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タ・パンタ・レイ ーニキッペと最後の英雄ー  作者: 本間甲斐奈
第三章 不知の自覚に思考は始まる

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第80話 マレアの戦い①遠見のムネストス

 ダレオース様の対応は早かった。

「陣屋を張る!水場を探せ!」

幸い、すぐ南に小高い丘があった。

乾いた草原を踏み折りながら斜面を登ると、丘の南には水が流れていた。

アンテモエッサから逃げたときに通った川だ。尾根からだいぶ離れて、もう小川とは言えない太さになっていた。深そうだし、泳いでも渡れないだろう。

『荷の多い荷車から引きあげて。あんまり揺らさないように』

オドゥスや人形達にあれこれと指示を出して、荷運びを手伝う。

元々包囲戦のつもりだったのだ。荷車の列は丘を中程まで埋め尽くす量だった。

見下ろすと麓から川べりにかけて、大楯を構えた兵が十重二十重に取り囲んでいた。



 頂上ではすぐに、慌ただしく天幕が用意された。味も素っ気もない、小さな三角形の赤いテント。

「軍議だ。そなたも来い」

ダレオース様に引っ張り込まれた。

椅子もなく敷布もなく、地べたに座り込む。細かい草がチクチク尻を刺してきた。

やがて、兜も脱がずさらに三人入ってきて、やたらと狭くなってしまった。



(あっ、デニケスさん)

三人目、見知った顔が最後に入ってきた。日に焼けた肉体は相変わらず頑丈そうで、背の低さを感じさせない。テント狭いし。

私と目が合うと、すっと兜を脱いだ。

「……レイリスでは助けられた。礼がまだだったな」

「お元気そうで何より。酷いお怪我でしたから」

「治る物は怪我に入らぬ」

ごく短く答えて、それきり口をつぐんでしまう。

何かスゴい持論を言ってた気がするが、私も黙った。昔の話をしてる場合じゃない。



「――さて。予定が狂った」

前置きもなく、ダレオース様が切り出した。

「まさかアルシアが野に出ていようとは。アンテモエッサの街を手にしておきながら」

「しかし、これは僥倖でしょう」

嘆息する王に、その場で最も若い男が食いついた。今呼ばれてるからには相当の指揮官のはずだが、三十手前くらいに見える。

「僅かずつ峡谷を通り蛇口門(オフィオストマ)から入ったのでは、必ず寡で多に当たらねばならぬところ、全軍同士の野戦をしてくれようとは。我らの本領ではありませんか」

「テリメネス殿、そうとばかりは言えませんな」

熱弁する若者――テリメネスというらしい――を、もう一人がやんわりとたしなめた。

目尻の皺を優しげに細めながら、細く長い顎髭をしごく。こっちはだいぶ年季が入っていた。

(長老会にはいなかったし、六十よりは若いのかな。……いや、別に長老じゃない六十歳もいるか)

「アルシアは短期決戦の構え、すぐにでも西方の地を切り取ろうとしておるのです。じき冬になれば船は出せず、中の海(ウーラニオン)を越えての補給が途絶えますからな。今のうちに、という考えは無理もない」

親が子を諭すように、静かに説き続ける。

「つまり、野戦で勝つ自信があるということ。レイリスにいた軍勢と将軍(ポレマルコス)どもがそっくりそのまま来ているとすれば、数も我らの倍では済まぬでしょう」

(多分、そうだ)

デニケスと目を見交わす。レイリスには島が出来そうなくらい軍艦が集まっていた。

アンテモエッサへ来た後にも、レオニダスはもう見た。ティグリスも、カッサンドラも、エウフラテスもいたっておかしくない。

元々街を攻めてたトリバロスの軍だってあるのだ。一体どれだけの数になるのか。

「そなたの鳥は我らより多いと言っていたな。もっと詳しくは探れぬのか」

ダレオース様がそう言ったとき、外でざわめきが起こった。



 慌てて全員で天幕を出ると、脳天を貫かれて地面に転がる大ガラスが目に入った。その横では、ヘーロが黒弓(スメグマ)を担ぎ直していた。

「これって……」

どう見ても大きすぎる、人間並みだ。普通のカラスではない。

「ああ……獣(テリオン)の姿になってるが、獣人(テリオモルフォス)だね」

骸を調べながら、テロンが説明してくれた。

「レイリスで見た、アルシア方の翼信(プテロエンタ)だ。偵察に来たんだろう」



「でかした、オーキュステー。……しかし鳥の獣人とは珍しい物を。東西に何匹もおらぬはずだが」

ダレオース様は大ガラスを見下ろしていたが、やがて話を戻した。

「ふむ。こうなるとそなたの鳥も危ないか?」

「はい。敵にすぐれた射手があれば……」

矢の一本でも当たれば落とされてしまう。セイレーン姉妹はレイリスでも見せてしまったし、警戒されているだろう。

「普通の鳥を飛ばすことも出来ますが、数や布陣を報告させることは出来ないかと……」

「おっ、何か来たね」

頭をひねっていたとき、ヘーロが呑気な声を上げた。真っ直ぐ西……私達が来た方向を眺めていた。



 ややあって、私の目にも近づいてくるものが見えた。

やたらに白い兵士達だった。兜も胸当ても白く塗り、房飾りからマントまで真っ白だ。

靴音も高らかに、純白の隊列が彼方まで続いていた。

「紅の軍(ハイマトーデス)……セイリオスですな」

背後から先ほどの老将の声。

(……白の軍じゃなくて?)

しかしダレオース様も知っていたのか、すぐに指示を出した。

「デニケス、使者に立ってくれ。ペリメドン王と話したい」

右拳を掲げて応え、デニケスは丘を駆け下りていった。



 その背中を見送って、ダレオース様は天幕に戻った。

「ああ。猪馴らし(カプロダマスティス)殿」

私も戻ろうと踵を返したとき、穏やかな声に呼び止められた。

「我が息子の仇を討ってくだすったとか」

「えっ?」

何の話だかさっぱり分からない。

「私はムネストス。我が子フロンはヒュドラ征伐で優死(エウタナシア)を遂げ申した」

(……!レウカスさん達の……)

だが、ヒュドラ退治はエウクラトス様の功績。アリキオンがそう決めたはずだ。

「ご子息の仇を討ったのは王子です。私は、何も……」

ばつが悪い。そもそもヒュドラは殺せていないのだ。

「功を隠すことはない。王子は貴女の並外れた献身を讃えておいでだ」

しかし老将はそう言って、静かに微笑んだ。


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