは危険すぎる」

こんな時でもあまり揺らさないオノスに話しかけていると、突然ヘーロが並走してきた。

「いーや、エテ公も同時に片付けるべきだ。お前がやっとけ」

「ヘーロ?」

話しているのにこちらを向いてくれない。碧い瞳は斜面の先、戦場だけを真っ直ぐ捉えていた。

「レオニダスはアタシがやる」

それだけ言い捨てて、私とオノスを置き去りにして麓の囲みを駆け抜けていった。



「さあ出たぞ。我々はあの白い大猿を相手にするのだな?」

とっくに見えなくなった黄金の閃光をつい目で追っていると、いつの間にか麓を離れていた。

「はい。そうです」

そうだ。他のことを気にしている場合じゃない。

目の前では、白影が方陣の周りを跳ね回っていた。

レオニダスのように正面から引き裂くのではない。つかず離れず、隙を窺いながら楯の列を乱していた。

そして降り注ぐ矢の中で、少しの乱れが致命的な崩壊を招く。

「前へ出ると矢にあたります。ここから人形兵を……」

「いいや」

だがオノスは、自信満々に戦場へ進み出た。

「ケンタウロスこそ最上の射手。我々は全てを射貫き、しかして誰も我々を射貫けない」

右へ、左へ。

矢の雨の中を軽やかに跳ねながら、ゆっくりと弓を構えた。

ヒュッ。

トリバロスの肩口、純白の毛皮に紅い線が走った。



「魔術師か!」

緑の瞳がこちらを睨む。阿鼻叫喚の戦場の中で、その叫び声ははっきりと届いた。

「分かりました、ここで戦います。全部避けてくださいよ」

大木のような太股をたわめて、トリバロスが私に狙いを定めた。

お互い、もうやるしかない。

『オドゥス!』

丘を駆け下りた勢いもそのままに、丸太のような牙が白猿を吹き飛ばした。

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